整理


「そっ、それではよろしくお願い致します」


 純はもう一度深々と頭を下げた。


「それで、今日は『提案』だけしに来たんですよね?」

「え? はい、そうです」


 賢治の言葉に、純は戸惑いつつも答えた。


「すみません。捜査協力をお願いしておいてなんですが、捜査内容の全てを事細かにお話しする事は出来ません。ですが、許される範囲であれば事細かにお伝えしようと思います。詳しい話はまた後日改めて」

「そうですか……」


 夢莉の様な一般人が今の純の言葉を聞いて「警察って、暇なの?」と思ってしまったが、賢治はどうやら違う事を感じとったたようだ。


「賢治さん? どうされました?」


「――本当に、そのため『だけ』に来たのですか?」

「…………」


「え?」

「正直に答えてください。本当は、それ『だけ』では、ありませんよね?」


 賢治の目が一瞬、光って見えた。それはまるで純の表情や次の言葉を探っている様にも見える。


「……本当に、鋭いですね」

「あなたの性格を鑑みた結果ですよ」

「俺ってそこまで分かりやすいですか?」

「分かりやすい分かりにくいの話でいくと……そうですね。夢莉さんでも我妻さんがお堅い人間だという事はお分かりになっていた様ですよ?」

「えっ!? わっ、私ですか?」


 まさか今、明らかに話していた会話の流れから夢莉に流れ弾が飛んでくるとは思いもしない。

 だから、賢治の口からサラッと夢莉の名前が出た時、それに気がつくまでに一瞬のタイムラグがあった。


「へぇ?」

「あっ、えと。その」


 純の目が私の顔を覗いている。本人は、品定め……のつもりはないだろうが、そのチラッとこちらを見ている視線が、向けられた夢莉にそう思わせる。


「…………」


 今まであまり気にしていなかったが、純も端正な顔立ちをしているように思う。夢莉よりは年上で、もっと言えば賢治よりも少し年上に見える。

 ハンサム……とは言わない、どちらかというとイケメンだろう。

 確かにイケメンではあるが、初対面の人間には少し冷たい印象を与えてしまう切れ長な目をしている。


「……」

「……」


 この視線を向けられた最初は「その視線に臆してあるモノか!」みたいな謎の意地が生まれ、なぜかお互いジーッと見つめ合うという不思議な状況になっていた。


「フッ」


 しかし突如として純は口元をゆるませ、小さく笑い、何事もなかったかのように私から視線を外した。


「実は今回の一連の事件。全体像が見えてきていないんです」

「見えてきて、いない?」

「犯罪グループが関与しているにしろ、ネットを使っているにしろ。上がってくる証拠を元にしても、全てが全てそんな確証のないモノばかりなんです。だから、警察としては大っぴらに動くに動けない状態なんです」

「…………」


 予防線を張りたい。それが出来なくても、何かしらの対策をとりたいという警察の気持ちは分かる。

 しかし、何をするにしても人手も時間もかかってしまう。

 たった一人で何かをする分には、特に問題ないかも知れないが、大人数で行うとなると、やはり確証もなしに適当にやるわけにはいかないのだろう。


「つまり。対策を取りたくても確証がないから対策のしようがない。だから、私に今すべき事を『提案』という形で聞き出したい……と」


 こんな何も分かっていない状況で「どうにかして事件の打開策を提案して欲しい」と言ってくる辺り、純の上司はかなりむちゃくちゃな人の様だ。

 いや、そもそもあそこまで頑なに拒んでいた賢治に、現状を伝えた上で「仕方がないから――」と前置きを言いながら了承させた純も、堅物なところが多少あるが、なかなかにすごい人だ。


「それにしても、よく分かりましたね。俺が『捜査依頼』だけでなく『打開策』についても聞いて来いと言われた事も」

「そうですね」


 夢莉は素直に驚いた。


「ああ。本当は我妻さんのカバンが資料を入れるのに適していると思っただけなのですが」

「ん? ああ、コレはいつも仕事の時に使っているモノで……」


 そこまで言って純はハッとした表情になった。


「まさか、かま……かけたんですか。俺がただの使いじゃないって事を」

「自分で言って頂くのが一番かと思いましてね。ただ使いだけで来たのであれば、通常そのカバンは持ってこないだろうと」

「なるほど、コレは一本取られました。お気遣いどうも」

「いえいえ」


 若干ふて腐れたのか、呆れたのかは声の調子でも判別出来なかったが、純は「バレてしまったのなら」と特に隠す事もなく、すぐにカバンを取り出し、資料を夢莉たちの前に出して見せた。


「…………」


 しかし、見せてもらった資料はそもそもあまり詳しい事は書かれておらず、そのどれも「コレ!」という確証の持てるモノがない。

 むしろ、この資料を見ていると、どうやら本当に行き詰まっている様な印象を受けた。


 ――ただ一人、賢治さんを除いては。


「賢治さん?」

「どうかされましたか?」

「我妻さん。これも確証のあるモノではありません。それは最初に言っておきます」

「はい」

「ですが、今までの一連の事件に何か決まりがあるとしたら、またすぐに事件が起きます。正確に言うと、この一週間以内に」

「え」


 賢治は確かに「確証はない」と言った。

 しかし、その言っている言葉の力強さには、どこか『根拠』があるように夢莉には聞こえた。

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