芸術家の街
氷純
芸術家の街
かつて、この世界でご先祖様は魔法を用いていくつもの背の高いビルや高速で移動する乗り物を作り、空を飛んだり海に潜ったり――戦争して滅んだらしい。
戦争の影響で世界中に蔓延した呪いは動物たちの攻撃性を引き出したり、姿かたちを変質させ、御先祖様は命からがら呪いを遠ざける結界を張った町に引き籠ったそうだ。
「その引き籠りのご先祖からあんたみたいな放浪民が出てくるのは、反動かしらね?」
つんとした澄まし声で金髪のビスクドール、ビスランが言う。閉じられない碧の瞳がきょろきょろ動いて僕の同行者を見た。
「あなたに言ったわけじゃないのよ、テイテ」
「知ってる」
欠伸を噛み殺しながらテイテが応じた。愛嬌のある八重歯がちらりとのぞく。
テイテの銀色の髪が風に靡いて、埃が入ったのか月色の瞳を細める。昨日までボロボロだった服は着替えて、今は僕の予備の服を着ている。男物だけあって胸周りがきついのか、と服を摘まんで生地を伸ばそうとしていた。
今もまた、生地を伸ばそうとテイテが服を摘まむ。その手は鮮やかな紅い羽で覆われている。
呪いを受ければ動物は姿や形を変質させ、ノロワレとなる。――テイテのように。
「ワズ、女の子の胸元を凝視するんじゃないわよ。エッチね」
金髪のビスクドールが目ざとく見つけて口撃してくる。
「違うよ。胸じゃなくて、手を見てたんだ」
「どうかしらね? ワズは男の子だもの。あぁ、いやらしい」
「あのさぁ。男だから四六時中エロい事考えていると思わないでよ」
「四六時中でないからと言って、今エロい事を考えていない証拠にならないわ」
「話にならない」
僕はポーチから地図を取り出して、周囲を見る。
旧文明が残した青い鉄の大円筒から北に歩いて二日、もうそろそろ目的のランドマークが見えてもいい頃だ。
「ワズ、あれ」
テイテが森の先を指差す。
指の先に目を凝らしてみると、金属製の案内板があった。
「読めないなぁ。テイテ、読める?」
「さぁ?」
旧文明の文字で書かれた案内板は、いまを生きる僕たちには解読不能だった。どこまでが一文字なのかもわからない。
そんなわけで、僕とテイテの視線はビスランに向かう。旧文明時代に作られた児童用知育人形とか言うビスランならば読めるのではないか。
「……道なりに進めばコミュニティがあるかもしれないわ。規模は分からないけれどね。ワズ、浄化石の残りは?」
「七日分ってところかな」
浄化石は世界に蔓延する呪いの影響を受けないようにする。旅をするなら必須の道具だ。簡易的な結界のようなもので、これを携帯している限り呪いの影響をうけなくなる優れものだけど、徐々に魔力を失っていつかは効力が無くなってしまう。
町に張られている結界の中に入れば徐々に魔力を回復させる事が出来るため、僕たちは町を探していたのだ。
「……寄ってみてもいいとは思うわ。もしかすると浄化石を補充できるかもしれないもの」
「もしかすると?」
「行きましょう」
ビスランの言葉に違和感を覚えたけれど、強引に話を打ち切られてしまった。
ビスランの言う通り、道なりに進むとコミュニティへの入り口らしき地下への階段があった。
どうやら、地下街らしい。
「入れてくれるといいわね」
「テイテ、腕を隠して」
テイテがノロワレだと知られると面倒なことになるかもしれない。赤い羽根に覆われたテイテの腕にアームカバーを付けて隠す。
準備が完了した僕たちは地下への階段を警戒しながら降りた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
階段を下りていくと旧文明の遺産と思しき透明な板に仕切られて地下の街が一望できるようになっていた。階段を下りながら眼下に広がる街を観察する。
東西にやや長い楕円形に広がる町は雨の心配が無いからか陸屋根が多い。それでも中央付近の建物が三角屋根だったりするのは、地下空間の天井、本来であれば地面と呼ばれるその部分に大きな穴が開いているからだろう。
「崩落したのかな?」
「意図的に開けてあるのよ」
「何のために?」
「街で聞いたらいいわ」
ビスランはそっけない。
よくよく穴の下を観察してみると、何か工場のようなものが見えた。植物の生産設備か何かだろう。植物の生育に日光を取り入れる必要があるのかな。
だとすると、この町の食品生産能力はあまり高くなさそうだ。僕がいた町では食品の生産をほぼ魔力で行っていて、植物の生育に必要な光も地脈から引き揚げた魔力を使った魔法で賄っていた。
できれば旅の糧食も買っていきたかったんだけど、この様子を見ると難しいかな。
階段を降りきると鉄製の門がお待ちかね。
「立派な門だね」
僕が住んでいた町の門は木製だった。
守衛が見当たらずきょろきょろしていると、ビスランが声を掛けてきた。
「門の横にボタンがあるでしょう。それを押して魔力を流してごらんなさいよ」
「ボタン?」
どれだろう、となおもきょろきょろしていると、テイテが先に発見した。
門の横にこれまた金属製の四角い装置が付いている。ビスランに言われた通りにボタンを押して魔力をちょっと流し込むと、門の向こうで音が鳴った。
「こんな仕掛けがあるんだ」
「壊れていなくてよかったわね。門前払いにされるところだったわよ」
「ビスランがいなかったらどの道そうなっていたと思うよ」
「ふふふ、感謝なさい」
高飛車に感じるくらい凛とした口調でビスランが上機嫌に言う。
「ありがと」
「あぁ、素直なテイテ。どこかのエロい男の子とは大違い」
まだ言ってる。
「ところで、反応が無いんだけど」
「ボタンは機能していても、町として死んでいる可能性はあるもの。内部の人間がみんな死んでいたりね」
「めったなこと言わないでよ」
ありえないと断言できないご時世だけに不安になる。
とその時、門がギシギシと音を立てながらゆっくりと開き始めた。
「おぉ、まさか外から人が来るとは!」
門を潜ってきた茶髪のお兄さんが僕たちを見て驚く。
「放浪民は珍しいですか?」
「珍しいも何も、初めて見たよ。さぁ、さぁ、中にどうぞ」
まったくの無警戒に僕の方が心配になる。
けれど、身体検査とかされるとテイテがノロワレだと気付かれてしまいかねないから、僕たちは何も言わずに門を潜った。
「うわっ!?」
思わず声が出る。
門の向こうにはたくさんの人がいた。大歓迎というよりも珍獣を観察に来たような野次馬の群れだ。
「おぉ、これが放浪民」
「本当に呪いの中をやってきたのかい?」
「物好きだな」
「妙な服を着ているな」
口々に好き勝手言って、僕たちをぶしつけな視線で観察してくる。
けれど、僕が驚いたのは野次馬の多さにではない。
異様な街並みの方だ。
所狭しと並べられた絵画、彫刻。家の壁をキャンパスに絵具が塗りたくられて、石の彫刻が隣接して、家の庭には洗濯物のように絵画がぶら下げられている。
「あら凄い。テーマは集団的無意識かしら」
ビスランがどこか皮肉気に言った。
視界一杯の美術品の群れにビスランが何を見て取ったのか僕にはわからない。
なにせ、絵画も切り絵も彫刻も、遠くから聞こえてくる曲も、道の奥で演じられている舞台も、何一つ僕にはわからない。理解ができない。
テイテが左右を見回して、めまいを覚えた様にきつく目を閉じて頭を振る。
僕たちを門の内側に招き入れた茶髪のお兄さんが誇らしそうに腕を広げて芸術群を示した。
「素晴らしいだろう。この地下街は芸術の都でね。旧文明時代から今までずっと芸術を発展させてきたんだ」
「はぁ」
困惑する。
例えば、街灯となっている彫刻。モチーフが分からない。一本の円柱状に切り出した岩に適当にボールを投げて当たった部分を削り取ったりすればこんな感じになるだろうか。何を伝えたいのか分からない。
僕の視線に気付いた野次馬の一人が胸を張って現れる。
「あれを作ったのは私よ。芸術は何かを伝えないといけないだなんて固定観念を壊す素晴らしい作品でしょう?」
「それ、固定観念にとらわれてはならないって伝えているんじゃ……?」
指摘すると、製作者さんははっとした様子で作品に目を向ける。
「自己言及のパラドックスね」
ぼそりと呟いたビスランを抱えて、テイテが呆れたように首を振った。
茶髪のお兄さんが感動した様子で僕の手を握った。
「素晴らしい。放浪民さんは芸術が分かるのか!」
「いや、分からない事が分かったから芸術が分かるというのは倒錯してると思うんだけど」
ややこしい。
「ぜひ、この町の芸術を見ていってくれ。意見も積極的に言って欲しい」
「えぇ……」
あんまり気乗りはしないけれど、浄化石が溜まるまではこの町に滞在した方がいい。次の町が滅んでいないとも限らないのだから。
「そうだ、我が家に泊まるといい」
「よろしくお願いします」
「変わり身が早いわね」
ビスラン、うるさい。
旅の身ではベッドはおろか屋根すらないのが当たり前で、せっかく町に来た以上は天井を見上げて寝たい。
まぁ、地下都市だから屋内でなくても天井があるけど。
本当にややこしい街だ。
茶髪のお兄さんはラムズタードと名乗った。
「最初に言った通り、この街は芸術の都でね。住民全てが芸術家なのさ」
かく言うラムズタードさんも絵描きらしい。この町では有名との事で、個展も開いているとか。
「それにしても、古臭いデザインの人形だね」
「は? 喧嘩を売っているのかしら?」
古臭いと言われたビスランが真っ向から喧嘩を買った。
しかし、ラムズタードさんは今日の僕にとっては宿の主人。当然、僕はラムズタードさんの肩を持たせてもらう。
「この街の人形はどんなデザインなんですか?」
「この道を曲がれば人形師が住んでいるよ」
ラムズタードさんが道を曲がる。ビスランはまだ不機嫌そうにぶつぶつ言っていた。
人形師の家は地面と平行ないわゆる陸屋根で、ガレージのようなアトリエが透明な壁の向こうに見えていた。
人形師らしい女性がこちらに気付いてにこやかな笑みを浮かべる。その手元には二頭身の少女人形らしきものがある。らしき、というのはその人形の関節が多かったり、部分的に透明な素材が使われていたりして、人というより人に近い何かにしか見えなかったからだ。
ちらりと横に立っているテイテを見る。呪いで姿が変質した彼女はあの人形をどんな目で見ているのか気になった。
「変なの」
「ばっさり切り捨てるわね」
テイテの端的な感想をビスランが面白がる。
一方、変なの呼ばわりされた人形師の女性は分かってないな、とばかりに両手を肩の高さに上げた。どうやら、開いた窓からこちらの会話が聞こえていたらしい。
「こんにちは。ハッシュリと申します。人形師をしています」
アトリエから出てきた彼女はそう言って、変なの呼ばわりされた人形を目の高さに掲げた。
「見ていなさい。この人形の真価を!」
ハッシュリさんが魔力を込めた直後、人形の表皮から白い何か小さな虫のようなものが湧き始め、瞬く間に人形が腐ったように崩れ、最後には骨格標本みたいになった。
どうだ参ったかとばかりに得意そうな顔をするハッシュリさんに、テイテが眉を顰める。
「悪趣味」
「あぁ、素直なテイテ。本当に可愛いんだから」
たった一言で酷評するテイテをビスランが甘やかす。
ハッシュリさんは芳しくない反応に唇を尖らせた。
「こんなに新しい機能なのに……」
僕も口には出さないけれどテイテと同じ感想だ。
しかし、この場には違う感性の持ち主がいた。
「落ち込む事はないよ、ハッシュリ。形ある物の儚さと崩れゆくグロテスクさが表現されていて素晴らしいじゃないか。まだまだ人形には可能性が秘められているんだね!」
大絶賛したのはラムズタードさんだった。
どうやら本気で素晴らしいと思っているらしい。
今まで歩いてきた道に飾られていたいくつもの作品を思い浮かべる。
「もしかして、この街の人達って外部からの目がなかったせいで共通認識の上に芸術を積み上げすぎていて、外から来た僕たちだと理解できなくなってるんじゃ……」
「芸術の島嶼化かしら?」
ビスランの言う島嶼化というのがよく分からないけれど、門を潜ってすぐにビスランが述べた感想も今の僕と同じような物だった。
この街の集団的無意識、共通認識を僕たちは知らないのだ。だから、この街の芸術が異質に見える。
「ねぇ、ワズ」
テイテに小さく声を掛けられて、耳を寄せる。
囁くような声で、テイテは訊ねてきた。
「子供を見た?」
「子供?」
そう言えば、街に入ってから今まで子供を見た覚えがない。二十代から六十代くらいの男女ばかりだった。
ハッシュリさんのアトリエを観察する。子供用の人形らしきものは一つも見当たらない。僕がこの街の共通認識を知らないがゆえに子供用の人形をそれと認識できないのか、もしくは本当に存在しないかだ。
「君たち、我が家はこの隣なんだ。ついて来てくれ」
ラムズタードさんがハッシュリさんとの会話を切り上げて僕たちに声を掛けてくる。
ハッシュリさんのアトリエに隣接する形で建っている家がラムズタードさんの家らしい。
導かれるままについていき、ラムズタードさんの家の玄関を潜る。
「……うん?」
テイテが不思議そうに玄関を見回して首を傾げる。僕も玄関に入った瞬間に違和感があったけれど、靴を脱いでさっさと中へと入っていくラムズタードさんを追ってリビングに入った瞬間、確信した。
生活感が無い。最低限の家具は揃っているのに、どこか無機質で機械的な空間だ。
「適当に座ってくれ。旅の話を聞きたいんだ」
うきうきした様子でラムズタードさんが椅子を勧めてくる。
「実はね、俺に限らずこの町の住人は今スランプに陥っているんだ」
「スランプですか?」
「そう。だから、君たちの話を聞いて刺激を受けたいと思って――」
ラムズタードさんが言い切る前に、玄関の呼び鈴が鳴った。
呼び鈴の直後に聞こえてきた声はついさっき別れたばかりのハッシュリさん。
「ラムズタード、私も外の話を聞きたいの。ご一緒させてもらえないかしら?」
ラムズタードさんが僕たちにウインクする。
「ほらね?」
自分たちの芸術が外の人間に理解されない形で発展している自覚はあるのか。それとも、この街の中で見聞きできるモチーフを使い尽くしたのか。
ハッシュリさんも加えて机を囲む。今気付いたけれど、机にはシミや傷の一つもない。リビングを見回す限り、存在するのはラムズタードさんの描いた絵画と書籍や彫刻ばかり。小物とか、ボードゲームみたいな娯楽品やコップなどの生活雑貨が存在していない。
「ここはお茶も出さないのかしら?」
ビスランがお小言好きのおばさんみたいに嫌味を飛ばす。言葉の途中でテイテがビスランの口を押さえたけれど、ビスクドールに内蔵された発声装置で喋っているビスランの口はある意味飾りだ。
「す、すみません」
慌てて謝る。
ラムズタードさんたちは特に気にした様子もなく、笑顔で首を傾げた。
「お茶とはなんだい? もしかして、他所の町の文化かな?」
「えっと、飲み物です。訪問客と話したりする時に、喉が渇くので飲み物を出したりするんですが」
「ほほぉ、飲み物か。すまないが、飲み物はないんだ」
「そうですか……」
まさか嫌味にこんな返し方をされるとは。
思わず発端となったビスランを睨む。ビスクドールの彼女はどうせお茶なんて飲めないのに、余計なことを言って心証を悪化させて何がしたいんだ。僕への嫌がらせにしたってテイテを巻き込むのはビスランらしくない。
ビスランは沈黙している。
ラムズタードさんが話題を変える。
「ところで、ワズ君だったか。外は呪いが蔓延しているのにどうして旅なんてしているんだい? 浄化石で呪いを避けてもノロワレに襲われたりもするんだろう?」
「住んでいた町の人口が増えすぎたので口減らしですね」
呪いから町を守る結界は拡張できない。だから住む場所は限られるし、食料の生産のほとんどを旧文明の生産施設に頼っているから食料にも限りがある。
そんなわけで、僕は町を追い出されたのだ。まぁ、半ば自分から出ていったような物ではあるけど。
テイテは僕と同じ理由なのに浄化石も持たされずに追い出されたらしい。そのせいでノロワレになった。
多分、どこの町でも似たような問題を抱えているのだろう。だから、僕たちに飲み物を提供できないというラムズタードさんの言葉も、単なる嫌味ではなく真実かも知れなかった。
なんて思っていたら、ラムズタードさんが不思議そうな顔をした。
「口減らしとは何かな?」
「え?」
ラムズタードさんの隣のハッシュリさんも同様に不思議そうな顔をしている。
口減らしの概念が必要ないほど完璧に人口が調整されてでもいるのだろうか。
「食料の生産が人口の増加に追い付かずに仕方なく町から人を追い出すことを口減らしというんですが、この街ではないんですか?」
「聞いたことが無いな。そもそも人口は一定に保たれるものだろう?」
「まぁ、保てるならそれでいいんじゃないですかね」
怪我や病気や場合によっては殺人で人口は減るし、管理するのはなかなか難しい。だからこそ、僕みたいな放浪民が生まれるのだ。
「ところで、街で子供を見かけませんけど」
「当然だよ。子供は街の中央にある教育施設で大人になるまで芸術の基礎を勉強しているからね」
「そうだったんですか。お二人もそこの出身ですか?」
「俺たちに限らず、街に居る者は全員が中央施設で育てられているんだよ」
芸術特化とはいえ、教育施設まで完備しているのか。
ここは僕が住んでいた町よりずっと旧文明の痕跡を残しているらしい。
僕の居た町は教育設備なんてなかったし、町の物知りが子供を集めて黒板にいろいろ書いて教えてくれただけだった。
「俺たちの事より君たちの旅の事だよ。ノロワレを見た事はあるかい? 町の外はどうなっているんだい? ここ以外の街に行った事は?」
「矢継ぎ早ですね。ノロワレを見た事はありますし、戦った事もありますよ」
理性を残しているノロワレもいるけれど、ほとんどは狂暴化していて襲い掛かってくる。
「ぜひ、その時の話を聞かせてほしい。あぁ、少し待ってくれ。スケッチを取ってくる」
「私も粘土を取ってくるわ」
バタバタと慌ただしく、ラムズタードさんとハッシュリさんが準備を始める。ノロワレをモチーフに絵を描いたり人形を作ったりするつもりらしい。
「ワズ、浄化石はちゃんと魔力を溜めているのかしら?」
ビスランに訊ねられて、首から下げた浄化石を取り出す。白く濁った八角柱の石を複数連ねた物だ。
「ちゃんと溜まってるみたいだよ」
「なら、コレは何も言わないわ」
テイテが眉を顰める。
「ビスラン、自分の事をコレって言わないで」
「人形だもの。一線引いておくべきよ。自分を見失わないようにね」
「それでも――」
「この点について、いかに可愛いテイテの望みでもコレは譲らないわ。……あんなふうにはなりたくないもの」
「ビスラン、それってどういう意味?」
問いかけても金髪の少女人形は答えない。
何かを隠している様子だけど、口達者なビスランを相手に聞きだせそうもない。
見ているものは同じはずだから、僕にもわかりそうなものだけど。
ここまでの道中に見たあれこれを思い出しつつ、水筒を取り出して水を飲んでいると、ラムズタードさんとハッシュリさんが奇怪な物を見るような目を向けているのに気が付いた。
後ろに何かあるのかと思って振り返っても何もない。視線はやはり僕に向いている。
「あの、何か?」
「いや、何をしているんだい?」
「何って、水を飲んでますけど……。もしかして、人前で飲み食いするのがタブーだったりしますか?」
旧文明崩壊以降長い時間隔離されている町では独自のタブーがあったりもする。放浪民には寛大だったりもするけれど、それを当てにして酷い目に遭ったという話も聞いたことがある。
戦々恐々としていると、ラムズタードさんとハッシュリさんは顔を見合わせた後、すかさずスケッチや粘土を手にした。
「ワズ君、動かないで!」
「なるほど、外ではこんな行為をする者達もいるのか」
珍獣を見る目で観察されて、僕はテイテを横目に見る。
テイテはラムズタードさんたちに珍獣を見る目を向けていた。良かった。僕がおかしいわけではないのだ。
いや、この街では僕とテイテこそが異質でおかしいのか。
「――いやぁ、面白い芸だった」
スケッチを終えたラムズタードさんが頓珍漢な事を言ってくる。
「芸も何も、ラムズタードさん達だって飲み食いはするでしょう?」
「先ほどのワズ君の行為かい? いや、やらないな。ハッシュリは?」
「やらないわ」
飲み食いしない?
「ちょっと待ってくださいよ。食べないと生きていけないですよね?」
「いや、生きていけるよ。我々がその証拠だ」
そんな馬鹿な。いや、旧文明の遺物には人知の及ばないものもあるから否定しきれないけど。
「もしかして、この家の中にキッチンは……」
「キッチン?」
説明したところ、首を横に振られた。やはりないらしい。
でも、少し納得だ。自分たちがしない行為を目の前でやられたら、奇怪に映るだろう。
「驚いたな。外の人々は不便なんだね。君たちもこの街で過ごす限りは飲み食いの必要がないかもしれないよ」
「それはないわね」
ラムズタードさんの言葉をビスランがきっぱり否定する。全員が理由を問う目を向けるけれど、ビスランは何も言わなかった。
ビスランが何も言わないと見て、ハッシュリさんが粘土を色々な角度から眺めつつ口を開いた。
「私としても、ワズ君たちには今まで通りに過ごしてもらいたいかな。私たちが必要とせず、いつしか忘れてしまった人間らしい行為を見せてくれたら、マンネリを打破できるかもしれないもの」
「名案だ、ハッシュリ!」
ラムズタードさんが膝を叩く。
そんなわけで、僕たちはラムズタードさん達の観察対象となった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「トイレがあって助かった」
飲み食いしないというからもしかしてと訊ねたら、各家庭にトイレが存在しなかった。
ただ、町の案内板には旧文明の文字でトイレの位置が書かれており、ビスランに教えてもらってトイレに辿り着けたのだ。
ラムズタードさんたちが目を輝かせて見せてくれと言われたのにかなり困ったけど、どうにか我慢してもらうことで折り合いを付けた。
「増えてるし……」
ラムズタードさんやハッシュリさんから話を聞きつけた町の人たちが僕たちを観察するべくラムズタードさんの家の周りを囲んでいる。
質問攻めにあっているテイテが僕を見つけて、目線で助けを求めてくる。
「すみません、テイテは人見知りなのであまり質問攻めにしたりしないでください」
テイテがノロワレだとばれてしまうとこの街でもどうなるか分からない。それくらい、ノロワレは本来危険視される存在だ。
まぁ、この街の人達だと嬉々としてスケッチしはじめそうな気もするけど、用心に越したことはない。
ラムズタードさんの家の庭で集まった人たちの質問に答えたり、飲食の実演を行う。
「本当に、口へ物を入れてる」
「口の中に物を収納しようだなんて考えたこともなかったな」
物珍しそうに僕を観察しながら町の人たちが勝手な事を言っている。
この町に居ると太りそうだ。
「面白い表情をするなぁ」
褒めているのか馬鹿にしているのか分からない事を言いながらスケッチするラムズタードさん。
「あの、食料の手持ちもあまりないので、実演はしたくないんですけど」
「そうなのか? 食料は何でもいいというわけではないのかな?」
そこから説明しないといけないんだ……。
この町では食料を確保するのは難しいと諦めているからなおの事、実演なんかで貴重な食料を消費したくない。
こちらの事情も踏まえて説明すると、ラムズタードさんは難しい顔をした。
「つまり、代わりになる食料があればいいわけだね」
「それはそうですけど、皆さんには必要のない物みたいですし、生産されてないのでは?」
「確かに、この街で作られているものといえば絵具やキャンパス、スケッチブック、粘土や石材だね。食べ物か、飲み物……液体ならどこかであったと思うが」
「染料とかじゃないですよね?」
後は毒物とか。
僕がパンを食べて見せた事でギャラリーたちが自らのアトリエに帰っていく。
ようやく落ち着けると、僕はラムズタードさんの家の中に入った。
「はぁ、疲れた。あんなにじろじろ見られるのは慣れないなぁ」
「お疲れさま」
リビングでビスランを相手にボードゲームに興じていたテイテが労ってくれる。
僕と一緒にリビングに入ったラムズタードさんはテイテとビスランが遊んでいるのを見てまたスケッチを始めた。
流石に慣れて来たのでラムズタードさんは無視して、僕はテイテの隣に座って盤上を見る。
「ビスランと一緒に拾ったボードゲームだっけ?」
「そう」
「ルールは?」
「教わりながら」
ビスランが駒の動き方を教えてくれているらしい。
盤上でやり取りされる駒を眺めながら、僕はビスランに声を掛ける。
「この町で食料が確保できそうな場所ってないかな? トイレがあったくらいだし、必要がなくてももしかしたらって思うんだけど」
「案内板を見た限り、ない事もないわ」
「本当!?」
「旅の糧食になるような、日持ちのする食料かは分からないわね。まぁ、期待しないで待っていなさい」
ボードゲームが終わるまで待って、僕はビスランを抱え上げる。
「テイテはどうする?」
「行く」
「俺も行こう。君たちは見ていて飽きないからね」
「スケッチしたいだけでしょう?」
「ばれたか」
「隠す努力もしていないでしょうに」
街に詳しいラムズタードさんの同行を拒否する理由もないので、連れだって家を出る。
すでに案内板を暗記しているらしいビスランが方向指示を出してくれた。
街の東側へと歩いていくと、ゴミのように芸術作品が積まれた一角が見えた。道端に展示されている作品はよく見るけれど、その一角だけは見せることを意識していないようだ。
何かテーマがあったりするんだろうか。儚さを表現しているとか。
「――あぁ、今日はゴミの日だったか」
ラムズタードさんがその一角を見てあっさりと答えを言った。台無しである。
流行が過ぎてしまったり、単純に失敗したりした作品がゴミに出されるらしい。よくよく見れば、街の入り口の門近くに展示されていた自己言及のパラドックスが捨てられていた。
ちょっと申し訳ない気持ちになっていると、街の中心から四角い何かが走ってくるのが見えた。
「ゴミ収集を担当するゴーレムだよ。この街の雑務は全て旧文明の遺産であるゴーレムたちが担っていてね。おかげで住民である我々はそれぞれの芸術を極めるために時間を有効に使う事が出来るんだ」
ゴミ捨て場に横付けした四角いゴーレムをラムズタードさんが紹介してくれる。
四つの車輪が付いた四角いゴーレムは荷台部分にゴミを乗せる人型のゴーレムと共同でゴミ収集を始める。耐久性の高い金属ゴーレムではなく、石で形成されたロックゴーレムだ。彫刻用の石材を自給自足できるこの町ならロックゴーレムの材料も金属より確保しやすいからだろう。
「頭が無い」
ゴミの積み込みをするゴーレムを見上げて、テイテが呟く。
「ゴーレムの定義は自立行動が可能な魔法で動作する無機物だからね。人の形である必要が無いんだよ。だから、用途に合わせて色々な形がある」
説明するとテイテがビスランを見た。
ビスランが不機嫌な声を出す。
「コレは違うわよ。自立思考が可能な児童用知育人形はゴーレムと定義されないわ。コレは自分で動けないもの」
「動けたらゴーレム?」
「そうよ。ちなみに有機物ならホムンクルスと呼ばれるわ。知恵の足りない有機ゴーレムなんて悪口を聞いたこともあるでしょう?」
「ない」
「……死語かしら?」
多分、死語だと思う。ホムンクルスって日常会話で出てくる単語じゃないし。
改めて周囲を見てみれば、ゴミの一つも落ちていない。ゴーレムたちが定期的に清掃しているのだろう。地下都市だけあってあちこちに置かれている照明装置の整備もゴーレムの担当らしく、魔力を受け渡して照明を維持している姿が確認できた。
上を見上げれば、この地下空間の天井を支えている骨組みを点検しているらしい小型のゴーレムもいる。六本脚の蜘蛛のような形状で、尾部から出したロープで自らを固定しているようだ。小型とはいえゴーレムのような重量物が落下してきたら大惨事だから、安全性にこだわっているのだろう。
旧文明はとことん徹底している。
「この道の奥にある横長の建物に行けば、もしかすると食料が手に入るかもしれないわ」
周囲の観察にかまけて歩調が緩んでいた僕にじれったくなったのかビスランが急かす。
確かに、道の奥に横長の建物が見えた。この街には珍しい三角屋根で、壁面も赤レンガで作られている。芸術が明後日の方向に進化したこの街には珍しく、僕にもおしゃれに見える建物だった。
ラムズタードさんが感心したように遠くに見える建物に目を細める。
「こんな建物があったのか。しかし、古臭いデザインだ。誰が管理しているのか分からないけれど、向上心はないのだろうか。不思議なものだ」
「いや、下手に手を加えなくてもいいと思いますよ」
「下手とはなんだ、下手とは」
「上手にでも手を加えずにそのままを見て楽しむのも一つの芸術だとは思いませんか?」
「思わないね」
駄目だ、説得できないや。
降参した直後、ラムズタードさんが足を止めた。
釣られて僕たちも足を止め、ラムズタードさんを振り返る。
「どうかしたんですか?」
「いや、ここから先は街の中心と同じく立ち入り禁止区域のようだ」
「立ち入り禁止?」
不思議に思って訊ね返すと、ラムズタードさんが足元を指差した。
道路に赤と青のタイルで横線が引かれている。この横線を越えてはいけないのか。
「道理で時代遅れの建物が放置されているわけだね」
ラムズタードさんが残念そうに赤レンガの建物を見る。
僕たちも戻った方がいいのだろうか。
「ワズ君たちには関係のないルールだよ。外部から来た者に適用されないルールだからね」
「そうなんですか。それなら、僕らはもう少し奥へ行ってみます」
「あぁ、帰ってきたら、何があったかを教えてくれるとうれしいね。俺は家で君たちの絵を描いているとしよう」
来た道を帰っていくラムズタードさんを見送って、僕はビスランに視線を落とす。
「ねぇ、ビスラン、案内板にここは立ち入り禁止区画って書いてなかったの?」
「書いてなかったわ。このさほど広くもない街で案内板を頼りにするのは余所者よ。ルール適用外なら書く必要が無いって事でしょうね」
それもそうか。
僕は赤煉瓦の建物への道を見る。
ラムズタードさんたち街の住人が立ち入れない区域だけあって、道端に美術品が飾られている事もない。この街に見慣れていると簡素にも見える道だ。
けれど、ゴーレムによる整備は行き届いているらしく埃一つ落ちてない。
件の赤煉瓦の建物以外にもいくつかの建物が存在する。
「ホテル、土産物屋、喫茶店」
ビスランが何の建物かを一つ一つ教えてくれる。
街の住人が入れない区画なのにお店があるのは不思議だ。
覗いてみると、ゴーレムが店員をしていた。もっとも、お客さんがいないので微動だにせず、機能するかどうかも分からないただの置物に見える。
「街が死んでるみたいでちょっと不気味だなぁ」
「静かでいいと思うわ。絵のモデルに疲れたらここに避難したらどうかしら?」
「確かに、けっこう理想的な居住条件ではあるかもね」
テイテを横に見る。
ノロワレである彼女は普通の町では受け入れてもらえない。
その点、ここは街の住人が入って来られないからテイテが危害を加えられる心配もないし、後は食べ物の問題さえ解決できれば理想的な住処になりうる。
「まぁ、魔都エデンって言うのが見つからなかったら、ここに住むのも一つの候補と考えよう」
「本当にあるのかしらね、魔都エデンなんて」
魔都エデン、人間とノロワレが共存するコミュニティ。噂によれば、北の果てに存在するとの事だけど、実際にあるのかはまるで分からない。
それでも、僕とテイテが安心して暮らせる場所があるとすれば、その魔都エデンだろう。
ここはあくまで候補地の一つ。ラムズタードさんたちが入って来られないと言っても、ゴーレムを使って排除されないとも限らない。
目的の赤レンガの建物に到着する。ビスランを持っていて両手がふさがっている僕の代わりに扉を開けたテイテがすんすんと鼻を鳴らした。
「良いにおいがする」
「もしかして、食べ物があるのかな?」
「香料だけを作っていたらお笑いよね」
「ビスランはまたそんな事ばっかり言う」
憎まれ口を叩かないと死ぬ病気にでもかかっているのかな。
テイテが言う通り、建物の中には美味しそうな匂いが満ちていた。
以前僕が住んでいた町の富裕層が利用していた配給所を見たことがあるけれど、ちょうどこんな風に机と椅子が等間隔に並んでいたっけ。
カウンターには配膳を担当するゴーレムが配置されていて、その奥にはキッチンらしきものが見える。キッチンの明かりは点いていて、調理担当らしいゴーレムが数体微動だにせず立っていた。けれど、鍋の中では何かスープのようなものが煮込まれているし、熱した油が入った金属製の四角い箱も見える。
「食料はありそうだけど、どうすればいいのかな?」
配給所に忍び込んだ時は人間がカウンターに居たから多分参考にはならないと思うし。
旧文明の遺物であるビスランなら分かる事もあるかと思い視線を落とすのと、テイテが壁の方を指差すのは同時だった。
「あの魔道具?」
「テイテは観察力に優れていて思考を止めない良い子ね。すぐコレに頼るワズは食事にテイテの爪の垢を食べたらいいと思うわ」
「はいはい。それで、あの魔道具はなに?」
「お金を入れて食料を注文するのよ。旧文明のお金を持っていないあなたたちには使えない道具ね」
いまどきお金として通用するのは旧文明の遺物の魔道具か、浄化石だ。呪いが蔓延する前は金貨だの銀貨だのっていう貴金属を成型した物が流通していたらしいけど、今じゃ貴金属としての価値しかない。
「正攻法だと食料が手に入らないって事か。裏口に回ってゴーレムの点検スタッフの振りしてキッチンに入ろうか」
「それがいいわね」
僕の事は褒めてくれないビスランである。
一度建物を出て裏口に回ると施錠された扉があった。
「魔道具の錠かな」
「関係者通路と書いてあるわよ」
つまり点検スタッフの振りをするならここを通ればいいのか。
基本的にこういった施設には魔道具の点検を行うための関係者通路がある。呪いが蔓延するに伴いこれらの施設は誰でも入れるようにされているのが常だ。
呪いにより関係スタッフが全員ノロワレになっちゃいました。保守点検も機能の維持も出来ません、なんて事態を防ぐための処置だったのだろう。
案の定、魔道具の錠はちょっと魔力を流し込むだけであっさり開錠された。
中を覗き込んでみる。通路の奥にキッチンスペースがあった。
「ワズ、ビスランを」
僕の両手がふさがっていると何かと不便だと察してくれたテイテがビスランを受け取ってくれる。
僕は魔力の漏出を防ぐ手袋をはめて中に入った。
「警報装置はないね。テイテ、入ってきていいよ」
「うん」
僕が先行して警備用ゴーレムを警戒しながら施設への潜入を試みる。通路奥のキッチンスペースに入ると、近くに居たゴーレムが突然こちらを振り向いた。
反射的に身構えた僕に何をするでもなく、ゴーレムは頭部にある目のような紅いガラスを点滅させた。
『検査項目を入力してください』
ゴーレムはそう言って、両手を差し出してくる。直後、ゴーレムの手の平の上に半透明の光の膜が現われ、旧文明の文字が書かれた表が表示された。
末期の文字らしく、かろうじて読めない事もない。衛生検査やら食材料費の検査、廃棄率なんて項目もある。
とりあえず、この施設の検査をするつもりはないのでゴーレムの頭部の後ろに彫り込まれている型番を確認する。
「旧文明時代の後期に製造されたチーフゴーレムだね」
施設内のゴーレムの稼働状況などをモニタリングするチーフゴーレムは旧文明の中期ごろから開発が進み、後期に完成した機能性の高いゴーレムだ。
このチーフゴーレムの登場で旧文明時代は様々な施設の無人化を達成した。
「この型番なら右腕部に魔力を流せば――」
チーフゴーレムの右腕部に魔力を流し込むと、胸部装甲が開かれて施設の見取り図とゴーレムの配置を表す赤い光点が表示された。二つの青い光は僕とテイテだろう。
「故障しているゴーレムはなし。安全機能も作動しているみたいだし、テイテ、もうキッチン内を動き回っていいよ。食料を探そう」
「相変わらず、魔道具には強いわね」
「そうじゃないと旅なんてできないよ」
チーフゴーレムのような量産品の魔道具なら修理だってできるくらいには勉強している。
キッチンの中は未調理の食材はなく、冷凍された加工食品などが置かれていた。このキッチンで最終的な調理だけを行うシステムだったのだろう。
当然、日持ちする食品はない。
「ハズレかな」
「これなら、土産物屋、のほうがいい」
「テイテの言うとおりかも。まさかこの冷凍庫ごと持って行くわけにもいかないし」
ゴーレムを自由に動かせるなら冷凍庫を運んでもらう事も出来るけど、凶暴なノロワレが跋扈する街の外で魔力消費の激しい冷凍庫を輸送するのは現実的ではない。
「それはそれとして、数日なら持つと思うからサラダ用の生野菜を重点的に持って行こう。僕たちで酢漬けにしてしまうのもいいしね」
「わかった」
テイテが率先して冷凍庫を開けてめぼしい物を取り出し始める。周りのゴーレムは無反応だ。
僕はチーフゴーレムでここの食品がどこから運ばれてきたのかを確認する。
どうやら、町の中央に食品の生産施設があるらしく、そこで加工したものがこの施設に運ばれてきているようだ。
「すごいな。真空転送魔法で直接ここまで飛ばしてる。ここまで衛生状態にこだわるのは観光施設くらいだと思ってたけど、こんな街もあるんだ」
当の住人は食べなくても生きていけるようだけど。
「ワズ、中央は教育施設、のはず」
テイテに言われてラムズタードさんの言葉を思い出す。
確かに、中央は子供たちの教育施設があり、大人になるまでそこで隔離されるはずだ。
「併設されているのかな」
まぁ、直接中央に乗りこむつもりは今のところないからどうでもいいかな。
めぼしい食料を手に入れた僕たちは関係者用通路から施設裏手に出て、扉を閉めた。
両手に下げた袋の中にパンや野菜、揚げたてのお肉を詰めた箱を入れてある。キッチンをちょっと借りて僕たち自身が調理したものだ。
「これで町に滞在している間の食糧には困らないかな」
「糧食も必要」
「土産物屋を覗こうと思うけど、この荷物を一度置いておきたいかな。とりあえず、ホテルに部屋を取ろうか」
「お金」
「旧文明のお金なんて持ってないけど、この施設に入ったのと同じように関係者通路から入ってお邪魔しよう」
「やってることは盗人のそれよ」
「それを言わないでよ、ビスラン。気にしてはいるんだから」
テイテとの会話に割って入ってきたビスランのお小言を聞き流して、ホテルに向かう。
後でラムズタードさんのところへ行って泊まる場所が見つかったことを報告しよう。心配させるといけない。
「そんなこと言って、絵のモデルに寝顔を観察されたくないのよね? 分かってるわよ?」
「テイテの寝顔が絵にされて街に飾られてもいいの?」
「いやよ。テイテが許してもコレが許さないわ」
憤慨するビスランだけど、テイテ本人はあまり気にした様子がない。
ホテルに入るとカウンターにはいつも通りゴーレムがいた。
けれど、ここのゴーレムは少々他とは趣が違う。
「完全な人型ね」
「ホテルみたいな宿泊施設だとままある事だけどね。人型の方が高級感があるんだって」
「無駄に装飾にこだわるのは今も昔も同じよね」
ビスランの言う通りホテルのカウンターの業務内容を考えるとゴーレムを置く必要すらない。お客に操作させるタイプのパネルを置いておけば済む話だ。
「階段、ない」
ロビーを見回したテイテが不思議そうに言う。
「高級ホテルみたいだね。転送魔法で各階の各部屋に飛ばすから、防犯上でも有利なんだよ。でも、旧文明の末期には転送魔法で飛ばすのは違法建築扱いじゃなかったかな」
ノロワレによる襲撃があった場合に逃げ遅れる可能性が高いとかで、非常階段の設置が義務付けられていたはず。
部屋の中にノロワレが飛び込んだ場合に警備ゴーレムをその部屋に転送して排除する必要もあり、転送措置だけでは宿泊客が逃げ遅れるのだ。
「結界に守られているこの町では考える必要が無いのかな」
カウンターのゴーレムを無視して部屋の隅、間仕切りで隠された関係者用通路を見つけてスタッフルームへ。
「これかな」
客室の入室状況などをモニタリングする魔法具を見つけて、ちょっと操作する。一階の客室を一部屋、入室済みに改竄するだけの簡単な操作だ。
「宿泊料は申し訳ないけど払えないんだよね」
まぁ、払えたとしても貨幣として流通していない以上は意味がない気もするけど。
どうやらこのホテルのゴーレムたちも動作不良を起こすことなくきちんと動いているらしい。
「……うん?」
「どうかしたのかしら?」
「いや、ここのゴーレムが中央の施設で点検を受けたって記録があったんだ」
食品の製造にゴーレムの点検整備、子供たちの教育設備。この街の中心にそんなに手広くやれるほどの設備があるんだろうか。
「もっと地下に、あるのかも」
テイテが床を指差しながら推理する。
この街自体が地下都市だけど、さらに地下に階層が存在する可能性は盲点だった。
でも、案内板にはこの階層のことしか書いてなかったし、さらに下に地下空間があるのなら街の上層部や管理者たちが住む特別区の可能性もあるかな。
後でラムズタードさんに聞いてみればいいか。
入室済みに改竄した客室に向かう。
一階の各部屋に転移する魔法陣の上に乗り、魔力を流し込む。ふわりと浮遊感に包まれたかと思うとすぐに目的の部屋の中だった。
「結構広いね」
簡易的なキッチンスペースとバスルームまである至れり尽くせりな一室だ。ベッドは二つあり、テーブル以外の家具も二つずつ。
「これ、なに?」
「映像機だよ。景色を保存した物を見るための魔道具。多分、今は使えないんじゃないかな」
旧文明が滅んだから、映像を送る者もいないだろう。物好きが魔道具を掘り当てて送っていたらそれはそれで面白いけど。
興味本位に映像機の作動ボタンを押してみたけれど、旧文明文字で受信無しと書かれた映像が出るだけだった。
……まぁ、そんなに見たかったわけじゃないし。
「ワズ、残念そう」
「そんな魔道具マニアは放っておきなさい。食材を冷蔵庫に入れるのが先よ」
ビスランに言われて、テイテが部屋に備え付きの冷蔵庫に食材を入れていく。
僕も食材をしまうのを手伝って、部屋の転移スペースに入る。
再びの浮遊感の後、ロビーに到着。
「転移先に、何かあったら、どうなる?」
テイテが不安そうに転移魔法陣を見る。
「転移魔法そのものが発動しないよ。動作原理が分からないから、今は再現できないだって」
どこかの町で再現に成功したって人がいるかもしれないけど、僕は聞いたことが無い。
そもそも、転移魔法は短距離でもかなりの魔力を消費する。僕が住んでいた町では施設に存在した転移魔法は使用を禁じられていたくらいだ。
町において魔力は食料の生産や浄水、各種機能や呪い避けの結界などに使用される。地脈から汲み上げているから実質的に無限の資源だと言われているけれど、一度に汲み上げる量も備蓄できる量も限りがあるから、無駄使いはよくないのだ。
そう考えると、このホテルの転移魔法陣もあまり使わない方がいいのかもしれない。
土産物屋に入ると、ぬいぐるみや人形、彫刻、手のひらサイズの絵画などが置かれていた。街の住民が作った物とは違って僕にも理解できる芸術だ。
美術品には興味が無いので食品売り場へ。
瓶詰の漬物や魔力を流し込むだけで中身の食品を温める仕掛けの保存食なんかがある。棚には金属製の缶詰がいくつか置かれていた。
「こういうのが欲しかったんだよ」
旅の途中で食べるようなものだから手軽でかさばらず日持ちがして、美味しければ言う事なし。
ここに置かれている物は旧文明の施設で自動生産されるものだから、高額で取引されるような品だ。
「あ、クッキー」
テイテが棚の缶詰の中にクッキーを見つけて手に取った。
「テイテは甘いもの好きだよね」
「ワズも、好き」
「……あ、うん」
「照れてるんじゃないわよ。ワズも甘い物が好きでしょうってテイテは言ってるの。自惚れ勘違いしないでほしいわね!」
そっちかぁ……。
「テイテは食料を選んでて。僕はゴーレムの方をどうにかする」
ここは土産物屋。それも、旧文明時代のそれであり、商品を勝手に持ち出せば警報音が鳴り響いて警備用のゴーレムがすっ飛んでくる。
だから、土産物屋の販売ゴーレムを直接弄ってお金を払った事にしてしまうのだ。
というわけで、販売ゴーレムの前に立つ。
『いらっしゃいませ』
「いらっしゃいました」
ゴーレム相手だと滑る事前提の冗談が飛ばせていいよね。
会計機と連動しているタイプのゴーレムのようだ。
会計機から魔力で商品の総額を伝達されたゴーレムがお客に対して金額を告げるものなので、会計機を弄る方が手っ取り早い。
そんなわけでカウンターにお邪魔して会計機を観察する。
「よっと」
魔力で稼働する魔道具である以上、魔力の供給を止めてしまえば動作停止する。
旧文明の末期には専用の床材を敷く事で床から直接魔力供給を受けるタイプの魔道具も多く開発されていたはずだけど、この会計機は専用のミスリル線で魔力供給を受けるタイプ。ミスリル線を外してしまえば動作停止する。
会計機と連動しているゴーレムの方も動きが停止した。
会計機の外装カバーを外して、内部を露出させる。
数字が刻まれたシリンダーがある。いわゆる計算機で、魔力によって回転する事で商品総額を算出する仕組みだ。
後は簡単。シリンダーを回らなくしてしまえば、どんな商品を購入しても無料になる。
「この紙を噛ませて固定っと」
外装カバーを再度取り付けてから、ミスリル線を接続し直して終了。
「ちょろいちょろい」
「誇るようなことじゃないわよ」
「知ってる」
ビスランの小言に頷く。
みんなやっているからなんて言い訳にならないのだから。
「買うものは決まった?」
「クッキーと保存食、瓶詰」
テイテがカウンターに置いた商品をゴーレムが認識して会計機に商品番号を入力していく。
「面白そうなものもあったけれど、内容量が少なかったからやめておいたわ」
「面白そうなものって?」
「あなたの日常が辛くなる、辛味本格派クリーム入りクッキー」
「内容量が多くても駄目だよ。水を余計に消費しそうだし」
「この街に居る間に食べる分にはいいと思うわよ。絵のモデルに最適な表情も提供できるわ」
「自分が食べないからって好き勝手言うんだから……」
会計が終わり、ゴーレムが総額を告げる。
『お会計――です』
無料に該当する内蔵音声データがなかったのか、ゴーレムの言葉が不自然に途切れた。
僕が住んでいた町に置かれていたゴーレムも同じことを言っていたのを思い出す。ちょっと懐かしい。
ゴーレムが商品を袋に入れてくれる。
かなりの分量になるその食料を両手に持って、ホテルに向かった。
肩が外れそう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
この地下の町に来て十日が経った。
浄化石も八割がた充填できている。
「そろそろ出発してもいい感じかな」
「出発? この街を出ていくのかい?」
浄化石を見ながらの呟きを聞きとがめたラムズタードさんが目を丸くする。
「永住してくれるものとばかり思っていたのだが」
「もう少し旅をして回りたいんですよ」
魔都エデンに向かっているなんて言ったらテイテがノロワレだと感づかれるかもしれないので、ちょっと誤魔化す。
ラムズタードさんはスケッチブックに鉛筆を走らせながら、難しい顔をする。
「そうか。困ったな」
「困る事ってありますか?」
「あるさ! 君たちのおかげでマンネリもスランプも打破しつつあるんだ。君たちがいなくなってしまったらまた我々の芸術は迷走してしまう」
「迷走している自覚はあったんですね」
「いや、自覚は最近芽生えたんだよ。ハッシュリのアトリエも大分殺風景になっていただろう?」
そういえば、ハッシュリさんのアトリエは過去作品を大量に破棄してしまい、すっきりと物が少なくなっていた。
今はぜんまい仕掛けで紅茶を飲む動作をする絡繰り人形とかいうのを作っているらしい。ゴーレムとは違い魔力で動くわけではないそうだ。
「ラムズタードさんの家の中も物が減りましたよね」
「過去の恥ずかしい作品を見ていられなくてね。戒めとして地下室にまとめてあるんだ」
しょんぼりと肩を落として、ラムズタードさんは床を見る。
見る角度によって上下がさかさまになったように見える騙し絵とか一部の作品は未だに飾ってあるけれど、七割くらいの作品が撤去されている。
代わりに、僕やテイテの食事シーンやテイテとビスランがボードゲームで遊ぶ風景なんかを描いたスケッチや油絵が飾られているけれど。
ハッシュリさんが作っている紅茶を飲む絡繰り人形もモデルはテイテだっていうし。
「出発をもう少し先延ばしにしてはくれないかな?」
ラムズタードさんにお願いされて、僕は曖昧に笑い返す。
浄化石が溜まったからといっても、すぐに出発しなければいけない理由は本来なら存在しない。
ほとんどの町では食料の問題や居住地域の問題があるため放浪民の長期滞在は好まれないし、外の情報をもたらしたら用済みだとばかりに追い出されるなんてこともあるけれど、この街ではその心配がない。
けれど――気まずいのだ。
街中を歩けば僕やテイテをモデルにしたと思しき絵画や彫刻に行き当たる。暗がりに置かれた街灯が作る影は影絵のようにビスランを抱えたテイテを描くし、四六時中僕たちを観察する目に突き当たる。
気が休まるのは街の住民が立ち入る事の出来ないホテルなど。それでもここ二、三日は立ち入り禁止区域ギリギリに画架を構えて、ホテルから出る僕たちをスケッチする住民の姿もある。
だんだんこの街が僕たち色に染まっていく。怖い。
「先延ばしは無理ですね。まぁ、もしかしたら戻ってくるかもしれないので、その時は歓迎してくれるとうれしいです。それに、僕たちが去った後に別の放浪民がやってくるかもしれませんよ?」
「放浪民はなかなか来ないんだ。我々の代では君たちが初めてだったんだからね」
「入り口の門が閉まっているから引き返すのかもしれないですね。ボタンを押してくださいって書いておいたらいいと思います」
僕たちも最初は街への入り方が分からずに戸惑った。
「なるほど。対処しておこう。俺の絵で解説しておけば文字が読めなくても大丈夫だろうから」
「文字より適しているかもしれないですね。放浪民は僕みたいに口減らしで放り出される無学な人も多いですから」
まぁ、僕はそれなりに学がある方だけど。
ラムズタードさんと話をしていると、遠くで何か騒いでいる声が聞こえてきた。
最初は気に留めなかったけれど、ここを目指しているらしく喧噪が近付いてくる。
この街の住民は良くも悪くも芸術一辺倒で作業中は静かなのが特徴だから、こういった喧騒は珍しい。
「またぞろ妙な音楽ジャンルでも作ったのかもしれないわよ」
呆れた様子でビスランが言う。
不協和音で作った心掻き乱す音楽という名のただの騒音を思い出したけれど、この喧騒はもっと不揃いで不規則だ。
「見てみれば、わかる」
テイテの言う通りだと、僕は窓から身を乗り出して道を確認する。
二、三十人の団体がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。口々に何かを話し合っているが喧嘩しているわけでもなく、むしろ和やかな空気だ。
団体の中にはこの十日間で知り合った街の住民も何人か混ざっている。そうでなくても僕やテイテをモデルにしていた人達ばかりだ。
「おーい、ラムズタード、ハッシュリ、出てきてくれ!」
団体の一人が駆けてきて玄関の扉を叩く。
不思議そうな顔で立ち上がったラムズタードさんが玄関へ向かっていく。お隣のハッシュリさんのアトリエからも人が出ていく気配がした。
僕はテイテとビスランの元に戻る。
「ノロワレ関連ではないと思う」
「そう」
テイテがホッとしたように頷く。
しばらくして、ラムズタードさんが戻ってきた。
団体の空気に感染したように和やかで、何か新しい事に取り組もうとする前向きな気持ちに満ちているように見える。
「どうかしたんですか?」
「いや、ワズ君たちが旅に出てしまうのは残念だけど、我々の中には予想していた者がいるようでね」
「と、いうと?」
話を促すと、ラムズタードさんは出かける準備をしながら答えてくれる。
「そもそも、我々の芸術が先鋭化しかつマンネリ化してしまったのは芸術以外の刺激を得なかったからではないかと思うんだ。そこに、ワズ君たちという刺激がやってきた。ワズ君たちの食事風景や遊びに興じる姿は新鮮だったよ。でもね――」
ラムズタードさんは言葉を区切り、床を足先で二度踏み鳴らす。
「我々自身は食事を取っていない。睡眠を取っていない。これでは片手落ちだと指摘があったんだ。そう、我々も人間らしい生活を取り戻し、マンネリ化を打破しようという試みだ」
さっきの団体はそういう集まりか。
「でも、人間らしい生活も何も必要はないんですよね? 無理に食べたりしても体に異常が出るんじゃ……?」
「心配してくれてありがとう。まったくその通りだから、これから、街の中央にある魔力供給施設に行って稼働停止させてみようと思うんだ」
「……え?」
魔力供給施設の停止?
この街に限らず諸々の施設は魔力の供給を受けて稼働している。その大本である魔力供給施設を停止すれば、街の大部分が機能不全に陥る。
結界を含むいくつかの重要施設は直接地脈から魔力を受け取る緊急処置に切り替わると思うけど……。
「せっかく街の住民が何一つ不自由なく生きていける状態なのにあえて不便にする意味が分からないんですけど」
「いやいや、我々は不便だよ。我々は芸術こそが人生なのだから」
「は、はぁ……」
ストイックというかなんというか。
口減らしで街を追い出された身としてはちょっと複雑だけど、僕は放浪民だ。この街の決定に逆らうわけにはいかない。
「もしかして、今から魔力供給を止めに行くつもりなのかしら?」
僕に変わってビスランが質問する。常になく真剣な様子で、からかったり皮肉ったりする口調ではなかった。
「その通りだけれども、何か不都合があるのかな?」
「特に不都合はないわ。けれど、やめておいた方が無難だと思うわね」
「何故?」
「それを言わないのが優しさだと思うから、コレは何も答えられないわ」
「ふむ、外を旅する経験豊富な君たちの言葉となれば謹聴に値するのだとは思うが、我々は足踏みできない。芸術のためにね」
「……確かに止めたわよ?」
最後は脅すような口調に諦めをにじませていた。
「ラムズタードさん、中央施設の魔力供給を制御するような場所は街の基幹部分ですから、普通は許可なく立ち入ると警備ゴーレムがやってきます。無茶しないでくださいね」
「あぁ、気を付けるよ。まだ死にたくはないからね」
今から中央施設に向かうというラムズタードさんの家に居座るわけにもいかず、僕たちは外に出る。
「君たちも行くかい?」
「いえ、ホテルに戻ります。魔力供給が切れる前に部屋に置いてある荷物を回収しておかないといけないので」
「あぁ、そうだったね。早くした方がいい」
「はい。失礼します」
ラムズタードさん達に頭を下げて、僕たちは小走りにホテルへと走り出す。
街の住民の立ち入り禁止区域に入って、もう会話も聞かれないだろうとビスランに声を掛けた。
「なんでラムズタードさん達を止めたの?」
「おかしなことを聞くのね。ワズも止めた方がいいと思ったはずよ?」
「まぁ、それはそうだけど」
「ビスラン、何か、隠してる」
テイテが単刀直入に斬り込んだ。
ビスランが言葉を失ったように沈黙し、長い長いため息を吐き出す。
「まったく、素直なテイテはいろいろすっ飛ばして本題に入っちゃうわね!」
「ごめん?」
「別に怒ってないわよ」
ふてくされたような声を出したビスランが再度溜息をつく。
「じきに分かるわ。まぁ、あの様子を見るとテイテたちが街に居る間にこの騒ぎが起きてよかったとも考えられるわね」
まるで未来が見えているかのような台詞だ。
ホテルに入って客室への転移魔法を発動させる。まだ魔力供給は停止していないらしく、問題なく作動した。
「旅の荷物を優先的に持って。食料は後回し」
「後でちょろまかす気満々ね」
「仕方がないんだよ」
可能な限り持って行きたいのが本音だけどね。
「そういえば、食欲がわくようになったとしてもラムズタードさんたちは食べ物を手に入れられないんじゃないかな?」
街中で食品を売っているのはこの立ち入り禁止区画にある土産物屋と赤レンガの建物くらいだ。
ラムズタードさん達の居住区にあるお店はゴーレムが店番をしている画商などで、食料品は置かれていない。
まぁ、街の中央に子供を教育する施設があるという話だし、そこまで行けば食品の提供が受けられるのだろう。
「どうなる、かな」
テイテが心配そうに街の中央の方を見る。
魔力の供給が止まれば生活基盤を整えていたゴーレムも当然機能停止する。
ゴミの収集や処理、洗濯すらもゴーレムが行っていた様子だから、街の人たちの生活能力は著しく低い。
「衝動的に見えるけど、事前に準備はしていたんじゃないかな。洗濯の仕方とかは覚えられない事もないし」
「ねぇ、ワズ」
「なに?」
「困ってたら、助けよう」
「安請け合いは出来ないけどね。テイテも手伝ってよ?」
「うん」
荷物をまとめて転移魔法陣の上に並べ、発動する。
二度繰り返せば、食料品を含めてすべてを持ちだせた。
「今日からはロビーで寝泊まりしようか」
ロビーの隅の方に置かれている幅広のソファはベッド代わりに出来るだろう。
ひとまずはロビーの隅をこれからの寝床と決めて、荷物を並べる。
日持ちのしないお肉や魚はどうしようかと相談していると、不意にホテルの照明が明滅した。
「魔力供給を止められて地脈から直接汲み上げる形に変更されたのかな」
こういったセーフ機能もきちんと動作しているのは、街の整備が行き届いていた証拠だろう。
ロビーの大窓から見える大通りも照明が落ちている。
ロビーカウンターのゴーレムから音声が聞こえてきた。
『現在、中央からの魔力供給が途絶しました。予備魔力に切り替えました。本館の機能に影響は出ておりません。お客様は係りの者が訪問するまでお部屋でお過ごしください』
魔力を大量に消費する転移魔法陣の機能維持が難しいのか、客をロビーに少しずつ転移させるマニュアルがあるようだ。
「ちょっと空室状況を直してくるよ」
僕たちの部屋にゴーレムが向かっていくのを見て、僕はスタッフルームへ急いだ。
無駄足を踏ませてごめんね、スタッフゴーレム。
十日間お世話になった部屋の状態を空室に戻し、ロビーへと戻る。ちょうどスタッフゴーレムが転移魔法陣で戻ってくるところだった。
「ラムズタードさんたちの様子も気になるし、ちょっと見てこようか?」
「うん」
貴重品だけもって、ホテルを出る。
最低限の明かりだけがついていて、道は薄暗かった。
天井には今も蜘蛛みたいなゴーレムがいるはずだけど、見上げても暗すぎてよく分からない。
「日も傾いて来てるからちょっと暗いね」
真昼なら、地下空間の天井部に空いた大穴から日光が入ってくるからもっと明るい。
立ち入り禁止区画を出てラムズタードさんの家へ向かう。
途中、清掃用のゴーレムが動作停止して項垂れるように佇んでていた。
ラムズタードさん達の居住区も魔力の供給が停止している影響で街灯のいくつかが消えていて薄暗い。中央通りと立ち入り禁止区画への道だけは街灯が多めに点いているのが気になった。
どんな優先順位なんだろう。
「誰も見当たらないね」
居住区は沈黙に包まれていた。まるで街全体が眠ってしまったように動くものの気配が存在しない。
住民総出で中央施設に行ってしまったのだろうか。
歩き回ることしばらく、誰かの話し声が耳に入ってきた。
声の方に向かうと、ラムズタードさんたちを始めとする面々が何かをやり遂げたような溌剌とした表情で歩いてくる。
「やあ、ワズ君、テイテさん、それにビスランも。心配で見に来てくれたのかな?」
「そんなところです。皆さん、大丈夫ですか? 体調に変化とか」
「今のところは何もないね」
何もないのが残念そうに、ラムズタードさんは肩を竦める。
三々五々散っていく住民たちの集団からラムズタードさんとハッシュリさんも離れて自宅への道を歩き出す。
「空腹というのは、どれくらいの頻度で感じるものなんだい?」
「頻度って言うか、水が抜けていくみたいな感じです。徐々に強くなっていくものですよ」
「話を聞く限り、水が抜けていくのではなく水が増えていくような感じではないのかな?」
「いずれにしても楽しみよね」
うきうきとハッシュリさんがお腹を押さえる。
空腹が楽しみとは、楽しそうな人生で何よりだ。
施設からでた廃棄食品を巡っての殴り合いなんて無縁に生きてきたんだもんね。そりゃあ能天気にもなるか。
「食品の目途は付いているんですか?」
「中央施設のそばに食品を置いている店があってね。分配してもらって来たよ。これだ」
「あ、それ……」
見た事のある赤いパッケージ。あなたの日常が辛くなる、辛味本格派クリーム入りクッキーだ。
最初に食べる物がこれはちょっとかわいそう。
「あの、こっちと交換しませんか?」
僕はポーチの中からおやつ用の練り菓子を取り出す。独特の木の実の風味がする素朴な甘みのお菓子だ。
多分、こっちの方が最初に食べる食品としてはふさわしいと思う。
しかし、ラムズタードさんは僕が差し出した練り菓子をそっと押し返してきた。
「心配してくれてありがとう。ハッシュリにも言われたんだけどね。明らかに危ない色合いだ、と。でも、危ないとはいえ死ぬような物ではないし、最初の経験は何かと衝撃的な方がインスピレーションを受けやすいと思って、あえてこれを持ってきたのさ」
「悲壮な覚悟よね」
感動したようにハッシュリさんが言うけれど、大げさ過ぎる。
テイテですらどこか呆れたように目を細めた。
「睡眠というのも必要なんだったね。あ、そうか、調理の必要もあるのかな」
「それは完成品なので、そのまま食べるんですよ。まぁ、水は用意しておいた方がいいと思いますけどね」
とそこまで言ってから、ラムズタードさんの家にキッチンがなかったのを思い出す。
まぁ、街によっては調理施設で作った物を住民に配布する形もあるし、この街もいずれはそうなっていくだろう。
この街には他にも色々とノウハウがないだろうから、他の町ではどういったシステムを取っているのかを説明する。
「ふむふむ。しかしそうなると寝具とやらが大量に必要になってしまうね」
「ホテルからちょろまかして補充されるのを待つって方法があります」
ホテルの備品は街の設備と認識されているから、紛失するごとに魔力で生産されたものが届けられる。生産までに時間がかかるのが難点だ。
「ホテルは立ち入り禁止区域だから、我々では確保できないな」
代替品を探そうかと相談しているラムズタードさんとハッシュリさんを見て、テイテが僕の服を引っ張った。
「手伝う」
「分かった。――ラムズタードさん、街を出ていく前にホテルから寝具を貰ってきますよ」
「良いのかい? 助かるよ」
テイテと約束したしね。
僕としても、この街に来てから住民の皆さんにはよくしてもらっている。ちょっとしつこいくらい観察されてしまうけれど、悪意のない良い人たちだ。困っているなら協力したくもなる。
不意にハッシュリさんが足を止める。視線の先には動きを止めてたたずむ街灯整備用のゴーレムの姿があった。
「ちょっと寂しいわね」
「絵に残しておこうか」
「そうしてあげて。この日を舞台化しようと脚本を書いている者もいるそうよ」
「それは是非、観覧してみたいな。いやはや、今日は我らが街の美術史に残る一大記念日になるね」
寂しさを吹き飛ばす様に明るく笑うラムズタードさんに釣られてハッシュリさんも笑みを浮かべる。
「……いい気なものね。いえ、暢気なのかしら」
ビスランがぼそりと呟いた。
ラムズタードさんたちには聞こえなかったらしく、二人は笑い合っている。
僕とテイテが視線で咎めると、ビスランは沈黙した。
ラムズタードさんの家に到着して、他の町の制度上のあれこれを紙にまとめておく。
「中央施設の魔力供給を止めたって話ですけど、再稼働は出来るんですか?」
「出来るはずだよ。壊したわけではないからね」
「そうですか。このことを教育施設に居る子供たちは知っているんですか?」
「そこなんだ」
途端に難しい顔をしたラムズタードさんいわく、中央施設の見取り図の中に立ち入り禁止区域がいくつかあり、おそらくはその中の一つに教育施設があるはずだという。
「はずってことは、子供たちはこのことを知らないんですか?」
突然周囲の魔力供給がストップしたら、子供達だけでは生きていけないはずだ。そもそも、何が起きたのかもわからないなら右往左往するだけだろう。
「中央施設の館内放送で事のあらましは説明した。今も何人かが残って放送を続けている。聞こえていれば子供達も中央施設から出て来てくれるはずだ。ただ、放置するわけにもいかない」
館内放送があればすぐに問題が起きることもないだろうけど、やはり心配だ。
「ラムズタードさんたちは中央施設の出身なんですよね? どこにあったか覚えてないんですか?」
「それが、一切記憶がない。ハッシュリもそうだし、他の者もそうだった。場所はもちろん、どうやって学んでいたのか、過ごしていたのかすら覚えていないんだ。芸術を学んでいた事だけは確かなんだが」
不可解そうに眉を寄せて、ラムズタードさんは新しい紙に中央施設の見取り図を描く。流石は画家だ。定規もコンパスもないのに直線も曲線も自由自在。
そうして出来上がった見取り図はしかし、かなりの部分が空白になっていた。この空白部分が立ち入り禁止区域なのだろう。
街の重要施設だけあってよこしまな考えの持ち主が入ると取り返しのつかない事になるから、当然の処置かも知れない。子供たちに関しても同様だ。
本来、子供たちは守られるべき宝なのだから。
まぁ、僕みたいに放り出される宝もあるんだけどさ。
「この見取り図を描くって事はつまり、僕たちに子供達を探してきてほしい、と?」
「無理にとは言わない。お願いする立場だからね」
「町の重要施設ですよ? 僕たちみたいな余所者は本来入れちゃいけない場所なんですけど」
「外から来た人であっても悪人とは限らない。まして、ワズ君たちが悪人だなどと誰も思わない」
「言われてるわよ、ワズ」
「ははは」
立ち入り禁止区域で商品を無料で購入したりしてました。
隣に座るテイテが僕の手を握ってくる。
けれど、今回はちょっと安請け合い出来ない。
「テイテ、もしかすると街の警備ゴーレムと戦闘になる可能性もあるんだよ?」
中央施設は街の基幹部分。旧文明時代ですら最重要視される施設なのだ。
その立ち入り禁止区域となれば、警備ゴーレムが配置されている可能性は高い。下手をすると対ノロワレ用の戦闘特化ゴーレムに出くわす可能性すらある。
「行ってみる、だけでも」
「……分かった。危ないようなら引き返すからね」
「うん」
脅かすようなことを言ったけれど、対ノロワレ用の戦闘特化ゴーレムはまず配置されてない。街の入り口にすら置かれていなかったくらいなのだから。
「それじゃあ、ちょっと行ってきます」
「ありがとう。頼んだよ」
ラムズタードさんに見送られて、僕たちは街の中央施設へと向かった。
街のあちこちで稼働停止したゴーレムをスケッチする人や今日を題材にした劇を早くも練習している人たちが見受けられる。
新生活の幕開け、なんてタイトルを早くも作品に付けている人もいた。
今日からの生活、空腹や眠気といった未知の体験を楽しみにしている人たちばかりで、消えた街灯の影響で薄暗いのに明るい空気だ。人々も幸福そうで、何も問題なんてないように見える。
「……ここ?」
テイテが高い壁を見上げて首を傾げる。
街の中央施設は僕の背丈の優に三倍はありそうな高い塀で囲われていた。塀の外から中をうかがい知ることはできないけれど、ラムズタードさんたちが入った名残で通用門が開いていた。
やすやす中へと入れてしまうのはそれはそれで問題だと思うけど、今はありがたい。
塀の中には巨大な建物があった。三階建てだろうか。出入口がいくつもあるから、用途ごとに分かれた何棟かの建物を繋ぎ合わせているらしい。
建物の屋根のさらに上を見上げれば、夕方の赤い空が見えた。
街に入る際の長い階段から見た景色を思い出す。地下空間の天井の中央にぽっかりと空いた採光用の大穴はやはり、この中央施設の真上にあるようだ。
「ゴーレムの姿はないね」
これほど巨大な設備だからゴーレムが整備したりしているはずだ。外にいないのは偶然だろう。
「ビスラン、何か、分かる?」
「ごめんなさいね、テイテ。何もわからないわ」
「案内板とかあればいいんだけど、普通は関係者しか入らない場所だから多分設置されてないよね」
ラムズタードさんからもらった見取り図だけが頼りか。
ひとまず、ラムズタードさんたちが通った道をなぞってみようと、正面の建物に入る。
「うわぁ、これはすごい」
旧文明時代の後期くらいだと思うけど、ここまで綺麗に設備が残っているなんて珍しい。
思わず壁の材質を確かめてしまう。浄化石を砕いて混ぜ込んであるのかな。廊下の照明を反射してきらきら光って――ん?
「照明が生きてる?」
中央施設の魔力供給を停止したって話だったけど、施設の魔力供給はそのままなのかな。
もしもそうなら、中央施設で芸術の勉強している子供達には何も影響が出てないかもしれない。
いや、館内放送を使って子どもたちに呼びかけているくらいだから最低限の魔力供給は残してあるのか。
「館内放送が聞こえないわね?」
「時間を置きつつ断続的に流してるんじゃないかな?」
とりあえずは放送室に行って事情を説明しておこう。
見取り図を確認して奥へ向かう。
長い廊下の左右にいくつかの扉がある。ほとんどは開け放たれていた。ラムズタードさんたちが魔力供給の管理を行う部屋を探したからだろう。
部屋の中を覗き込むと、給湯室のような部屋や長机と椅子が置かれているだけの殺風景な部屋、転移魔法陣が置かれた移動用の部屋など様々だった。
「転移魔法陣まで用意されているとなると、この施設はかなり広いね」
職員の移動用か、警備ゴーレムの導線の簡略化か。どちらであってもかなりの広さになるはずだ。
地下階がある可能性も再検討した方がいいかも。
『当施設は魔力供給を一時中断しました。施設内の人間は速やかに施設の外へと移動してください』
落ち着いた女性の声がどこからともなく聞こえてくる。
子供達への呼びかけだろうか。ちょっと事務的すぎる。
「出入口への誘導もないんじゃ子供たちが自力で出るのは難しいかもね」
「どこにいるのか、しらない、から」
テイテがアナウンサーを擁護する。
見取り図のおかげで放送室へは迷うことなく辿り着けた。女性が二人、放送室でくつろいでいる。
「あら、外から来た人たち。子供達を迎えに行ってくれるのかしら?」
「そのつもりです。子供たちの方から何か言ってきてたりしませんか?」
こういった施設には内部で連絡を取るための魔道具が設置されていたりする。もしも子供たちがその魔道具に気付けば接触して来るかもしれない。
「いえ、何も」
「そうですか。魔道具の使い方は分かりますよね?」
「ここに使い方が書いてあったからね」
そう言って女性が分厚い本を掲げる。おそらくはこの放送室の備品に関する説明書だろう。古びた様子はないから、ゴーレムが定期的に新しい物と交換しているのかもしれない。
「こんなに分厚い本、もう読んだんですか?」
「必要な部分だけね。これくらい、分厚い台本読むのと変わらないし、速読は得意なのよ」
ねぇ、と女性二人が声を合わせる。
一生を芸術に振り切る街の人だけあって、変な特技があるなぁ。
「そうですか。それじゃあ、僕たちは子供たちを探してきます」
「えぇ、何か分かったら連絡をくださいね。私たちはここに居るので」
「はい、よろしくお願いします」
女性二人を放送室に残して、僕たちはいよいよ見取り図の空白地帯への潜入を試みることにした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
立ち入り禁止区域は赤と青のタイルで横線が引かれていた。ホテルなどがある一画と同様の目印だ。
少しホッとする。ホテルのあった一画でも僕やテイテは排除条件に抵触せず警備ゴーレムは無視を決め込んでいた。この施設でも同様とみていいだろう。
もちろん、警戒を怠るつもりもない。
タイルを越えて足を踏み入れる。
浄化石を混ぜ込んだ壁はここでも健在で、壁面がキラキラと光っている。他とは違って含有量が多いのか、反射が他よりも強く、その分照明はやや弱く設定されているようだった。
「ワズ、待って」
「何かあったの?」
テイテに腕を取られて足を止める。
「上」
「上? あぁ、監視用の魔道具だね」
天井付近に通路を見渡せるように風景を別の場所へ送信する魔道具が取り付けられている。ご丁寧に小規模な物理結界が張られているらしく、魔道具の横には九角形の特徴的な魔法陣が描かれていた。
この先に何か重要な物があるのは間違いなさそうだ。
「認証番号を打ち込んだりするタイプの魔道具錠があると面倒だな」
魔力波長を読み取るタイプも厄介だけど。
通路は一直線に伸びていて、突き当たりまで部屋が一つもなかった。突き当たりは左右に通路が伸びている。
右側は施設の奥へと通じていて、左側は別棟に繋がる渡り廊下のようだ。
まずは外周部から埋めて回る事にして、左へ曲がる。
地下空間にもかかわらず天井に穴があけられているのはおそらく野菜を育てるための光を確保する目的があるからで、太陽の角度を考慮すれば穴の中心の真下に配置した方が光をより長く取り込める。
つまりは、施設の奥には食品生産に関連する施設があると見ていい。
渡り廊下を歩いて別棟に移動する。どうやら二階建てのようだ。
「ここはゴーレムが動いてるんだね」
巡回中の清掃ゴーレムとすれ違う。
適当な部屋に入ってみる。
「……食品加工施設だね」
部屋の奥の壁が透明な材質で作られている。その透明な壁の向こうで作業用のゴーレムがせっせと働いていた。
転移魔法陣の上に現れた大量の食材を仕分けし、各所に運び込んで専用の魔道具で加工しているらしい。
ゴーレムは街中で見かけたロックゴーレムではなく金属製のメタルゴーレムで全体的に丸みを帯びている。
ゴーレムの構成部品が誤って食品に混入するのを防ぐためにこの手の生産施設のゴーレムは耐久性のある金属で作られているのだと、昔聞いたことがあった。丸みを帯びたデザインも欠けるなどした際に一目で判別できるからだとか。
僕たちがいる一階よりも下に作られている加工施設は丸々三階分をぶち抜いているせいで天井が高い。
壁で仕切られているから感じ取れないけれど、衛生状態を保つため加工施設の中は室温が一定に保たれているはずだ。中に入れば肌寒いくらいの加工施設で健気に働くゴーレムたちを見下ろしつつ、僕はテイテに声を掛けた。
「ここに子供たちはいないみたいだ。別棟に向かおう」
「うん」
見取り図に食品加工施設について書きこむ。
立ち入り禁止区域にこの施設があるのは街の住民にとって手痛い誤算だと思う。何か問題が起きても自分たちで修理しに行くのが難しい。
渡り廊下を通って隣の棟に向かう。
どうやら、この中央施設は六角形の各辺がそれぞれの役割を持つ棟で構成され、その中央に野菜の生産を行う施設や地脈から魔力を組み上げる施設があるらしい。
この配置なら子供達は六角形のどれかの棟に居ると考えられるのでぐるりと見て回ればいずれ見つかるだろう。
「警備ゴーレム、いない、ね」
警戒しつつもテイテが言う。
中央施設に入ってから警備ゴーレムを見ていない。
「魔力供給がカットされたから、配置が中心の重点警備に自動変更されたのかもね」
「戦わずに済むならそれでいいじゃないの」
ずっと黙っていたビスランが会話に入ってくる。
「それよりも二人とも、驚かないでね?」
「何の話?」
渡り廊下の突き当たりの扉に鍵がかかっていないのを確認してドアノブに手を掛ける。
「――ここが街でも何でもないって事実の話よ」
ビスランの言葉に疑念を抱いた直後、この棟が何の目的で建てられた施設なのかを把握して、僕は頭上を見上げた。
「……館内放送が聞こえなくなってる」
言葉を失っているテイテの腕を取って、僕は放送室のある棟へと引き返す。
肩越しにちらりと見た開け放しの扉の向こうにあるのは生産施設だった。
――ラムズタードさんたちを生産する、施設だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
放送室では女性が二人、椅子に座ったまま死んだように目を閉じていた。
「死んだようにという比喩がここまで的確なのは皮肉よね」
ビスランが軽口を叩く。
「最初から知ってんだよね? 言ってくれてもよかったのに」
「街の方はどうなっているのかしらね。大混乱に陥っていてもおかしくはないわよ?」
「……テイテ、見に行くよ」
「うん……」
口論は無意味だ。それよりもラムズタードさん達が心配で、僕たちは駆け足で中央施設を後にする。
「死ぬわけでもないのに慌て過ぎだと思うわ」
自嘲するようなビスランの言葉を無視して走る。
背の高い塀を潜り抜けて街を見る。騒ぎが起きている様子もなく、静かなものだった。
糸が切れた様に動かなっている住民の姿がそこかしこにある。
楽器を構えた形で硬直している楽団。舞台稽古の途中で動きを止めた劇団。彫刻に一刀を入れたままの姿でこゆるぎもしない彫刻家。
静寂に支配された街を駆け抜ける。
辿り着いたラムズタードさんの家では、動かなくなったハッシュリさんの似顔絵を残すラムズタードさんの姿があった。
「……やぁ、ワズ君、テイテさん」
「ラムズタードさんはまだ動けるんですね」
「かろうじてね」
スケッチにペンを走らせ続けながら、ラムズタードさんは困ったように笑う。
「まさか、我々もゴーレムだったとは。道理で空腹も眠気も覚えないはずだ」
悲しむ様子もなく、ラムズタードさんは笑う。
「街のみんなが続々と機能停止してね。新生活の幕開けと浮かれていた今日こそが終焉の日とは、皆衝撃を受けていたよ。けれど、気付いてしまえば行動は早かった。残された時間を有意義に使おうと、今までの最高傑作を眺めたり、仲間と最後の演奏をしてみたり、停止する直前まで作品を作り続けたり、愛する人――いや、人ではなかったね。愛するゴーレムを作品に残したりしている」
スケッチを終えたのか、ラムズタードさんはペンを下ろす。
「これが最後の作品なら、悪くない。もっと描きたい気もするが……」
満足そうな顔をして、ラムズタードさんは動かなくなった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「あれらはとても勤勉なゴーレムだったわね」
淡々と事実を告げるようにビスランが言う。
「ビスラン、この街、なに?」
テイテが訊ねる。
住民に人がいない。ゴーレムだけの街。清掃などを行う作業用のゴーレムと、知能や感情を持っているとしか思えないラムズタードさん達のような高機能のゴーレムが同居する街。
旧文明はどんな目的でこの街を作ったのかさっぱりわからない。
「テーマパークよ」
「テーマ?」
「大規模な遊び場。ようは旧文明人の玩具箱ね」
「玩具箱って、この地下、すべて?」
「そう」
僕は頭上の地下天井を見上げる。
この広大な地下空間がすべて玩具箱。街ですらないのか。
でも、頷けることもある。
食事も睡眠も必要がないラムズタードさんたち。彼らの住居は最初からキッチンや寝室がなかった。
にもかかわらず、ホテルが存在し、食事が用意されていた。ラムズタードさんたちは立ち入ることができないのも、彼らに自身がゴーレムだと気付かせないようにするためか。
今日のような終焉を招かないようにする処置だったのか。
「人間のように学習し、人間のように思考し、けれどゴーレムだから不眠不休で芸術を独自発展させる玩具の箱庭。そうして作り出された芸術を楽しむための空間がここよ」
「もしかして、ここの看板を見た時からビスランは知ってたのか?」
「えぇ、知っていたわ」
「教えてくれてもよかったじゃないか」
「ゴーレムを見世物にする悪趣味な玩具箱ですって言えば満足だったのかしら? コレにも見世物にされた同朋を憐れむ権利くらいはあるわ。教えたくないに決まっているでしょう。テイテとワズはもちろん、見世物のあれらにもね」
もっとも、とビスランはため息交じりに続ける。
「当のあれらは自身の境遇を知ってなお、勤勉なゴーレムであり続けたようだけど」
街のあちこちにいる機能停止した住人達。それぞれが最後の時間を芸術活動に費やしていた。
人間らしい生活を取り戻そうとした勤勉なゴーレムたち。
「……それで、テイテ、ワズ、中央に向かっているのはどうしてかしら?」
「魔力供給を再稼働させて、ラムズタードさんたちを起こすんだよ」
「あれらがゴーレムだとしても?」
「人間的かどうかなんて実に曖昧な認識の上に成り立ってるって、この街を見ればわかるよ」
「そうね。人間らしい生活を取り戻そうなんて、砂上の楼閣よね」
「なんで一々皮肉にするかなぁ」
中央施設に到着し、門を潜って正面の建物に入る。
見取り図によればこの奥に管制室があり、魔力供給を管理している。
「問題があるとすれば警備用ゴーレムかな」
「いる、の?」
テイテが不思議そうな顔をする。
ラムズタードさん達が無事に戻って来たから警備用ゴーレムが配置されていないと判断していたのだろう。
だが、この街にとってラムズタードさんたちは備品扱いだ。警備用ゴーレムが反応しない可能性が高い。
しかし、僕たちは外部の人間だから排除条件に抵触する可能性が十分にあった。
覚悟を決めて、施設内へと入る。
廊下を進んで放送室を素通りしさらに奥へと進む。
「渡り廊下か」
「この先は正真正銘、中央の施設ね」
「廊下の色もあからさまに違うし、多分、部外者は進入禁止だね」
色だけでなく、素材も違うようだ。上から塗料を塗っただけならこんな硬さにはならないだろう。
侵入者を手荒に排除する舞台としては、これくらいの頑丈さが求められるってところかな。
ポーチから魔力計測機を取り出して床や壁面から発せられている魔力量を調べる。
「この量なら、戦闘用のゴーレムは配置されてないね。玩具箱って言うくらいだから当然かもしれないけど」
意を決して中央施設に入る。
「それにしても、何で床がこんな目に痛いピンク色なんだろ」
「さぁ?」
見取り図によると魔力管制室はこの廊下を右に曲がってさらに左へ曲がった奥の突き当たりにあるらしい。
ラムズタードさんたちもこの廊下を通ったはずだけど、今までとは違い廊下に面する部屋の扉が閉じられているのが気になった。
「テイテ、ちょっと待って」
「うん」
部屋の扉が閉じられているのなら、警備ゴーレムが待機している可能性がある。後々で挟み撃ちにされても嫌だから、部屋の中を確認しておこう。
そんなわけで扉をそっと押し開ける。
「あ……」
駄目な奴だ、これ!
「ワズ、どうした、の?」
「え!? あ、いや、なんでも!」
見ちゃ駄目!
テイテが中を覗けないように慌てて立ち位置をずらしたものの、身体能力はノロワレのテイテの方が高い。あっさりと脇をすり抜けられた。
「……えっち」
「違う。これは僕のせいじゃないよ!」
部屋の中にはちょっと子供の教育によろしくない絵や彫刻が大量に飾られていた。
もう、なんでこんな大広間を用意しちゃったのかってくらい所狭しと置かれている。ビスランが玩具箱なんて言うから油断していたけど、芸術品を眺める場所なんだからこういう展示部屋があるのは予想しておくべきだった。
「あらあら、これを見せようとしなかったのはやましい所があったからじゃないかしら? テイテ、きっとワズは後でここから気に入った物を見繕って持って行くつもりだったのよ。やらしいわねぇ」
「ビスラン! 絶対にここがそういう区画だって分かってたでしょ!?」
「なんのことかしら? 仮に知っていたとしてもワズが隠そうとしたのは事実よねぇ?」
「あぁ、もう! とにかくここから出るよ!」
まったく、とんでもない悪ふざけだ。
「ワズ、気付いていると思うけど、ここは立ち入り禁止区域ではないわ。あくまでもその手前よ。床の色合いに注意なさい」
「……分かった」
いきなり真面目に注意してくるビスランに言いたいことはあるけれど、今は魔力供給施設を目指すのが先だ。
……後で覚えてろよ。
問題の部屋から出てピンク色の廊下を進む。
右への曲がり角から先を窺って見ると、警備用のゴーレムが二体、廊下の左右に鎮座していた。
床の色は灰白色。おそらくはここから先が本当の関係者以外立ち入り禁止の区画だ。
警備用ゴーレムが動き出し、廊下を塞ぐ。
『関係者以外立ち入り禁止です』
うん知ってる。
ラムズタードさんたちには反応しなかったけど僕たちにはきっちり反応するんだね。
「テイテ、向かって左側を押さえて。僕は右の方に細工するから」
「わかった」
テイテが一歩、灰白色の床に踏み出す。
警備用ゴーレムが反応し、テイテを取り押さえるために片手を伸ばした。
途端に身をかがませたテイテは警備用ゴーレムの腕を潜り抜けて、滑るように移動し、警備用ゴーレムの背後に回り込む。
警備用ゴーレムの肩関節を手で押さえこんで振り返れないようにした後、ゴーレムの足を背後から蹴り飛ばして転倒させる。
瞬く間に警備用ゴーレム一体を無力化するテイテを横目に見つつ、僕はポーチから魔法陣を刻印した糸付きフックを取り出す。
無力化された仲間を助けようとする警備ゴーレムの頭部にフックを引っかけて、糸に魔力を流し込み、フックに刻んだ魔法陣を発動する。
フックの周囲に魔力で造り出した疑似金属が形成され、一気に重量が増していく。
人型を模したゴーレムはバランスが悪く、上半身、特に頭部の重量が増すと容易に転倒して起き上がれない。
警備ゴーレムは突然増えた頭部の重量に姿勢制御が追いつかずにうつぶせに倒れ伏した。
しかし、警備ゴーレムはすぐに両腕を床に突っ張って起き上がろうとする。
「はい、大人しくしててね」
ポーチから布を取り出す。
ハンカチサイズのこの布は魔力を通さないよう魔法陣を刺繍してある。ハンカチに触れた魔力が魔法陣を介して無駄使いされるという単純な仕組みだ。本来は故障した魔道具に溜まっている余分な魔力を輩出させるのに使用する。
この布を警備ゴーレムの魔力受容体に押し付ければ稼働しなくなる。
背面装甲を手早く開いて魔力受容体に布を押し付ける。刺繍の魔法陣が作動して周囲の温度を一定範囲内で上げたり下げたり、魔力を浪費し始める。
警備ゴーレムが動かなくなったのを確認して受容体を取り外し、テイテが押さえている警備ゴーレムにも同様の処置を施した。
「これで終わりっと」
フックを回収すると魔力で形成していた疑似金属が霧散する。鉱石から精製したわけでも錬金術で変換したわけでもない疑似物質だから後処理が簡単で良い。
「相変わらず手馴れているわね」
「まぁね。警備用ゴーレムならこんなものだよ」
戦闘用ゴーレム相手だともっとひどい事になるけどさ。
魔力受容体は後で嵌め直すので布に包んで廊下の隅に安置する。
「テイテ、廊下の奥から物音は聞こえる?」
「聞こえる。五体、くらい」
「やっぱり異常を検知したら転移魔法陣で送り込む形かな。五体はこの廊下の幅を考えるとバリケードを作るためだと思うし、そうなると後ろからも来るね」
転移魔法陣は別棟にあるから、ここまで到着するのに時間はかかる。五体でバリケードを作るのも時間稼ぎだ。
「先を急ぐよ。警備用ゴーレムの型番も分かったし、次はもっと早く終わる」
廊下の奥へと走り、左へ曲がる。この突き当たりが管制室のはずだ。
案の定、五体の警備用ゴーレムがバリケードを作っていた。三体が横並びになって透明な材質の盾を構え廊下を完全に埋めており、その後ろに二体が警棒を構えて待ち構えている。
ポーチからフックをもう一つ取り出して、糸を結び合わせる。
「よっと」
フックを投げつけ、魔力を流し込む。疑似金属が形成されて重量が増したフックがバリケードを越えて後方の警備ゴーレムに向かう。
まぁ、当然避けるよね。
魔法陣を刺繍した布を糸に触れさせれば瞬く間に疑似金属が消え去り、フックだけになる。それを思い切り引っ張れば狙い通りバリケードを構えるゴーレムの足に引っかかった。
「このタイプは足関節が露出してるんだよね」
その露出している関節にフックを引っ掻けて疑似金属を形成させてしまえば、足関節に完全に固定できる。
繋いだ糸の先にあるもう片方のフックをクルクルと回して遠心力で加速を付けてから、魔力を流し込みつつゴーレムとは逆方向へ投げつける。フックは空を裂きながら形成された疑似金属を纏い重量を増していく。
糸がピンと張った時、ゴーレムが重量負けして足を取られ、後ろ向きに転んだ。
「テイテ!」
僕が合図するより早くテイテがゴーレムの群れへと駆け込み、崩れたバリケードの隙間に体をすべり込ませて後方の二体のゴーレムの後ろを取り、全体重を乗せたタックルを見舞う。
後ろから突き飛ばされたゴーレムがバリケードを形成するゴーレムに倒れ込んで封鎖は完全に崩れた。
その頃には僕もすでに走りだし、倒れたゴーレムを馬跳びの要領で跳び越える。
「奥へ走って」
もう管制室の扉は目と鼻の先。警備ゴーレムを無力化する必要もない。
先行したテイテが管制室の扉を開き、僕は管制室へと滑り込む。
体を起こした警備ゴーレムたちが追い縋ってくるけれど、テイテが僕に続いて管制室に入って扉を閉める方が早かった。
「しっかり施錠」
カチャリと、鍵を閉めてしまえば、ゴーレムは扉を壊してまで入ってこようとはしない。警備用ゴーレムが施設を壊してしまっては本末転倒だから、施設の破壊は禁止項目に入っているのだ。
本来なら権限を持つ人間に連絡が入って戦闘用のゴーレムが派遣されるか警備用ゴーレムの禁止項目が限定解除されるけれど、この街では心配がない。
良くも悪くも、旧文明の価値観で人間として定義されるのは僕だけなんだから。
「……予想はしていたけど、凄くごちゃごちゃしてるなぁ」
管制室はかなり広い空間だった。右側は中央施設の各棟の状況がモニタリングされている。左側はラムズタードさん達が暮らす居住区の様子が映し出されていた。
「ワズ、良かったじゃない。ホテルにあった物とは違うけれど、映像機よ」
「うーん」
「複雑そうな顔しないでくれるかしら? 皮肉よ、皮肉」
動いている映像機を見られたのはちょっと感動ではあるんだけど、目の前にあるのはホテルにあった映像機とはちょっと用途が違うんだよね。
と、趣味に走ってる場合じゃない。
「ここにもマニュアルくらいあるはずだけど」
ぐるりと見回してもそれらしいものが見つからない。ラムズタードさん達が持ち去ったとは考えにくいし、どこかに落ちているんだろうか。
「モニターに直接出てくるわ。機密性の高い施設ではないもの」
「そんな馬鹿な」
ビスランに言われた通りモニターを操作すると、本当にマニュアルが表示された。
「……旧文明人って妙なところで適当だね」
これは肝心のモニターが壊れたらマニュアル見れないよね。
マニュアルを読む限り、魔力供給を再開するには中央モニターを操作する必要があるようだった。
席を移動して中央モニターを操作する。
古代文字をビスランに読んでもらいつつ、機能の把握に努めていると気になる物を見つけた。
「記憶の部分消去?」
モニターに表示されているのはラムズタードさんを始めとする街の芸術家ゴーレムの名簿と、日付らしき文字群だった。
「特定の日の記憶を消去する機能ね。遠隔で可能とは思えないから、作業用ゴーレムを派遣して対象を拘束、この中央施設に連行して処置すると思うわ」
「なんでこんな機能があるんだろう?」
「記憶容量は限られているもの。こういう装置が必要になるのよ。表向きは、ね」
含みを持たせているけれど、児童用知育人形であるビスランの記憶容量も限られているんじゃないだろうか。
あとどれくらい持つんだろう。
「この機能の実際の目的はあれらの志す芸術が先鋭化しすぎた時の初期化や、今日のような日が起きた場合に備えているのだと思うわ。反乱の鎮圧とゴーレムの再利用って線もあるわね」
「今は必要ない機能って事かな。僕たちだって思い出を忘れたりするけど、外から弄られないといけないのって不便に思えるね」
「あら、忘れる記憶を選べないワズたちをコレも不便に思うわ」
価値観の相違なのかな。こればっかりは永遠に平行線かも知れない。
「ラムズタードさん達の記憶だけど、僕たちに会ってからの事は消した方がいいのかな?」
「過ちの記憶は必要でしょう。それが恐怖を伴うとしても」
終焉の日を彼らはどんな気持ちで過ごしたのか。
少なくとも僕から見るラムズタードさんたちは最後の最後まで芸術に全身全霊を傾けていたように思う。それが終わりに対しての恐怖を伴っているのかまでは分からないけど。
「満足そう、だった」
テイテが言う通り、ラムズタードさん達は満足そうに止まっていた。
だから、記憶はきっとそのままでいい。
「それじゃあ、魔力の供給を再開しようか。えっと、順番に解放していくみたいだね」
魔力の流れが街全体にいきわたるように順番に流していかないといけないようだ。
マニュアルの手順に従って魔力を街全体にいきわたらせていく。
ちらちらと居住区の様子を別モニターで確認していると、最初に作業用のゴーレムたちが動き出し、街灯に光が灯り始めた。
息を吹き返す様に街に光が戻っていく。動きが表れる。
流す魔力量を規定値まで増やしていくと、ラムズタードさんたちが動き始めた。
「……成功だね」
モニターから見る限り、ラムズタードさん達に異常はないようだ。
……さっそく絵を描き始める程度には。
「なんだか締まらないなぁ」
別に英雄になろうとしたわけでもないし、みんなで集まって僕たちを迎え入れてほしいとか思ってはないけどさ。
なんかもっとこう、戸惑いがあってもいいと思うんだ。
なんですぐスケッチを始めちゃうかなぁ。
「新生活の幕開けで終焉の日で再生の日かしら。一周回ったわね」
「よかった」
テイテだけは純粋に喜んでいるようだ。
魔力供給を自動制御にしてから、僕は立ち上がる。
「一件落着と言いたいところだけど、最後に一つ問題があるんだ」
「あら、何かしら? あのピンク色の区画から何を持ちだすかという相談に乗る気はないわよ?」
「ワズ、えっち」
「違うよ」
なんでそんな話になるんだよ。
僕は管制室の扉を指差す。
「僕たちは未だに侵入者で、警備ゴーレムたちにとっては速やかにつまみ出すべき対象であることに変わりなく、未だにあの扉の向こうで手ぐすね引いて待っているって問題だよ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
僕たちは警備用ゴーレムたちに担がれて連行されていた。
「何も素直に捕まらなくてもよかったじゃない」
「しょうがないだろ。扉を開けた先に十体も控えてたんだから。一々相手にしてられないよ」
揃って押し込められた部屋の中を見回す。
玩具が転がっていて、隅の方に映像機があり、見た事ない魔道具が接続されている。
「あらら、迷子だと思われてるわね」
「えぇ……」
手荒に扱われなかったのは悪戯で迷い込んだ子供だと警備用ゴーレムに判断されたからなのか。
「内線を使ってお迎えを待てば解放されるはずよ」
「お迎えって」
「いるじゃない。放送室に」
「あぁ、なるほど」
部屋の入り口近くにある内線を操作し、放送室に繋ぐ。
「あの、動けますか?」
『はい。動けます。ありがとうございます』
答えた女性の声は落ち着いていた。
臨死体験にも等しい動作停止後だというのに、凄い精神力だ。
「迷子だと思われて連行されてしまっていて」
『えぇ、こちらでもモニターで確認しました。それで、その、マニュアルによるとですね』
ちょっと歯切れ悪く、どことなく楽しんでいそうな声で女性が続ける。
『街全体に迷子を知らせる放送をしないといけないようなんです』
「……どうしても、ですか?」
『はい、どうしても、です』
なんてこった。
「……お願いします」
『分かりました。では――』
直後に、街全体にアナウンスされる迷子案内。
『お客様に迷子のお知らせをいたします。十五歳くらいの男の子ワズ君、十五歳くらいの女の子テイテちゃんが中央施設、迷子案内所にてお待ちです。心当たりのある方は――』
最後の最後まで締まらないなぁ……。
ちなみに、迎えに来てくれたのはラムズタードさんとハッシュリさんだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「テイテ、ビスラン、そろそろ出発するよ」
中央施設で魔力供給を再開させたあの日から二日、浄化石の充填を終えた僕たちは出発を決めた。
あの日についてラムズタードさん達は各々の芸術で表現している。
本当にへこたれない人たちだ。
食事も睡眠も必要がない自分たちがどういった存在なのかは僕から伝えてある。
彼らは自分たちが生まれた理由を知るとどこか納得した様子だった。
ホテルを出て居住区へ向かう。
道端に飾られているのはあの日を表現した絵だったり、彫刻だったりした。
「彼らの常識や価値観はともかく、同じ事件に遭遇した事で何が描かれているのかは分かるようになったね」
「常識も価値観もそうやって擦りあわせるモノよ」
ビスランは今日この街を出ると知って清々した気分らしい。まぁ、皮肉屋な彼女の言う事だから、どこまで本音か知れたものではないけど。
一方、テイテは少し名残惜しそうに道端に飾られている絵を眺めるために歩調を緩めたり、足を止めたりしていた。
「テイテ、あからさまな時間稼ぎをしていないで、言いたいことを言いなさい」
「うっ……」
ビスランに指摘されて、テイテは困ったように視線をさまよわせた。
ノロワレのテイテにとって、この街は比較的居心地がいい。何しろ、僕以外に人間がいないし、ゴーレムであるラムズタードさん達ももしかしたらテイテを受け入れてくれるかもしれない。
その代わり、一生モデル生活する事になりそうだけど。
テイテはしばらく彫刻を眺めた後、僕を追い抜いて歩き始めた。
「いいの?」
「魔都に、行きたい」
「まぁ、この街で受け入れられたとしても外からやってきた別の放浪民に受け入れられるとは思えないものね」
ビスランの言う通り、この街に住むのなら外との接触は可能な限り断たなくてはいけない。
この街には食料品があり、呪いを遠ざける結界が完備されている。いまどき希少な人間の生存圏だ。放浪民がこの街を知れば放っておくとは思えないし、続々と入植者がやってくるだろう。
そうなればきっと、ノロワレのテイテの居場所はない。
「もしも魔都がなかったら戻ってくればいいよ。その時はここを魔都にする勢いでノロワレとか僕みたいな仲間を引き連れてさ」
「うん」
ちょっと物騒な未来予想を語りつつ、僕たちはラムズタードさんの家も素通りして街の門へ到着した。
僕たちを見送りに来た住民を代表してラムズタードさんとハッシュリさんが前に出てくる。
「気が変わったりはしてないかな?」
「してないですね。また来たいとは思ってます」
「それはテーマパークの住民として喜ぶべきなんだろうけれども、やはり寂しくなるな」
ラムズタードさんは頬を掻きながら照れくさそうに笑う。
どうにか僕たちの滞在期間を引き延ばそうと考えているらしいラムズタードさんを呆れたように見て、ハッシュリさんが背中を叩く。
「ラムズタード、ちゃんと渡さないとダメでしょ」
「分かってるさ」
せかされたラムズタードさんはコホン、とわざとらしい咳払いをしてから、その手に持っていた一枚の小さな絵を差し出してきた。
木製の額縁に入れられた小さな絵だ。僕とビスランを抱えたテイテがラムズタードさんの家を背景に描かれている。後ろの方にはラムズタードさんとハッシュリさんがそれぞれの作業に没頭する姿もあった。
「最後にして最初の日をプレゼントしてくれてありがとう。生まれ変わった気分だ。きっとマンネリなんて打破できる。この街を代表してお礼にこれを贈りたい」
「ありがとうございます」
照れくさい。
テイテと一緒に手を伸ばして、二人で受け取る。
「題名は?」
「裏に書いてある」
裏を見てみると、芸術的な三人、と書いてあった。
「良ければまた、この街に来てほしい。我々はいつでも、いつまでも君たちをモデルとして歓迎しよう」
「名誉な事、なんですかね?」
ちょっと戸惑うけれど、マンネリ化を嫌って街の機能を停止させて臨死体験してしまうぶっとんだ方たちからいつまでもモデルに臨むと言われるのは怖いけど嬉しい。
「はい、また来ます」
約束して、僕たちは街を出た。
閉じられていく街の門。その横にある中へ来訪を告げる魔道具のさらに横の壁には使い方を説明する絵と共に文章が添えてあった。
『我々は自覚なき嘘つきの人間であるがゆえに芸術家である』
芸術家の街 氷純 @hisumi
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