通魔


「申し訳ありません。まさか、こんな事になるとは」

 病室から出た夢莉に対し、賢治はすぐに深々と頭を下げてきた。


「…………」


 ただ、賢治がこうやって深く謝ってくる事を夢莉は……分かっていた。


 それこそ、賢治は自分の知り合いであれば、その人に何かが起きれば謝る事が出来る人だと思っている。

 ――でも、なぜか自分の事は話さない。

 あのお店にお世話になり始めて結構な時間が経ったと思うけれど、雑談や世間話をしていても、賢治は何も自分の事を話さない。


 たとえ、夢莉が話を振っても上手く誤魔化されてしまう。その事に、夢莉は若干の『違和感』を感じ始めている。


 そのせいもあってか夢莉は未だにこの賢治に関して、今もよく分からない事がたくさんあった。


「いえ、賢治さんは何も悪くないです。あの状況で犯人が捕まっただけでもよかったと思いますよ」


 夢莉は治療を終えた腕をさすりながら顔を伏せて、そう言った。

 新聞やニュースで犯人の手口などで知っていた、知っていたはずだった。頭では……。

 でも、頭では分かっていたとしても、いざ本物の刃物を切りつけられるのは怖い。


「ですが……」


 やっぱり賢治も夢莉を心配そうな顔で見ている。無理もない話だ。

 それに、夢莉もまさか自分がまた事件に巻き込まれているなんて思いもしていなかった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「あのぉ、すみません」


 最初、夢莉はフードを被った人に声をかけられた。


「はい?」


 ただ一言しか声をかけられていなかった事とそこまで意識していなかった事もあって声をかけた人物が男性か女性か、すぐには分からなかった。

 しかも、フードを深く被っていると、性別の判断は更に難しい。


「ここに……」

「??」


 その人はポケットからスマートフォンを取り出し、夢莉にある画面を見せてきた。


「あっ、ここに行きたいのですか?」


 夢理ももそこまで察しの良い人間ではない。

 でも、この人の「ここに」という言葉を聞いて何となく言いたい事は分かった。


 ――分かったけど、なぜここまで必要最小限の言葉で済ませようとしているんだろう。


「……」


 でも、その人は無言で頷いたのだから多分、そういう事なのだろう。


「えっと……」


 実はこの日。夢莉は賢治と一緒に買い出しに来ていた。

 もちろん、今回ここに訪れていたのは『備品の補充』のためだった。

 あの喫茶店で出している料理の食材は賢治が地元のモノを厳選して使っているから買い出しの必要はない。


 だから備品などは基本的に自分たちで買い足している。


 そして、この日は喫茶店が定休日で夕方に明日の仕込みが終わったタイミングで賢治に「ちょうど食器洗い用の洗剤が切れているみたいだから……」と夢莉を近くのドラッグストアに連れ出してくれた。

 この人が道を尋ねて来たのは、その買い出しが終わり、賢治に「先に車に乗って冷房かけて待っていて下さい」と言われて鍵を渡しされ、その車の鍵を預かり、夢莉がちょうど駐車場へと向かっていた時だったのだ。


「あっ、ここはあの目の前にある大通りを直進すれば……」


 夢莉そう言って目の前の道を指さし、その人の方を向いた瞬間――。


「っ!」


 横から『何か』が光った様に感じた夢莉はとにかく咄嗟に避け……られず思わず腕で受け止めた。

 ちょうどこの時間帯は街灯が点き始めるくらいの時間で、夕暮れだったという事もあり、なんとか『それ』に反応する事が出来た。


「……」


 しかし、咄嗟とはいえ「受けてしまった」せいで腕からは血が流れ出ている。


 当然、痛い。


「チッ! このやろ!」


 腕を押さえながら切り付けて来た犯人を睨みつけると、犯人は動揺したのか、さらにもう一度刺そうとして刃を向けてきた。


 夢莉はその刃物を避けようとした瞬間。


「っ!」


 自分で思っている以上に腕の痛みはひどかったらしく、動かそうとした瞬間走った激痛で思わず顔をしかめた。

 そして、夢莉はその時「多分、この犯人が悪い意味で話題になっている『通り魔』だ」と思った。


 それがすぐに分かってしまう程、このフードの人物の手口が似ていた。

 もちろん、模倣犯の可能性も否定は出来なかったけど。


 でも、もしそうじゃなかったとしても「野放しにはしておけない」ここで逃がしてしまえばまた『被害』が出てしまうのは目に見えている。


「ウラァ!」


 しかし、そんな事を考えている間に犯人は夢莉に刃物を突き刺そうと突っ込んで来ていた。


「!」


 その最悪な事実に夢莉は「避けられない!」とただ目をギュッ……と閉じるしかなかった――。

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