抵抗
「はぁ。おい、起きているか?」
「…………」
織田は視線の下に倒れている『少年』に声をかけた。周りは織田と少年が争った跡が痛々しく残っている。
「どうすんだよコレ、いくらなんでもタダで済むはずないよな。はぁ」
「…………」
枕やベッドは散乱し、備え付きのテレビやデスク、しまいには鏡までズタズタに亀裂が入っている。
「もう少し避け方、考えないとな。まったく」
一応、調べた時に「空手で何度か賞を取った事がある」という事は分かっていたが、まさか『ナイフ』まで所持していたとは思わなかった。
でも、織田も常日頃鍛えている。
小さい頃は剣道をやっていた事もあってそういった事には多少なりとも自信があったが、警察に入ってからは、さらなる強さをも求めてありとあらゆる武術に手を出した。
ただまぁ、その反動なのか、おかげ様で射撃の腕は……目も当てられないほどなのだ。それこそ、警察学校時代は居残り練習をさせられたほどである。
だからこそ、娘の夢莉に危険が及んでいる事が分かっているこんな時ですら娘が守れないのは意味がない。
夢莉に危機が迫っているのが分かっているのにも関わらず、そんな中で『逃げる』なんて選択肢は、織田にはなかった。
『でも、ちょっと前の事件に夢莉さんが巻き込まれたのを聞いた時、特に顔色一つ変えませんでしたよね』
純からその事を問われた時、織田は答えに少し迷った。なぜなら、その時の心境を素直に話してしまうと、本当に情けない話になってしまうからだ。
『あー、実は……』
あの時、実は被害者の名前は聞いていた。
しかし、この事件を取り扱っていたのは織田たちの班ではなかった。だから、その話を実はそこまでちゃんと聞いていなかったのだ。
しかも、純を賢治の元へ向かわせて帰って来た時ですら「夢莉がいた」という事に気が付いていなかった。
本当に情けない話である。
もし、あの時分かっていれば……と今更ながら後悔してしまうのだが、今はそれどころではなかった。
ついでを言うと、少年が『ナイフ』を取り出した後の事は、実はおぼろげで、あまり覚えていない。
多分、興奮状態だったとかアドレナリンが出まくっていたせいだとは思うが、それ以上に「未成年の少年が『そんなモノ』を取り出した」という事実が、さらに織田を怒らせたのだろう。
それこそ「自分の娘と同じ年代の子供が……」いう事を想うと、かなり心が痛む。
「……」
「……」
先ほどから声をかけているのだが、織田と争った少年は
少年に怪我はないはずだ。一応、それくらいの加減はした。
確かに、少年の技も体術も「年の割」に素晴らしかった。しかし、やはり『熟練度』で言えばこちらに
ただ、一つだけ文句を言わせてもらうなら「武器」を取り出すのはいただけない。
それこそ「仮にも」と説教くさい事を言いたくなるが、まぁ警察官なんて大体装備があったとしても丸腰で相手をしなければならない事の方が多い。
後で「どうしてそうしたのか」とか理由の説明も書類に記載しなければならない上に「本当にその行動に正当性があったかどうか」とかそういう話をしないといけない事もなる。
――簡単に言うと、正直面倒くさいのである。
「おい、起きてんだろ。何か言え」
さすがに「まだ寝ているなんて間抜けな事はないだろう」と思いながら、少年の額を軽く小突いた。
「
「全く。のんきなヤツだな、あんだけ暴れておいて」
「ああ、俺の仕事は失敗したんで捕まるしかないな……と、思っていました」
「…………」
少年は苦笑いではなく、普通に笑っている。これが今から逮捕される人間の表情とは思えない。
――いや、少年にとっては『コレがずっと願っていた事』なのかもしれない。
「おい、少年」
「はい?」
「お前、五年前に起きた事件の主犯って本当か?」
「あー、それに関してもちゃんと言いますよ。なんせ、それのせいで今ここにいる訳で『あの人』に従っていたんだから」
「……そうか」
「でも、誰が今更? 大体その事件って、ここで起きたものじゃないはずだけど」
「俺は。いや、言う必要はないな」
「まぁ、うん」
織田は夢莉から『五年前に起きた事件』について聞かされた。
しかし、元ネタはこの間の事件で負傷した警察官が『世間話』という
『だっ、大丈夫だよ。他には誰にも言っていないし、私が言ったところで信じてくれる人もいないだろうから』
『なんでそう言い切れる?』
『だって、あの人が言っても証拠不十分だったから結局って言っていたから、私みたいな一般人が言ったところで……と思って』
『…………』
どうやらあの警察官も、織田たちと同じように『出向』していた事がある人間らしく、その時にこの事件に出くわしたらしい。
しかし、その時と今とでは状況が全然違う。何せその犯人と思われる人間が目の前にいるのだ。
今なら自白や証言が取れる可能性が高い。その上、今の様子だとこちらにも協力的だ。これ以上の好条件はない。
「そんじゃ、手出せ」
「さっそくですか」
「俺としてもさっさと終わらせたいんだよ」
「はいはい」
手錠をかけようと手錠を取り出した時、少年は特に暴れることもなく、むしろ率先して両手を織田の前に差し出した。
「…………」
倒れた時は暴れ疲れたのかと思ったが、少年が「はぁ、よかった」という心の声とも思える小さい声を聞いた時、少年は全ての終わりを悟っていた様に見えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あっ、父さん」
「ん? どうした、青い顔して……」
少年を引き連れて外に出ると、夢莉が青ざめた表情で織田を出迎えた。
「いっ、今。連絡があって……」
「ああ」
「賢治さん。爆弾の爆発に巻き込まれて意識不明の重体だって……」
「え」
「……え」
夢莉はそう言うと泣きそうな表情になり、今にも取り乱しそうになりながら、その感情を必死に抑えている。
織田もその言葉には驚きだったが、少年も夢莉と同じように「そんな……」という言葉と共に絶句しているところを見ると、こうなる事は聞かされていなかったのだろう。
「……」
「……」
確かに見上げると、一か所だけ赤……いや、
多分、あそこが現場なのだろう。そして悲しいことに、あそこは賢治の喫茶店がある場所だ。
織田と少年は今まで争っていたから、その事にすら気が付かなかったのだろう。ただ、正直な話「どれだけ集中していたんだ」と言いたくなるほどではあるが。
「それで、夢莉。今の言葉の通りでいくと、賢治さんは病院にいるんだな?」
「うっ、うん」
「分かった。じゃあお前は病院に行って来い、賢治さんが心配なんだろ」
「でっ、でも……」
「俺はまだやる事がある。先に行っていてくれ、すぐに駆け付ける」
「わっ、分かった」
そう言って夢莉が頷いたのを確認し、捜査員の一人に夢莉を病院に連れて行くように指示した。
「どうやら、お前は何も聞かされていなかったみたいだな」
「…………」
「事情聴取は明日……いや、もう今日だな」
「……」
もはや何も言うことが出来ない。それくらい少年にとって今の知らせは衝撃的だったな出来事だったのだろう。
「ほら、行くぞ」
とりあえず、意気消沈して俯いている少年をパトカーに乗せ、織田は一旦署に戻ったのだった。
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