第11話

(あれは人間には無理だな。確かに。『常人じゃない』し『尋常じゃない』)

 深夜23時を回った。タヌキは山越えのルート上にあった辛うじて屋根と壁の生きた建物で寝袋にくるまっていた。脇に愛銃とイタチ、短刀を並べ、天井のシミを眺めていた。

 数時間前、サムライが爬虫類顔の男を切り捨てたときのことを思い出す。

(俺の目には、サムライが3人、いや4人いるように見えた)

 左腰の刀に左手を添え、壮絶なスピードで駆け抜けるサムライ。

 抜身のまま、大きく左右にフェイントをかけながら走るサムライ。

 遠くから踏みこみ、人間には不可能な距離と高さを跳びながら垂直に斬りかかるサムライ。

 そして刀を肩に担ぐようにして走り込み、袈裟に斬りかかるサムライ。

 4つの異なる動きをする影がタヌキの視界の中で躍動し、そして気づくと爬虫類顔の男は絶命していた。どのサムライが攻撃したかもわからなかった。だが、タヌキの感覚はきちんと働いていた。

(足音は俺の脇を通っていったはず。サムライはどの影でもなかった)

 タヌキは影がコンタクトを経由して視界に入り込んできたことはわかっていた。だが、どうやってそれを可能にしているのかがわからない。カシミヤ曰く『相互視覚認識システムへのハッキングだと思う』ということだったが、タヌキには理屈がさっぱりわからない。ハッキング自体はタヌキも嗜む程度に行えるが、コンタクトシステムそのものに対する侵入は困難を極める。端末1つ1つが異なるセキュリティを擁し、リアルタイムでの防壁改築を行い続けているバージョンソフトを使う者も珍しくない。1人をハッキングするのに最新鋭の設備でも1時間はかかる。

 そういった条件下で、剣を振りながら周囲の人間にコンタクトハックをばら撒いて斬りかかるという技は、人間離れしているというよりも化け物じみているという方が正確だった。

『まだ調べていないけど、私の予想通りなら彼は人間じゃない』

 と、カシミヤは言った。

(人間じゃないとするなら、アンドロイドか何かか)

 考えても仕方ないことだが、タヌキの頭にはメッセージがこびりつく。どれだけ履歴を遡っても受信した形跡がない。

「私の剣の神髄をみせてやろう」

 あれだけロボットのように見えたサムライの戦いぶりが、本気ではなかった。

 背後から斬りかかった見えないほどの速さの斬撃。あれも手心を加えられていた。

(ただ速いだけ、身体機能の何%かを解除しただけの斬撃を、俺は転んでなければまともに受けて死んでいた)

 圧倒的に敗北している。殺そうと思えば殺せたはず。2度目。それも、1日に2人続けての力の差を見せつけられての敗北。夜風が隙間から入り込んでくる。体に突き刺さるようだった。

「……くそっ」

 タヌキのつぶやきは、屋根に空いた小さな穴から夜空に吸い込まれ、消えた。


1章 「ブレイド・ザ・ファントム」 了

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