第8話
目標の最大火力兵器の使用を確認
攻撃動作の一時中断
防御姿勢構築
着弾地点予測開始
ABAS起動未確認
銃口補正挙動無
着弾地点予測完了
防御姿勢構築解除
攻撃動作再開
可動制限解除
油圧上昇
排気フラップ展開
出力正常
納刀確認
起動
”幻影斬”
タヌキはそれこそ死ぬ気で走りだしていた。体力はもう限界だった。だが、立ち止まったら死んでしまう。追手が気になる。振り向けばそのぶん速度が落ちる。集中しろ。前に進め。
しかし、背後から聞こえる蒸気の音につい目を向けてしまった。
タヌキの瞳に映ったのは、先ほどまでとは明らかに様子の異なるサムライの姿。
(これがこいつの本気か―――)
振り向いたのはほんの一瞬だった。それでも、タヌキの前方への注意はそれだけ削がれていた。アスファルトが抉れたくぼみにつま先を取られ転がる。その刹那にタヌキの首があったであろう部分を何かが通り過ぎた。
刀を振り切ったサムライの姿。怒りに狂う悪鬼羅刹のように、蒸気が右腕から立ち昇る。ヘルメットのセンサーも赤く輝いている。両脚の膝や足首からも同様に蒸気が噴出している。辺りには油の匂いがした。スラムでかき集めたパーツで作った旋盤を動かした後のような、金属が焼ける匂い。
一切の剣筋が見えない。
(剣が速すぎる)
サムライは蒸気が収まってから納刀した。センサーの発光も収まっている。こちらを見ているようだが、見えているのかはわからない。
(的確に急所を狙ってきた。これは)
ABASと同じ特性である。あらかじめ定めておいた目標に攻撃をぶつける。蒸気が立ち上るのも同じ。つまり。
(こいつのアホみたいに早い攻撃は、準備がないと繰り出せない)
それだけわかれば上等だ。
タヌキは右手で背部バッテリーからコードを伸ばす。愛銃に差し込む。コンタクトとの同期完了。ABASシステム起動。
(殺さなければ殺される)
生きるために殺す。今まで自分がやってきたこと。その、正しいように見えるロジックを、さきほどカシミヤに破壊されている。
(俺は、こいつを殺せるのか?)
殺すべきだ。誰も文句は言わないだろう。文句を言う奴がいるなら賞金稼ぎをやる資格はない。だがどうしても、「殺すのは正解ではない」という葛藤が残る。生死とはそう簡単に決められていいものじゃない。
癪なのは、カシミヤという人間が、その答えを持っているのではないか、ということだった。
『そいつは殺さなくていい。私が何とかする。次の一撃だけ耐えてくれ』
カシミヤからの通信が入る。
「わかった。あと一撃だけだ。それ以上は無理だぞ。タヌキの三枚下ろしなんてどこの市場にも出せないぜ」
憎まれ口を叩く。どうしてか、心底ほっとしたのにカシミヤにはそんなセリフしか出てこない。
サムライが居合の型を作る。距離は5mほど。明らかにタヌキの方が不利だ。
「残念だったな、ラストサムライ。アンタの時代はもう500年前だぜ」
タヌキが引き金を引くのと、サムライのヘルメットのセンサーが赤く光るのは同時だった。
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