会釈
「…………」
どうやら今も目が覚めない『主犯の彼』と知り合ったのは、道端でバッタリ……とかそんな『偶然』ではなく、『オンラインのゲーム』の中だった様だ。
酷な話かもしれないが、二人とも『事件』には直接関わってはいないにも関わらず、間接的に『事件』に関わってしまった事により『人生』を狂わされてしまった。
しかし、彼らがのめり込んだのも主犯の男性の息子がかつてはまり、人生を狂わすきっかけになったゲームの世界だった。
「俺は、このゲームをやる前は家に引きこもりながら、たまにコンビニで万引きやひったくりなど『軽犯罪』とか繰り返しやってきた」
「それは……どうして?」
「早く俺を捕まえてほしかったから」
「それならなぜ、そんな自暴自棄ともとられる行動を?」
「正直、その頃の俺は俺みたいな人間は生きている意味なんてないと思っていて、それで」
「…………」
後から聞いた話によると、この少年は生まれてから今まで自身の兄と比べられて育ってきたらしい。
その兄は運動が得意だったらしく、それこそ少年よりも強く、兄弟で習っていた空手で少年は一度も兄には勝てなかったほどだったらしい。
しかし、そんな兄にも勝つ事が出来たのが『勉強』つまり『学校の成績』だった。
「両親も『学校の成績』だけは誉めてくれた。そんな状況の中での『あの事件』だよ」
「…………」
本人は関係ないにも関わらず、自分のせいであんな事が起きてしまえば、塞ぎ込むのも……なんとなく分かる。
少年が『自分』という存在に疑問を感じ、それでも行く当てもなく犯罪行為を繰り返し、それでもどうしようもなくなんとなく始めたゲームを始めた。
「両親は……元々兄さんにばかり目をかけていたので、俺が部屋に引きこもっていても、それに対しては怒りもしなければ嫌味すら言ってきませんでした」
このご両親の対応が、さらに少年をゲームの世界にのめり込ませる一つのキッカケだったのではないだろうか。
そして、ゲームの中で色々な話しをしていくうちに『彼』に対し次第に心を開いていったそうだ。
「その会話をしていく内に、男性が事件の加害者の父親だと知って、さらにに仲良くなりました」
「…………」
彼自身も『事件』によって『人生』を狂わされた人間だからこそ、どことなく共感する部分があったのだろう。
そして、いつもの様に主犯である彼と話している内に、今回の事件の計画を彼から持ち掛けられたらしい。
「でも、計画を進めて行くと次第にこの話がただの『八つ当たり』にしか思えなくなってきていました。でも、俺は計画に参加させてもらっているだけだからという気持ちがどこかあってそれで」
「――口出しも出来なかったと」
「はい」
「それに関しては、あなたは出来なかったのではなく、そうしなかったという言い方の方が正しいですね」
「……はい。今となってはそう思います。でも、あの時はそれ以上に早く終わってくれとしか」
「思えなかった……と」
「はい。すっ、すみません」
どうやら少年自身は決して『意志薄弱』という訳ではなく、最初からただのノリでこの計画に賛同してしまっただけの様だ。
「…………」
「…………」
しかし、そうしてしまったばかりにどんどんエスカレートしていく事態に引き際が分からなくなってしまったのだろう。
「なるほど、大体の話の全貌は分かりました。つまり、あなたは『また』巻き込まれたんですね」
「……でも、今回は『以前』とは違います」
「当然です。巻き込まれたと言っても、あなた自身も事件だけでなく、たくさんの罪を犯しています。その事はお忘れなきように」
「はい。反省しています」
「それと、私も事件の被害者です。しかも、最初は妹を失いました。そして、今回は友人の娘さんがターゲットになりました」
「…………」
「この言葉の意味が分かりますか? もう少しで私はまた『失う』ところだったんです。人間だれしも『心に深い傷』を負う事があります。それは大抵『他人』によってです。あなたたちがそうであったように」
「はい」
「でも、その『傷』が本来その人の人生の中で、どうしても必要な事だったかは誰にも分かりません。ただ――」
「…………」
「本来は必要でない『傷』を負わせるような事をしてはいけないと、私は思うのです。それはその人の人生の中には、絶対『必要なモノ』ではありませんから」
「…………」
少年は、賢治が話している間、ずっと無言だった。
この『少年』も、今も眠っている『主犯の彼』も直接事件に関わったわけではない。
言ってしまえば『ただの一関係者』だった。
しかし、周囲の取り巻く環境などにより状況が変わり二人は本人たちが状況を把握する暇もなく次第に孤立していった。
そして、当初はなんだかんだで『被害者』の一人だった彼らも、最終的には『加害者』になってしまったのだ。
「今度、出られたら……いいえ。今から『これから』について考えようと思います」
「ぜひ、そうしてください」
「結局、僕はただ逃げていただけなのだと気づかされました。今度こそちゃんと正面からこの事実を受け止めようと……思います」
「はい、応援しています」
少年は私の言葉を聞くと、小さく笑い会釈をして、そのまま部屋を後にした。その顔はどこか晴れやかに見えた――。
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