閑話休題  侍女と臣下の密談


―『歿廷』という男に襲われた。

夏要は、王女の侍女から襲来者の名を聞くと首を傾げた。

青の国の侍女が、王子の天幕にやってきて夏要を呼び出し、会ってみればおかしなことを言ってくる。

忠義以上の精神で王子に仕える歿廷が王女を襲うとは、何かの間違いではないだろうか。歿廷は宦官の施術に失敗し、死にかけていたのを王子に拾われた。以来、王子に対して陰日向なく尽くしてきた夏要達の同志だ。

しかし、歿廷と名乗る男に襲われた王女はかんかんに起こっているらしく、王子と離婚して別の国に嫁ぐと息巻いているらしい。

「しかし、どうして貴方は私どもの方に情報を与えるのですか?」

と聞くと、侍女は不思議なことを聞くかのように小首をかしげた。

「私は王女の利のあるように動くよう言われ、育てられております。王女が他に嫁ぐより長児王子に嫁いだ方が『利』があると思うのです。ですから、王子には王女を止めて速やかに青の国の庇護を受けて頂きたいのです」

「こう言ってはいけませんが、我が王子はあなた方から見ると、第四王子に王位をかすめ取られ、即位から遠ざかっている身。どういった点が利になるのでしょう?」

「一つ、長児王子のご母堂の里は強く馬がとてもよろしいですね。青の国は商業が盛んな国です。軍事でも商業でも馬は大変重宝し貴重なものです。

 一つ、黄緑の国が未だ王を立てないのには、幼い第四王子が即位することに反対するものも多いからと聞きます。長児王子が即位する可能性、そして王女様が彼の子を産めば即位する可能性は非常に高い。

 一つ、不遇のはずの長児王子にあなた方家臣がいる。家臣の皆様、腹の中にはいろいろ抱えておいででしょうが黄緑の国ではなくどちらかと言えば長児王子に好感を持って仕えている。貴方のような高位の文官から、歿廷のような宦官くずれまで」

「侍女にしては、かなりの見識と情報をお持ちのようで」

「半分以上は魚大夫が、王女が結婚するにあたり周囲に言い含めていたことですが、私も王の一族に連なる身。それなりの教育は受けております。」

「貴方は魚大夫ではなく王女に仕えているはずですよね」

「ええ、私の一番は王女です。それに、王女だって、不承不承結婚したようなふりはしておりますが、王子のことを気に入っています。それに協力しないわけにはまいりません」

 夏要は糸のような眼を細くした。

「王女は恵まれていますね。そのような侍女を持つことが出来て」

「だって、これが『私たち』ですもの」

 王女が私の立場であれば、王女も私のようであったでしょう

 そう笑う侍女に、夏要は試案深げに顎を撫でた。



 

 夏要は、王子の天幕に戻るとことの次第を王子に伝えた。

「というわけで、王子、土下座まではいいですから、王女の機嫌を取ってきてください。さっさと馬で追いかける!」

「えええええ!?よくわからんけど何で歿廷が邪魔すんの?」

「きっと王子が王女に『本気』だと勘違いしたんでしょう」

「いや、俺本気で王女ちゃん気に入ってるんだけど?何?どういうこと?」

「はいはい、本気なんですね。信じてますとも。はいはい」

「お前ひどくね?」

夏要は、ぎゃいぎゃい騒ぐ巨躯の長児王子をなだめすかす。すでに王子を置いて王女が白狐の里を出てしまったと騒ぎになっていた。

「あんなはねっかえりの我がままで、体つきがだらしない王女がどうよろしいのかわかりませんが、とりあえず王女です。ここのところ王子の情けない姿しかみていませんが、王子が癇癪かんしゃくを起こした王女を無事とめることを祈ってますから、追いかけてください」

「だらしない王女とか、俺が情けないってどういう・・・」

「はいはい、早く行ってください。正妻に迎える大事な王女様でしょう?」

「行くけどさ!後できっちり話付けるからな!」

 夏要は、上着をひっかぶって天幕を出てく長児を見送り、仲間たちと顔を見合わせ、ため息をついた。

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