第7話

 返事はない。サムライは攻撃の手を緩めることはなかった。夜の闇が剣筋を隠し、戦いにくいことこの上ない。

(くそがッ!サムライってのはもっとこう、武士道とかあるんだろ!?)

 まだ内心毒づける。まだ大丈夫だ。

 タヌキは己を安心させるためにも毒を吐く。どうする。会話が成立しないのではどうしようもない。こういうとき、14歳という年齢が大きく響いてくる。経験は年数に比例する。その比率は個人差があるが、一般的に人間は長く生きる方が多くの経験を手にする。タヌキは14歳にしては多くの経験を積んではいるが、絶対的に時間が足りていない。

 目前のサムライが越えてきた場数に、タヌキはまったく及んでいないのがわかる。肌や細胞が「逃げろ」と囁いている。

 動かない左手。

 痺れてきた右手。

 未だに腹には違和感が残る。

 すんでのところで避けた攻撃は体のあちこちに擦過傷を作っている。

(致命傷を受けてないのはなんでだ)

 そこに付け入る隙がある。そう感じているのだが、決定打が見つからない。自分の反射神経と防衛本能が攻撃を避けているのはわかる。だが、それだけでは説明がつかない、サムライ側の問題があるのだ。

 そう考えているうちに、サムライの拳が顔面に飛んできた。避けられない。わずかに首を回しながら体を後方に傾けた。しかし、直撃。

 視界が明滅する。空が見える。妙に明るい月明かり。星はあまり見えない。背中に痛み。フードが後頭部を守らなければ禿げあがっていたな、などと考える。

(まだ意識がある、大丈夫、大丈夫だ)

 何とか立ち上がる。愛銃を右手で掴んでいる。額を切っており、血が流れた。つつ、と鼻筋を伝い、口元まで垂れた。

 攻勢に出たい。だが、きっかけがつかめない。サムライの攻撃には隙がない。斬撃は両手で行うが、脚がいわゆる「剣道」とはまったく異質の動きをしてくる。どちらかといえば「空手」のような剣術だった。

(こんなやつ相手にしたことないぞ)

 勝てるとわかっている相手に戦いを挑み、決まりきった価値を収め、それに対して報酬を得る。タヌキの考える賞金稼ぎとはそういうものだった。カシミヤに挑み、勝つか負けるか、初めて「勝負」したが、負けたときに命が助かる打算がなかったとは言えない。

 一歩間違えば確実に死ぬ。

 こちらの話を聞く耳を持たない時点で先ほど閃いた「金で解決しよう作戦」は通用しない。

(まぁ、無理だと思っていたが)

 防御というものはどんな戦いにおいても必要不可欠なものだ。攻撃のみで勝てれば誰も苦労はしない。そして往々にして防御の方が難しい。なぜなら攻撃の方が先に来るからである。例外はあるが、攻撃されなければ防御できない。ゆえに、訓練が非常に難しいという面がある。

 タヌキはサムライの攻撃をなんとか凌いではいるが、防ぐというにはあまりにダメージを負っている。致命傷に至らぬよう必死で対処しているだけに過ぎない。このままではじわじわと体力を削られ、そのまま命まで持って行かれるのは自明の理だった。

 上段からの袈裟斬りが飛んでくる。

 右に避ければそのまま追ってこられる。左後方に跳ねて躱す。

 返す刀でタヌキを捉えようとする、と踏んで短剣を構える。

 すると飛んでくるのは左足の回し蹴り。右腕の腕甲で受け流す。

 体が左に流される。そのまま宙返りで距離を取り、短刀を左手に持ち変え、偶然近くに落ちていたイタチを拾い上げてホルスターに仕舞う。

(剣のほかに両脚もあんのが)

 左手に力が入らない。すぐに短刀を右手に戻す。タヌキが扱える、軽量化された短刀だが、ある程度の剛性の為に重さは排除しきれていない。

 突進しながらの横斬り。斬る時に必ず足が前後に開かれているため、どちらの脚が飛んでくるかは想像がつく。

 だが、飛んでこない脚の方には避けられない。斬撃が必ず逆から来る。

 (厄介だなぁ!)

 忘れたころに拳や肘も飛んでくる。タヌキの鼻に肘打ちが入った。

 ボタボタと鼻血を出しながらも、目線をサムライから外せない。

 命に比べれば鼻からの出血など些事。

 短刀を一度鞘に納める。

 刀で攻撃する隙がない。

 体をねじってイタチを右手で抜く。

 発砲。

 思わず歯を食いしばった。

 刀で弾丸を弾き飛ばしたのだから。こちらに突進しながら。

 即座に後方に跳び退く。だが遅い。イタチでガードしたが、刀が額に食い込んだ。

「ッ!」

 今日は銃撃が決まらない日だ。カシミヤといいコイツといい、化け物に2人も出会ってしまった。

(俺の舞台じゃねえ…こんなのは…クッソ…)

 呼吸を整える努力をする。左目に血が入ってきた。傷は深くないはず。だが、頭部に3カ所の出血は、この戦いでいかに自分が押されているかを強く認識させられた。

 タヌキは唇を噛んだ。血がにじむ。


『タヌキちゃん聞こえる?』


 天啓のように思えた。

 イヤーギアから聞こえてきたのはアヤノではなくカシミヤの声だった。アヤノが慌ててカシミヤを呼んだのだ。返事をしたいが呼吸に手いっぱいだ。だがマイクはタヌキの呼吸音も拾っているだろう。

 サムライはすでに目前に迫っている。タヌキは返事の代わりにふっと短く息を止め、距離を取ろうと後ろに下がる。下がる。

『そのサムライは大量のデータを取り込んでいる。そのあたり一帯の地図情報や監視AIのログデータなんかも同時多発的にハッキングをしかけている』

 だからなんだというんだ。こっちはいま顔面に拳がめり込んだぞ。地面に突っ伏し、内心悪態をつくタヌキの口許からは血がこぼれた。苦しげな呼吸音しか返せない。

『ヤツはここに来るまでに何カ所もそういったことを繰り返してきてる。ダウンロードの度に立ち止まって、十数分かけてダウンロードをしなければ進めないんだ。一気に逃げれば追ってこられないはず。慎重派だな』

 にやりとしたカシミヤの顔が思い浮かぶ気がした。

「ちくしょう!ハァー、ハァー、絶対、許さねえぞ、カシミヤっ!!!」

『走れっ!』

 カシミヤの一声。それを合図に、タヌキは愛銃を構えた。散々転げまわっても、傷一つついていない堅牢な銃。斬りかかってきたサムライに対し、大まかに狙って引き金を引く。接続してABASシステムを使いたいところだが、左腕が上手く動かない。すぐには無理だ。反動で体が大きく後ろに押される。

 それさえ、逃げる一歩に。


 

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