突然


 ――こうして『確執』とも言えるモノが解消したところに、純と賢治が現れた。


「おっ、もう大丈夫そうですね」

「すみません。お騒がせしました」

「いえ、いいですよ。よかったです」


 このやり取りはまぁ、予想していたし、そう言われるだろうと思っていた。しかし、問題はだったのはその後の会話だ。


「ところで、夢莉さん」

「はい?」


「…………」

「…………」


 しばしの沈黙――。


 賢治が何か言いにくい事がある時は、大抵沈黙する傾向が強いのだが、今回はこの沈黙がやけに長く感じられた。

 しかし、それだけ黙っているという事は、逆にそれだけ言いにくい事なのだろう……と察する事も容易に出来る。


「大変申し訳ないのですが、しばらくは喫茶店の仕事をお休みにして、ホテル宿泊して頂けませんか?」

「…………」


 あまりに突然切り出された言葉に、夢莉は「え?」という声も出せずにその場で固まってしまった。

 まさか突然こんな事言われるなんて思いもしなかったのだろう。

 もし、予測が出来る人がいるとしたら、その人は『予言者』にでもなった方がいいと。


「けっ、賢治さん。今の話、どういう事ですか」

「言葉のままの意味ですよ」


 確かに、父との問題は解決した。

 しかし、この時の夢莉は「なぜ突然こんな事を言われないといけないのだろう」という気持ちでいっぱいだ。


「……固まっちゃいましたね」

「…………」

「おいおい、いくらなんでも結論から言ったらそりゃあ固まるだろ」

「え……?」


 その言葉を言った賢治はものすごく申し訳なさそうな表情を浮かべているが、純と織田の言葉を聞く限り、どうやらこんな事を突然言い出したのには何やら理由がありそうだ。


「おっ、動いた」

「気絶していたという訳ではないんですね」

「父さんも純さんも私を何だと思っているんですか」


 確かに驚きはした。

 でも、さすがに気絶まではしないし、むしろ気絶するほどショックな言葉とは逆になんだろうか。


「いやっ、その方が面白いと思ってな」

「面白い面白くないで人は簡単に気絶はしないから」

「……」

「……」


 なんてやり取りをしていると、純と賢治は目を白黒させながら夢莉と織田を見ている。


「? どうされたんですか? お二人そろって物珍しそうに……」

「あっ、いえ。ずいぶん仲がよろしいなと思いまして」

「ええ。ほとんど記憶に残っていないと言っていた割には、ごくごく普通の父親と娘という感じにお話をされていらっしゃるので、その順応の速さに驚いてしまったもので」


 夢莉にしろ織田にしろ何気なく普通に会話をしていただけのつもりだったが、昨日はあんな『再会』をしていたにも関わらず、今では普通に軽口を叩けるくらいになっている。


 それを賢治と純は、あの再会の場面にいたから、今のこの状況を見たら、驚かれても不思議ではない。


「それよりも賢治さん。さっきの話はどういう事ですか?」


 そのままさっきいた場所から移動し、外に出たところで、夢莉はそう切り出した。

 本当はもっと早く切り出したかったけど、それで大声で話をしてしまっては、迷惑になるだろうと、夢莉なりに考えた結果だ。


「あ、それについては」

「いや、コレは俺から話す。とりあえず、夢莉は俺の車に乗っていてくれないか?」


 純が説明しようとした瞬間。織田はチラッと視線を横に向け、すぐに純を遮った。


「え?」

「何、久しぶりに娘と一緒にランチを食べがてらもう少し話をしようと思ってな」

「……分かりました。でも、ちゃんと戻ってきてくださいよ」

「分かっている。それより荷物は」

「後で取りに来てください」

「分かった」

「ちょっ、ちょっと待って。私は……」


 あれよあれよと話が進んでいく事に夢莉は少なからず焦った。

 せっかく、今までお世話になったこの場所で、事件解決をする事によって今までのお礼が出来ると思っていたのに――。


 そして、賢治の捜査のお手伝いが出来れば、なんて事も思っていたのだ。


「夢莉、今は……」

「え」


 織田は私の肩に手をそっと置いて、視線は前を向いていた。どうやら「視線の先を見ろ」と言っているようだ。


「……?」


 視線の先に信号機があるのが見え、織田の視線の先には信号待ちをしている人の姿が見える。

 しかし、なぜかその人は私たちの方を見ている様に見える……が、あまりにもその人の視線が怖い。

 それを感じ取った事と織田の様子から、このまま言う通りにした方がいいのだろうと夢莉は察した。


「……分かった」


 正直なところ何一つ納得はしていなかった。

 しかし、結局夢莉は急遽『ビジネスホテル』を探して泊まることになった。

 ただ「今日から泊まるホテルとお昼ご飯も含めてそれらを今から探すというなかなか面倒な話だけど、仕方がない」と、内心ため息をついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る