杜撰


 俺の目の前にあるのは『各部屋のマスターキー』が保管されているモノだ。俺たちは『箱』と呼んでいるが、その理由はなんて事ない、そのままの意味である。


「ここら辺、本当にザルだよなぁ。こういったところこそ気にすべきところだろ」


 この大事な『箱』を守っているのはダイヤル式の鍵だ。しかし、今時こんなダイヤル式の鍵に意味はない。

 正直な話『管理』という部分だけ重点をおくと、指紋認証くらいあってもいいと思うのだが……。

 しかも、この鍵はかなり年季が入っているからなのか、何度も同じ番号に合わせた形跡があり、コレはもはや初めて見た人間にすら分かるほどである。


「……」


 それだけ杜撰ずさんでもまぁ、こんな場所で『事件』なんてそうそう起きないから、みんなかなり楽観的に捉えた結果なのだろう。


「ここの人たちに『明日は我が身』って言葉は、ないんだろうな」


 ――俺はその中から『鍵を一つ』拝借した。


 杜撰さで言えば、俺も大概だろう。ただ、別にその証拠を消すつもりはない。それこそ、逮捕されようが構わない。

 とりあえず、俺は言われた事『だけ』やればいいのだ。それに、俺が捕まったところで『あの人』は気にも止めないだろう。


「さて……と」


 気にしたところでどうしようもない。俺は俺のすべきことをすればいい。俺は『黒い手袋』をはめ、現場へと向かった――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『了解、方法は任せる』


 ここまで来る途中、確認した画面にはたった一文だけ、そう書かれていた。


「…………」


 正直なところ、この回答が一番困る。

 確かに色々な状況があるから、方法とか縛られるのもイヤなのだが、それでもこの答えは、ただの丸投げとしか思えなかった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「逮捕されたそうです」

「はぁ、そうだよな。ちょっとでも可能性があるとかやっぱ、甘すぎるよな」


 ついさっきまで、自信満々に「勝てる」と言っていたとは思えない口振りだ。しかも、仲間が捕まったというのに、その口調は全然気にしていない。


 むしろ、この反応自体、軽すぎるくらいだ。


「…………」


 こんな人の下についてしまった事に、賢治は思わず哀れみを覚えた。


 賢治としては、こんな人に従うのはごめんなのだが、捕まった少年には、何やら『そうせざる負えなかった理由』がありそうだ……と後から織田に教えてもらった。

 そして、これも後で聞いた話だが、捕まった少年は案の定。夢莉が泊まった部屋に侵入してきた。


 でも、それくらい想定内の話だ。


 それに、ビジネスホテルに限らず『ホテル』という場所は大概マンションなどとは違い、バルコニーなどがない。

 だから、窓からの侵入は難しい。

 たまにワイヤーなどを使って侵入するドラマや映画があるが、こんなところでそんな事をすれば目立って仕方がないはずだ。

 正直なところ「普通すぎる」と言われるかもしれないが、こうした色々な方法が考えられる中で『普通』と呼ばれる方法は意外に盲点になりやすい。


 そして、その『普通の方法』を使って侵入した少年はすぐに真っ暗な部屋に違和感を覚えた犯人だったが、すぐに夢莉は部屋にいないことを雰囲気で悟った。


「…………」


 しかし、犯人である少年はその部屋から離れなかった。いや、多分離れるに離れられなかったのだろう。


 なぜなら、その暗闇の中に怒りに満ち溢れた人がいたから……。


 ちなみに、夢莉は侵入してくる少し前に隣の部屋で保護されていた。犯人がこの『ビジネスホテルでアルバイトをしている少年』という事が確定していたからだ。

 こんな事もあろうかと織田がホテル側の責任者に事情を説明し、段取りを組んだうえで昨日の時点で、前もって捜査員が部屋を予約させていた。


 そのあたり「さすが」というべきだろうか。


 そしてその後、織田と犯人の攻防があり、備品が少々壊れてしまったが、それでもそれだけ暴れて苦情が入らなかったのは、今日の実質的なお客は夢莉だけだったからだろう。


「さて、お聞かせ願えますか? どうして私を狙ったのか、どうしてこんな回りくどい方法をとったのか」


 警察でも事情聴取はすると思うが、賢治はどうしても『今』彼の口から聞きたかったのだ。


「回りくどい? はっ! バカ言え、むしろ比較的安パイだろ」


 さっきから思うが、穏やかな口調だったモノがここまで口調が荒れてしまうと、もはやただの開き直りにしか思えない。


「まぁ、あんたを狙った理由なんて大体想像できてんだろ?」

「多少は」

「そもそも、俺たち家族は息子が捕まった事によって、揃いもそろって色々な情報が晒された。それこそ『プライバシー』なんてどこにもなく、ただの単語だろってくらいにな」

「……」


 この人の家族に何があったのか……という事は実は分かっていない。

 しかし、彼の口ぶりを聞く限り、住所だけでなく勤めている仕事先まで特定されてしまったのだろう。


「そんな息子に育てた親の責任だとかいきなり家の電話はかかってくるわ、ちょっとでも外に出ようモノなら、見ず知らずの人間に色々言われるわ、会社にまで嫌がらせの電話がかかってくるわで迷惑この上なかった。ああ、物を投げられた事もあったか」

「…………」


 人はよく簡単に「子供のやった事は親の責任」と言うが、親のあずかり知らぬところで子供がした事も含まれてしまうとなると、それこそ子供の手をずっと離さずにがんじがらめに縛る必要がある。

 それこそこの人が今言ったように『プライバシー』という言葉そのものを無視したような……。


 本当に、使い勝手のいい言葉だ。


 しかし、口で言うのは簡単だが、実際やってみると難しい事なんて世の中にはごまんとある。


 今回の一件も、その一つだろう。


「なぜ、今回の一連の事件を起こしたのですか?」

「んー? あー……」


 そう言って薄ら笑いを浮かべながら男性は天井を見上げた。


「そうだなぁ」


 そして、ポツポツと語っている姿は、私の知る『今までの男性』の姿はなく、それどころか何やら不気味ぶきみささえ感じられた。

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