質問
「賢治さん、ちょっといいですか?」
閉店後、賢治の様子をうかがいつつ、さらに『タイミング』を見計らって呼び止めた。
「どうかされましたか? 何か不具合でも?」
賢治はそう言っているものの、多分夢莉がなぜ呼び止めたのか分かっていたのではないだろうか。
「いえ、そうではなく。あの」
その一方で夢莉は「呼び止めたはいいものの、こういう場合。どう切り出すべきなのだろうか。普通に尋ねるべきなのか」この時になってもまだ迷っていた。
「失礼しました。本当は分かっていますよ」
「え」
「あなたが何を聞きたいのか。分かっています、その話を日中されていたのですよね?」
「…………」
賢治の言葉に「まさか聞かれていたなんて」という驚きの感情はない。
むしろ「やっぱり聞かれていたか」という気持ちの方が勝り、それと同時に「本人の知らないところで聞いてごめんなさい」という申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。
「すみません」
「いえ、いいんです。それに、コレは今まで隠してきた私の落ち度ですから」
賢治はそう言って、寂しそうな表情を見せない様に、隠すように顔を伏せた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――妹さんが?」
夢莉は、賢治の言うとおり常連の客から賢治の『過去について』教えてもらっていた。
「うん。でも、僕が知っているのは『とある事件』に妹さんが巻き込まれて亡くなったという事と、その事件を機に探偵の仕事を一切しなくなったって事くらいなんだけどね」
「そんな事が……」
「だから、実は今までマスターがどんな事件に関わってどれだけ解決して来たとかそういったここに来る『以前』の話は知らなくてね」
そう言って「はぁ」とため息をついた。
「そっ、そうですか」
「うん。でもマスターも人間だしね、僕としても何か悩み事があるのなら、それを吐き出してくれてもいいと思うんだよ。ただ聞くくらいの事は僕でも出来ると思うからさ」
多分、この人は賢治にもっと詳しい話を聞こうとしたのかも知れない。
でも、賢治の性格から察するに「お気持ちだけで……」と言って、上手くはぐらかされたのではないだろうか。
「……多分さ、今回君が事件に巻き込まれてマスターは肝が冷えたと思うよ」
「え?」
「だって、妹さんが亡くなった事件も今回みたいな『通り魔』だったからね」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、辛い気持ちになった。
確かに、今回の一件は夢莉が被害者で怪我をしたのも夢莉だ。
しかし「怪我をした事に関しては、避けきれなかった自分が悪い」とすら思っていた。
ただ、賢治はそれ以上にダメージを受けたに違いない。それを思うと……やるせない気持ちになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「すみません、私が事件に遭ってしまった事で思い出したくもない事を思い出させてしまって」
「いえ、そもそも私が買い物に連れ出したのが間違いだったのです。だから謝らないで下さい」
「ですが!」
「私は、あなたにそんな顔をさせたくなかったから言いたくなかったのですよ」
夢莉は、まさか賢治から困った様な……苦笑いの表情と共にこんな事を言われるとは思ってもいなかった。
ただ、それと同時にこの人がとても『優しい人』だという事も分かった様な気がしている自分がいる。
いや、この人が『優しく真面目な人』だという事は、最初に会った時から分かりきっている。
「でも、話さないといけませんね。現にあなたは危険な目に遭っていますし」
「あの、ひょっとして……これまでの事件って」
夢莉は「もしかしたら賢治の妹さんが亡くなった事件と関係があるのでは?」なんて事を考えていた。
「いえ、最近多発している事件に関しては、まだ何も分かっていません」
夢莉がそんな事を考えたのが分かったのか、賢治は夢莉の言葉に首を左右に振り、キッパリと否定した。
「ですが、無関係かどうかも分かりません」
「え」
「要するに『何も分かっていない』という事です」
「……」
だからこそ賢治は「分かっていない」という事は肯定しても「無関係」という部分は否定しない。
「何も分かっていない。だからこそ、話しておくべきなのかも知れませんね」
「……」
賢治の言葉に、夢莉は無言のままだ。
自分で言ったのもあるが、そもそも気になっているのも事実なので今更「いえ、やっぱりいいです」とも言えない。
ただ「賢治さんが過去の話をする事自体嫌がっているのなら……」という気持ちもあったため、夢莉は賢治の次の言葉を待つ事にした。
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