葬式
その日は、やけに暑い日だった。外は雨が降っているのか「ザァー」という音が周囲の雑音をかき消す。
「……」
そんな中、ろうそくが点いているだけの部屋で賢治は立ち尽くしていた。
目の前には白い布が被せられたベッドがあり、布をめくることもなく、ただただ見つめていた。
まるで、その布をめくってしまうと『受け入れたくない現実』を突き付けられるような気がしてしまって――。
「申し訳ございません。最善は尽くしましたが……」
そう言って、担当をした医者はベッドの前で立ち尽くしている賢治に対して申し訳なさそうに頭を下げた。
――そこは『
当然この医者としても、出来る限りの事はしたのだろう。
それでも、その高い技量とたくさんの努力を持ってしても、悲しい事に『救えない命』というのはやはり存在してしまう。
ベッドに横たわっている『妹』も……そんな一人だ。
「ありがとうございました。妹のためにここまでしてくださって」
「いえ、私たちは……」
まさかお礼を言われるとは思っていなかったからなのか、医者は少し面食らった様な表情になっていた。
しかし、賢治は目を赤くしながら……医者に対して少し微笑んだ。
「えと、それでは」
「はい。ありがとう……ございました」
そう言って、扉を閉めて去っていく医者に向かって深く、深く一礼したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「可哀想に」
「亡くなったの高校生らしいな」
「まだ十七歳でしょ? 若いわねぇ」
「それにしても……」
「ええ、本当にどこで嗅ぎ付けて来たのかしらね」
会場に入っていた参列者の人たちも、さすがに周辺を囲むように来ている『彼ら』の存在は嫌でも目に入るらしい。
外には雨が降っているにも関わらず『彼ら』は自分たちで用意したと思われる傘やカッパを使ってわざわざ外で待機している。
大きなカメラにそれを撮影するカメラマンに、現場の状況を説明するレポーターと思しき人も見える。
「……」
賢治は通夜と告別式は出来るだけでひそやかに行うつもりだった。
「すみません。表の方は、マスコミ関係の方たちでいっぱいなので、どうぞ裏の方から……」
それなのにも関わらず、いざ会場に着くと、どこでこの事を嗅ぎ付けたのか、会場の外には報道関係者でごったがえしていたのである。
――誰かが言ったのかもな。
あまり人を悪くは言いたくないが「そういう人もいる」という事は、職業柄もあり普通の人よりもよく分かっているつもりだ。
「はい。分かりました」
会場の関係者の方からそう伝えられ、会場にいた人たちと、賢治は正面にある出入り口ではなく、わざわざ別の出入り口を使わざる終えなくなった。
それは当然、式の参加者たちの安全を考えての行動である。
「自分の妹さんが亡くなったのに可哀想ねぇ」
移動している最中、そんな喪主の賢治を哀れむような声がところどろこから聞こえている。
こうして式の途中でも色々な声が聞こえるが、他の人からしてみればこれが「普通」の反応なのだろうか。
「それなのに、こんなに押し寄せて」
「他にネタがないのかしらねぇ」
それは、葬儀会場で『彼ら』を見た瞬間に賢治自身もそう思ったほどだ。
「……」
ただ亡くなったのは『妹』だったが、たったそれだけでは『彼ら』マスコミはここまで食い付かないという事は分かっている。
ではなぜ、彼らはここに来たのか、それは……。
「まさか、事件に巻き込まれるなんてねぇ」
「ええ。犯人は捕まったらしいけど」
「でも、妹さんが事件に巻き込まれる前に捕まえたかったでしょうね」
なんて、自分たちの持ちうる限りの噂話を口々に言いたい放題言っているのが聞こえ、賢治はふと振り返ると――――。
「……」
まるで、最初から何も話していなかったかの様に会場は静まりかえる。
「せっかく、解決に貢献したのにね」
声を発した本人は、そこまで大きな声で言ったつもりはないだろう。しかし、その声は静まりかえった会場から少し離れたところから聞こえたような気がした。
「…………」
そしてその声は会場全体が静まりかえっていた事もあってか、賢治の耳にもかなり鮮明に届いた。
「……おい」
「あぁ、刑事さん」
こんな時、周りの人たちの様に下手に気を遣われるよりも、いつもの様に声をかけてくれる方が賢治としては、むしろありがたい。
「その、大丈夫か?」
「何をそんなに心配しているのですか。大丈夫ですよ」
ただ、この刑事さんは不器用なのか「妹を亡くしたこの人にどう声をかけるべきか」と言葉に迷っている様にも見える。
「……」
「探偵としては、よかったと思っています。これ以上被害者が増える前に捕まって。でも、兄としては……どうでしょう」
そう言って、泣くこともなく賢治はただただ空を見上げた。
「いや、だっ。だけどな、あんたが解決してくれたおかげで……」
「…………」
賢治は空を見上げたまま刑事の言葉を無言のまま聞き、言葉選びに迷っている刑事の方へと視線を移した。
「お忙しいのに、わざわざ来て頂いてありがとうございました」
「いや、俺は別に……」
何か言うべきだとは思っていたのだろう。
しかし、刑事は結局言葉が見つからず、会場から出ていくその人をただただ見送ることしか出来なかった。
そしてこの後、賢治が探偵の仕事をする事はなく、そのまま姿を消してしばらく時間が経った今、こうして喫茶店を営業している。
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