理由
「……」
「私たちも帰りましょうか?」
賢治はそう言いながら優しく肩に触れ、夢莉はその言葉に対し無言のまま小さくうなずいた。
――決して感動的な再会を望んでいたわけではない。
だからと言って、久しぶりに会って速攻でケンカという様な最悪な再会を望んでいたわけでもない。
ただ、それでもやはり何か言って欲しかった。
この際、怒られてもいい。ただ、見なかった事にされるのが一番キツイし、辛い。それに、織田の目に夢莉の姿は確実に映っていたはずだ。
一体、織田は夢莉を見てどう思ったのだろうか……。
もし、夢莉と話すのが嫌ならば、賢治に『母さんの願いを伝えてもらう』様に頼んでみてもいいかも知れない。
合流する前に三人仲良く話をしている姿を夢莉は、その目でバッチリ見ている。
――うん、きっと。その方がいい。
「…………」
この時。夢莉は多分、ただただ怯えていたのだろう。
でも、夢莉は果たして何に怯えていたのだろうのだろうか……。いや、本当はただ怖かっただけなのかも知れない。
視線に入っていたにも関わらず、なかった事にされたという『事実』に対して――。でも、その答えは今でも分かっていない。
「……」
そんな事を考えていたからなのか、夢莉は店内に戻ってからも黙ったままだった。
確かに織田に無視されてしまったのはショックだったが、正直な話。色々な事が起こり過ぎて頭の整理が追い付いてない。
事件の事ももちろんだが、刺された警察官と父との再会などなど、それらを一体どう消化すべきだろう。
今日起きた一つ一つの出来事が、普通であれば数日かけてようやく整理できるほどのモノばかりだと思う。
「…………」
「…………」
そんな夢莉を気遣ってか、賢治は「私にどう声をかけるべきか、かけるべき言葉」に迷っていた様に見えた。
「お腹、すきましたね」
「……」
――やはり、気を遣ってくれたのだろうという事はすぐに分かった。
でも、それが分かっていても夢莉の気の沈みは収まらない。常連の人が一人でもいればすぐに「どうしたの?」と聞かれるくらい今の夢莉は暗く見えるだろうと思った。
「それとも、お休みになりますか? 昨日から起き続けていますし、事件が起きる前はとても眠そうにされていましたし」
昨日から純が帰った後もずっと起きている。だからもう眠気がピークなはずだ。それなのになぜか今は全然眠くない。
「あっ、いえ。眠気は……大丈夫です」
むしろ、事件が起きる前の方が眠たかったぐらいだ。
「じゃあ、ナポリタンにしますか」
「それ、昨日の夜にも食べましたよね?」
賢治はまた気を遣ってくれたのだろう。しかし、ナポリタンは昨日の夜に食べている。
「じゃあ」
「あ。いえ、やっぱり今食べたいです」
「それでは、さっそく準備いたします」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、賢治は厨房へと姿を消した。
人によっては「さすがに二日続けて同じものを食べるのは」と思う事もあるだろう。
でも、なぜか『今』無性に食べたくなった。
「…………」
たまにはこういう日があってもいいだろう。
父の姿を久しぶりに見たからなのかは正直分からないが、夢莉は「ふぅ」と小さくため息を吐き、カウンター席に食べる準備を始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「そういえば」
「はい?」
「どうして『ナポリタン』がお好きなんですか? 以前、懐かしいとおっしゃっていましたけど」
「あ。えと」
「あっ、言いたくなのであれば」
「いえ、大した理由じゃないんです」
そう、本当にそこまで大した『理由』じゃない。
「ただ。昔、まだ父さんと母さんが離婚していなかった頃、よく父さんが作ってくれていた……って、それだけの話なんです」
夢莉がそう呟き、視線を賢治の方に向けると……賢治は「しまった」という表情をこちらに向けていた。
「……すみません」
「いえ、昔の話ですから」
正直、この話はいつでも出来た。それこそ出会って最初の頃にでも話せたのだ。
さっきの賢治は多分「何かしら話題。とりあえず何かしら話をしないといけない」と思って、聞いてくれたのだろう。
その心遣いは嬉しかったが、結果的に逆効果になってしまった形だ。
「母さんの『ナポリタン』は、父さんが作っていたレシピをそっくりそのまま忠実に再現したモノだと聞いています。それに……」
「それに?」
「ナポリタンを食べるとあの頃をほんの少しだけ思い出せるような気がするんです。ほとんど覚えていないんですけど」
なんておどけたように笑うと、賢治も小さく笑って「そうですか」と言ってくれた。
そのおかげでついさっきまで漂っていた暗い雰囲気は和らいだ様に思う。。
「そういえば、先ほど純さんから連絡がありました。明日、署で話を聞きたいと」
「え? 私にですか?」
「はい。後、これは私の推測なのですが」
「?」
「これは純さんなりの気遣いだと思います。警察に呼ばれて来たとでも言えば、否応にも顔を合わせることになりますから」
「そう……ですね」
頭が固く、融通の利かない……いや、賢治曰く「昔よりはだいぶ柔らかくなった」という純にまで気を遣わせてしまった事を考えると、かなり申し訳ない気持ちになった。
「大丈夫です、ちゃんと話せば分かります」
「そうでしょうか」
――正直、全く自信がない。
「はい。それに何より離婚しているとはいえ、あなたの父親は彼です。でも、安心してください。今度逃走しようものなら、私と我妻さんが全力で阻止します」
「え……」
「せっかく娘さんが会いに来ているにも関わらず、話もせずにその場から逃走だなんて、言語道断です」
「はっ、はぁ」
「ですので、明日は安心してお二人で納得がいくまでお話しください」
ニコッと穏やかな笑顔と共に『ナポリタン』を夢莉の前に出してくれたが、どう見ても、穏やかな笑顔だけでは隠しきれていない『怒りの感情』がそこにはあった。
「えと、ありがとうございます?」
――この『笑顔だけど怒っている』という状況に、どう答えればいいのか分からず、とりあえず夢莉はお礼を言った。
ただ、その動揺が声に表れてしまったからなのだろうか。咄嗟に思わず語尾が疑問形になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます