第4話
数時間前。イケブクロ。
かつては文化の中心として栄えていたこの街も、いまや人口数百人。正確な数を把握できないのは、コンタクトを利用していない人間が多くいるためだ。コンタクト使用者のみを数えれば、人口は338人。
多くの路線が通り、凄まじい数の人間が出入りしていた駅も、いまでは巨大なシェルターに近い扱いを受けていた。家の無いものが集まり、共同体を築いている。街の郊外の住宅地は荒れ果て、人間が住める領域は少ないからだ。ただしその共同体も自治が出来ているわけではなく、イケブクロを手中に収めている「タル・タラ」という武装組織の傘下である「サーベノン」が支配している。「サーベノン」はイケブクロに繋がる線路の多くを直し、イケブクロを鉄道を使い通る者から通行料を得ることを主要財源としていた。
そしてその「サーベノン」は一人の用心棒を雇っている。1か月につき100万もの大金を支払ってでも手元に置いておきたがる、その用心棒は、「亡霊」の異名が出回っている。「イケブクロには亡霊が出る」と。
「キハチ。次の依頼はコイツだ」
かつてイケブクロのランドマークだったビル。60階建てだったかつての姿はもう無く、58階のフロアが屋上のようになっている。そのビルの57階、柱と壁、床と天井、そして窓枠しかないフロアが存在する。
そのフロアの中心に、胡坐をかいて座る人型がいた。キハチと呼ばれたその人型は、声のしたほうに頭を動かした。ヘルメットをかぶった頭は視線が見えない。いや、そもそもそのヘルメット上の頭部装備の内側に頭蓋があるかも怪しい。非常に自然な動きだった。依頼を持ってきたスーツの男は、顔の前で右手首を前後に振った。
「そうか」
キハチはそれだけを答えた。その声はヘルメット越しとは思えないほどクリアに聞こえた。そのヘルメットの後頭部から伸びたコードは、床から伸びた端子と繋がっている。
吹き抜ける風に、キハチの濃緑のマントがはためく。左手の傍の床には、誰が見てもわかる歴然とした「刀」が置かれていた。
すでにスーツの男はいなくなっていた。キハチの視界はその男が階段を下りていく様までも赤外線やX線その他13種類の知覚方法で認識していた。そうして得た情報を全て後頭部ケーブルから排出し保持するデータ容量を減らしている。
「ふむ」
意味のないことだとわかっている。そしてデータ容量を圧迫する行為であることもわかっているが、キハチはひとこと呻くように独り言をつぶやいた。スーツの男がコンタクト越しに投げた依頼は、一度大気圏外の衛星を経由しキハチの回線領域に捕捉された。
依頼は文章と写真で構成されており、その情報をキハチの情報処理領域が抽出し複数のOCEAN(検索エンジンのようなもの。個人や企業が持つサーバーにも似ている)に検索をかける。才能にあふれた人間であっても、一度に3つ以上のOCEANに複数情報をかけるとそれなりの時間がかかるものだが、気ハチはそれを数秒でやってのける。
タヌキ・180㎝・男・スナイプ。そういった依頼書の情報にわずかでも掠めるものをあっという間にかき集め、標的をネット上に浮かび上がらせる。
同時に数十人の「カネはあるが力のない人間」に「貴殿の仕事がこの者に邪魔される可能性がある」として、タヌキの情報を少しずつ歪めて吹聴していった。ある者には「少女が迷子になっている」と。またある者には「180㎝の男が暗殺を繰り返している」と。義憤に駆られたものや正義心や親切心から、次々と賞金稼ぎ向けに依頼を出して行った。彼らの出した依頼は賞金稼ぎ向けOCEANにて管理され、そこで金銭のまわり方が正常に動かされている。
「タヌキ。面白い」
ヘルメットの内側はわからない。だがこのとき、確かにキハチは笑っていた。
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