降参
「そもそも『オンラインゲーム』って存在を知ったのは、息子がやっていたのがキッカケだったな」
「…………」
最初は息子がかなり遅い時間まで「何やら熱心にやっているな」と思って、ただその様子を見ていただけだったらしい。
「俺の仕事が終わって帰ってからもずっとやっていたから、たまに怒ってケンカになった事もあったな」
しかし、当時の少年はまだアルバイトも出来ない年齢だったこともあり、仕方がないという様子でこの人の言葉に従っていた。
「あいつの様子が変わったのは『アルバイト』を始めて、自分でパソコンを買ってからだ」
当初、男性は少年が『アルバイト』を始める事に対しては、特に邪険にすることはなかったらしい。
学校によっては『アルバイト』をする事に許可が必要な場合があるようだが、少年の通っていた学校は書類さえ出せば特に問題はなかったようだ。
そして、男性も奥様も少年が『アルバイト』を始める事に対して特に反対する事もなく、むしろ慣用的だった。
「アルバイトは社会勉強には持って来いだったしな。それに、息子が自分で稼いだ金をどう使おうが関係ない。それに対して親がどうこう言ったところで、結局のところ使うのは稼いだ本人だからな」
だから、少年がパソコン上のゲームに使おうが文句はなかった。
それどころか男性と奥様は、毎月毎月増え始めていた少年のゲーム代が必要がなくなると喜んだらしい。
「だから、まさか自分の言った言葉が自分に返ってくるとは思っていなかった」
彼は苦笑いをしながら冷めきった珈琲を一口飲んだ。
冷え切ってそんなに美味しくもないはずなのに、kれはそんな事は気にせずに話を続けた。
風向きが変わりだしたのは、やはり少年が自身で購入した『パソコン』で『オンラインゲーム』を始めた事だろうか。
「パソコンを買って高校を卒業した後、学校とアルバイト以外で外に出ることがなくなった」
この状況は『引きこもり』とは言わない。その上、やっている事はやっているので彼も文句は言えなかった。
「最初は色々なゲームに手を出していたらしいが、息子は最終的に一つのゲームにたどり着き、やりこむ様になった」
それが、最初にはまった『オンライン対応』がされている『パソコンゲーム』だった。
「じゃあ、今回『オンラインゲーム』を使ったのはそれ理由ですか?」
「まぁ、うん。息子が壊れるキッカケになったモノだからとでも言えばいいか」
この一言を言った時だけ、彼は元の顔に戻った。
「…………」
口調が荒々くなっていたのは多分、あれが『彼の素』だと思う。
そして、今まで賢治たちに見せていた『彼の姿』は、今までこの人が必死に演じてきた『理想の人物』だったのだろう。
確かに、人生はゲームの様にリセットは出来ないし、リトライが出来ない状況もある、ましてや『筋書き』と言ったシナリオやあらすじもない。
これこそ当たり前の話だが、そんなに人生は簡単にいくモノではない……。
「あいつは、どんどん人の痛みが分からなくなっていった。俺たちが知らないところで感覚が狂った人間になっちまった。そして、最終的にはアルバイトも学校にも行かなくなっちまって……」
「…………」
「そんなある日。息子は久しぶりに外に出た。でも、久しぶりに出た外の光景の変化に怯えて、うずくまっているところをあんたの妹が声をかけた」
「ええ、私はそう聞いていますが」
『困った人がいれば助ける』
それが妹が掲げていた信条だった。だから、彼女はその自分自身に掲げている信条に従ったまでの行動だった。
「でも、まさかその声をかけた相手に殺されるとまでは思っていなかったと思います」
「……あいつは、あんたの妹を『外にいるモンスター』に見えたって言っていた」
親切心からの行動が逆に少年の精神を刺激してしまったらしい。
「あいつのした事を肯定するつもりはない。でも、俺たちが責められるのはどうしてだろうな。どうすればよかったんだろうな、もういっその事毎日監視すればよかったんだろうか?」
「そっ、それは……」
――何も言えない。
この状況では今。彼に何を言っても間違っているようにしか聞こえないだろう。それに、そもそもこの問いに『正解』なんてあるのだろうか。
「なぁ、教えてくれよ。賢治さん」
「…………」
賢治から言わせると、目の前にいる彼も感覚が狂ってしまった一人だと思えてならない。
何がどうなるか分からない人生の中で「こんな事が起こるとは思わなかった」と思っていたのは、やはり賢治だけではなかった。
――彼らも賢治の知らないところで苦しんでいたのだ。
「どうせあんたも分かってんだろ? 俺が言っている事とやっている事がおかしいって事くらい、全く合っていないって事ぐらい」
「そうですね。そして何より、他の人を巻き込んだ事に憤りを覚えていますよ」
「……まぁ、あんたが怒るのも分かんだけどさ。捕まったヤツら大体刺激が欲しかった……とか言ってなかったか?」
「それは……」
「それが答えだよ。今回事件を引き起こした連中はみんな、もう自分じゃどうしようもなかった。事件を起こしてでも誰かに止めて欲しいって思ってたんだよ。まぁ、金も欲しかったんだろうけどよ」
彼は息子が起こした事件により、理不尽な社会の言葉に打ちのめされ、結局のところ、頭では分かっているのに関わらず、その行動が狂っていってしまった。
その証拠に、彼自身が『自分の目的のためなら、他人を傷つける事をなんとも思わない人間』になってしまった様だ。
そうなってしまったからこそ、他人を使おうなんて考えてしまったのだろう。
夢莉を襲った実行犯や捕まった少年に関してもそうだ。自分は直接手を下さず、ここに来たのも自身の復讐のためである。
それこそ、今までなんだかんだで一緒にやってきた「少年が逮捕された」と聞いてもなんとも思わないほどだ。
その事実を彼は気が付いているのだろうか――――。
「……それで、どうされるのですか? 私を殺しますか?」
「ははは! 殺せるものなら殺したいところだが、どうせ警察が張ってんだろ? そんな意味のないことをしてもしょうがない」
そう言うと、なぜか彼は両手を空に掲げた。
「どうせ外に警官がいるんだろ? だったら降参だ、さっさと逮捕してくれ」
「はぁ……」
どうして賢治はこの言葉を「投降の意思がある」と解釈してしまったのだろうか、どうして「聞きたい事は後で聞けばいい」と思ってしまったのだろうか。
「純さんですか? ええ、降伏です。入って……」
そう外にいる純たちに突入の指示を出そうとした瞬間――。
「バーカ……」
「え?」
彼のニヤッとした顔と小さな呟きが聞こえた様な気がしたが……賢治はそこから先の記憶が全くない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます