幻影剣

 バカバカしい話だと思う。

 だが、嘘だというには、あまりにそいつらは真に迫った表情だった。

 ある時突然現れた「サムライ」は、瞬く間にその名を馳せた。

 アイツには近づくな。

 目を付けられたら終わりだ。

 どこまで逃げても追いかけてくる。

 その剣は誰にも捉えることはできなかった。

 最高級第Ⅳ世代のコンタクトでさえ、残像さえ映さない。

 

ゆえに彼はこう呼ばれた。

「亡霊」と。



『タル・タラ』の下部組織である『サーベノン』、そのリーダーであるマムシは、部下から妙な報告を受けた。

『リーダー、やべえっすよ!!アイツはやべえ!!』

 コンタクトの音声通話機能を経由した部下の声は、焦燥と恐怖に満ち満ちていた。

「なにがだ」

『うわああああああ!!!』

 生体反応が消えた、と通知が来る。部下は殺された。マムシは内心で舌打ちをした。死ぬときくらい役に立て。

 別の部下からも通信が入る。ツーマンセルで任務にあたっていたのだ。相方が殺されたというのに、彼は割合に冷静だった。

『リーダー、あいつは「亡霊」ですよ!最近噂になってるヤツ!もう何人もっていうヤバいヤツです!』

(ほー。このご時世に。刀、ね)

 最近では自動照準の拳銃が出回り始めたという話も聞く。刃物、それもこの国では1000年前から使われているような形態の武器で、銃器を持つ人間を次々屠るその腕前。

「おい、そいつに交渉してみろ。いくら出せば俺たちの配下につくか」

 マムシは冷たく言った。部下からの通信は途絶えているが、生体反応は残っている。数分の後、ふたたび部下から通信が入った。

『リーダー、直接お話ししたいそうです。こちらの座標に…』

 マップデータが送信されてきた。イケブクロのかつてのランドマークタワーが指定されていた。


 数十分ほど車を走らせて、マムシは指定の場所にたどり着いた。かつて60階建てだったビル。

 57階まで、生きている唯一のエレベータで昇る。

 風が吹き抜ける、窓もない階。

 柱以外にはなにもない。日の光が差し込むだけ。

 フロアの中央に胡坐をかくサムライがいた。


「お前が『亡霊』か」

 マムシが歩み寄る。彼もまた、帯刀するスタイルだった。

「……」

 サムライは応えない。代わりに、マムシの視界にメッセージが飛んできた。


「人格領域が圧迫されています 文章を音声出力することができません」


 その一文を見た途端、マムシは高らかに笑った。

「はははははは!!!お前、軍用のサイボーグだな!!ははははは!!!本当に存在したのか!!!つまり、あと7体いるということだな!!!」

 『タル・タラ』での幹部会合で聞かされていた、噂のような信憑性の薄い情報だった。軍用サイボーグが試験的に作られていると。

 マムシはぐるりとサムライの周りを1周まわった。その外見、装備、仕様。そういったものをつぶさに観察した。

「その後頭部から伸びたプラグ、国の研究施設でないと規格が一致しないな」

 呻くように呟くマムシ。吐息が多い。

「人格領域の制限はつまり研究施設が施していたものか」

 無線通信では人格領域には手が出せないということ。有線接続での権限保持者の操作でのみ彼の人格領域にアクセスできた。

「きちんと計測しなくてはわからんが…ふむ…なるほどな」

 ニヤリと笑う。残忍な笑み。

「俺の配下につくなら、お前を助けてやろう。その代わり、固定の報酬は無し。仕事の成功報酬のみ支給」

 つまり、仕事に失敗すれば報酬は無い。こちらから押し付ける仕事をこなせ。そういうことだ。

「どうだ?やるか?」

 2人の間には5mの距離。一太刀の間合いには少し遠い。相手が動けば互いに反応が出来る。

 沈黙は数秒だった。

 サムライが頷いた。このサイボーグには現状、感情表現の方法が頷くか首を振るかの2択しかない。これでもギリギリだった。

「いいだろう。よろしく頼むぞ、

 サムライが名乗ってもいない正式名称をマムシは呼びかけた。しかし、その違和感にもサムライは気づけない。


 あまりに虚ろな態度。しかしあまりに艶やかな剣捌き。

 どこまでも生命力を感じさせない立ち振る舞い。

 どこまでも生命力に満ちた刀の軌道。

 剣を交えた者はこう言い残した。

「幻影剣」と。


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