発生


「急げ!」

「行きますよ! 夢莉さん!」

「はっ、はい!」


 慌てて走り出した純の後ろを夢莉と賢治も追いかけるように走った。


「はぁはぁ……」


 しかし、さすが現役の警察官。夢莉も必死に追いかけているにも関わらず、なかなかその差が詰まらない。

 そしてもう一つ驚きなのが……と言ったら失礼かも知れないが、賢治なんて夢莉より後に走り出したにも関わらず、夢莉を追い抜いて純のすぐ後ろにピッタリとついている。


「場所はどこですか?」

「その通りを抜けて左を曲がったところです!」


  そして賢治は夢莉の前を走り、そのまま先を走っていた純すらす追い抜き、さらにスピードを上げ、そのまま私たちに構わず目の前の通りを左に曲がった。


「……!」


 純は賢治のすぐに後に追いた姿を確認すると、すぐに「救急車の手配をお願いします」という賢治の声と純の「被疑者は逃走中!」という緊迫した声が聞こえてきた。


「はぁはぁ……」

「まっ、まて!」

「夢莉さんは!」


 少し遅れて夢莉も何とか二人に追いつき、肩で息を吐きつつ曲がり角に入った夢莉の目に飛び込んできたのは……。


「あの、賢治さん。どう……っ!」


 何かで刺されたのか、赤黒いシミが広がっている腹部を抑え、荒く息をしている制服を着た警察官の姿だった。


「こっ、コレは……!」

「……今、こちらには来ない方がいいと言おうと思っていたのですが、どうやら遅かったようですね」

「はぁ、なんで声をかけるまで待っていられないのですか」


 ため息交じりに呆れている純に、いつもであれば一言文句を言ってやりたい気分になるのだが、今はそれどころではない。

 何せ私は今まで自分が怪我をした事はあっても、こういった現場を見るのは初めてだったからである。


 むしろ、悲鳴を上げなかっただけでも褒めてほしいくらいだった。


「今、犯人は逃走中で、他の者たちで追跡しているようです」

 そう言いながら別の警察官がは手際よく応急手当をしている。純さん曰く、倒れている制服の警察官はこの応急手当をしている人の部下らしい。

「どうやら警戒中に不審な人物を見かけ、職務質問をしようと声をかけた一瞬の出来事だったようですね」

「なるほど、職務質問に対し何も言わずに突然刺した……と」


 そして、逃げた犯人は後から来た『刑事』がその後を追いかけて行ってしまったらしい。


「はぁ、全く『あの人』はいつもこうなんですよ。応援が来る前にすぐに行動に移してしまう。まぁ、考えなしという訳ではないのですが」

「……?」


 最初は呆れた顔をしていた純だったが、そのまま視線を下へとおろす。


「まぁ、今はそれよりも……」

「犯人ですね」

「…………」

「夢莉さんはここにいてください」

「えっ、でも」

「今の真っ青な顔のあなたを連れて行くわけにはいかないんですよ。それくらい理解してください」

「…………」


 確かに、誰かが刺された現場自体を見るのが初めてで、今の夢莉は自分でも血の気が引けているのが分かってしまうほどだった。

 そもそも、足の速さを見ても夢莉が『完全に足手まといになっている』という事は明確だ。


 純の言っている『言葉の意味』はよく理解出来る。だから――。


 結局、夢莉は二人に対して「怪我にだけは気をつけて」と言って送り出す事しか出来なかった。


「ええ、もちろんです」


 賢治は夢莉にそれだけ言うと「早くしてください!」とかす純と共にちょうど近くにいた制服警察官の人たち数名を引き連れて走り去って行ったのだった――。

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