20.子作りできないなら用はない

 カンカン

 と高い音がして、二本の短刀が絨毯に落ちる。

 私に向けて歿廷から放たれた短刀を、魚大夫が腰の剣を使って叩き落したのだ。

「全く、王女といると退屈を知らずにすみそうですよ」

 大夫のつぶやきに遅れて侍女たちが悲鳴を上げる。

 ・・・魚大夫が文武両道という噂は本当だったみたい。

(お飾りの剣じゃなかったのね)

 思った以上に頼りになるかもしれない魚大夫に、ちょっと悔しい思いをしながら

「助けてくれてありがとう」

と、お礼を言うと困ったように大夫が笑う。

「さて、歿廷殿。お相手いたしましょうか」

 魚大夫腰を落とし、剣の構えを取った。

(なんかカッコよくみえる)

大夫が叔父の臣下であることが返す返すも惜しい。

「やだー!わたし、強い相手とは戦わない主義なの。

 今日は王子の『お嫁さん』に挨拶をしただけだから。じゃあねぇ」

と、歿廷は楽しそうに笑う。

 そして、警戒する私たちをあざ笑うかのように、それ以上は何もせず身を翻し天幕を出て行った。


 その時、私は見た。

 歿廷の手に、獣紋の刻まれた瑪瑙の腕輪があるのを。

私が白狐の里でもらったものと同じモノ。




「危ないところでしたね。彼の目的は何だったのか」

「・・・怪我はない?ほかの皆も」

「ありませんね」

と頷く魚大夫に私も頷いてみせる。

「そう、じゃあ、王子なんて放っておいて、とっとと黄緑の国へ行くわよ」

「王女?」

「もう、王子なんて知らない!第四王子のところへ行くわ」

 魚大夫がヤレヤレというように肩を竦めた。

「第四王子を選択することは今となっては悪手です。黄緑の国は思った以上に荒れて別れているようですし、青の国とは距離も遠い。王女には距離的にも隣国にあたる緑の国の方がよろしいでしょう」

 出戻りでも、すでに緑の国の月羊王女が正室に入っているので入りやすいですし。

 と、シレッと答えた魚大夫は離婚に異を唱える気はないらしい。

 それはそれで腹が立つ。

 いいえ、正直に認めるわ。

 私、今は、誰が、何を言っても許したくない!

「いいわよ!もう何でも!とにかく私はここにいたくない!」

「喜ぶかと思いましたが、そうでもなさそうなのは興味深い。緑の国ならばお相手は同様となりますよ」

「それがどうしたっていうのよ!」

 次の婚姻先のことなんて知らないわ。

 とにかく今は、あの王子の傍にいたくない。

 婚姻の夜から散々だもの!

 白狐の里で贈られた、この瑪瑙の首飾り、ひきちぎってやろうかしら?

「情が湧いてきてるということですかね」

 からかうような魚大夫に、血管がぶちぎれそうになる。

「何言ってるの?」

「王女様が愛人の存在というものにそれだけお怒りということは、長児王子にご執心ということですよね」

「違うわよ!私は青の国の王女として嫁いできたのよ!?

 一国の王女に然るべき態度であり、きちんと子作りすることが前提の婚姻なのに、男の妾を寵愛して、初夜まで失敗するなんて、私の国が、私の一族が馬鹿にされているってことなのよ?

 童貞とか、子作りの練習なんてどうせ口だけの出まかせだったんだわ!」

「もう、何からつっこめばいいのか」

「うるさいわね!もうここを出てさっさと次の婚姻先に行くわよ」

 この逞しさは、文羊様の教育の賜物ですかね。と遠い目をした魚大夫。

「・・・そうですね。そういう閨の話は私も大っぴらに聞いて喜ぶ趣味はありませんし。何にせよ早くここを出ましょう」

 魚大夫と意見の合致した私は、王子を置いて白狐の里を出て行くことにした。

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