影響


「つまり、俺が上司に『あなたに捜査依頼を頼むように言われた』という事が分かっている上で、コレを『断る』と言いたいのですね?」

「ええ」


 ここで下手に誤魔化してはいけないと思っているのか、賢治はハッキリとそう言った。


「では一つ、お聞かせください」

「……なんでしょう」

「なぜそこまで頑なに嫌がるのですか? これだけ犠牲者が出て、しかもあなたも事件を目の当たりにしているというのに……」


 純の一時の感情で怒りをにじませる事なく、あくまで状況を鑑みた上で冷静に尋ねている事が逆に怖さを感じる。


「――だからこそですよ。妹は私が様々な事件に関わったことにより、犯人に狙われたのかも知れない。その事を考えると、私は下手に事件に関わらない方がいいでしょう」

「……」


 そういえば、賢治が最後に解決した事件は世間では大きな反響があったらしい。

 だから何となく、賢治の事を心配しているのも分かる様な気がした。


「そうは言ってもですね、賢治さん。あなたはそうやって事件から目をそらしているつもりかもしれませんが、すでに犠牲は出ているのですよ」

「…………」


 そう言って純は夢莉の方をチラッと見た。どうやら純の言う「犠牲」は、夢莉を指しているらしい。


「わっ、私の事なら気にしないで下さい。たっ、確かに怪我はしてしまいましたけど、そこまで大層な怪我では……」


 確かに、怪我はしてしまったが賢治が気にするほどの大きなモノではない。


「夢莉さん。そういう問題ではないのです」

「え?」


 しかし、夢莉の言葉とは裏腹に賢治は深刻そうな表情で俯いている。


「確かに、怪我自体は小さいモノかもしれませんが、問題は巻き込まれてしまったという事自体ですよ」

「…………」


「どっ、どういう……意味ですか?」

「……」

「……」


「いや、だって犯人は自供していましたけど、犯罪グループとは一切関係ないと……そう言っていましたよね?」


 そう、確かに犯人はそう言っていた。

 それなのに、二人の反応を見ていると、その犯人の供述自体が「嘘だ」と言っている様に感じる。


「確信ではありません。ですが、犯人の年齢を考えると自分では気が付かないうちに犯罪の片棒を担いでいてもおかしくない」

「それって」

「昨今、ネット上ではたくさんの情報を手に入れられる様になりました。そして、今回の犯人である彼もその例に違わずネットでその犯罪方法を知ったのだと思われます」

「でっ、でもテレビのニュースで……って」

「確かに犯人は最初。そう言っていましたが、後にネットの特集で詳しい方法を調べたと供述を変更しています」

「…………」


 確かに現在、ネットでは情報が溢れに溢れている。そんな大量の情報がある中に掲載されている情報が全て正しいかどうかなんて、その情報を知っている人ぐらいにしか分からない。

 それこそ、素人には全然分からないほどの膨大な量だ。

 しかも、もしその情報が正しかったとしても、その情報を見た人間がどう取るかによってここまで結果が変わってしまうという事なのだろう。


「もう一度お聞きします。早期解決のためにはあなたの力が必要です……と言っても、ダメでしょうか?」

「…………」


 先ほど聞いた時とは違い、賢治さんは迷い始めている。

 賢治の懸念も分かるが、純の今の話を聞いていると、どうやら夢莉を襲った犯人は「もしかしたら、誰かにめられたのかも知れない」という可能性も出て来た。


 しかも、このまま放置していると、似た様な犯罪者が出て来るだけでは済まされないかも知れない。

 それらの事を考えると、やはり看過出来そうにない。

 ただ賢治の考えを改めさせるためとは言え、夢莉自身。自分を引き合いに出した事に関してはちょっとムッとしたが、純も手段を選んでいられないのだろう。


「はぁ、分かりました。仕方がないので……手伝ってあげましょう」


 大きく息を吐いた賢治は心底「嫌そうな顔」だったが、その後すぐに小さく笑ったのを見た限り、実はそこまで「嫌ではない」という事が分かった。


「ヨシッ!」


 賢治の言葉を聞くや否や、純はそう言って軽くガッツポーズをした。


「我妻刑事。嬉しい気持ちは分かりますが、今は抑えた方がよろしいかと」

「あ」


 そう言われてすぐに小さくなった純を見た瞬間。夢莉は思わず笑いそうになった。

 しかし、なんだかんだ言って、やはり賢治もこの事件には『探偵』として言うだけでなく、ここの住民として思う所があったのだと、賢治の表情を見て夢莉はそう感じていた。

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