21 金糸雀の国
荒れ狂う私の心と裏腹に、すがすがしい風が髪を撫でていった。
馬に一人で乗れるようになったので、一番可愛い芦毛の馬に乗ることにした。気性も大人しく、私の言うことをよく聞いてくれる良い子だ。
ただ馬に乗ると、侍女が「王女ぉ、馬に乗るなんて・・・いいえ、ともかくお肌が日に焼けてしまいますー」と言ってやかましいのが難点。夜営ごとに真珠を砕いたという怪しい白い粉まで顔から身体足の先まで刷り込まれる。
「王女ちゃん、ソイツ猫被ってるからな。ヤロー(男)を乗せたら重いことが分かってる上、オスだからメスに弱いんだ」
そう言って、茶色い駿馬を寄せて来たのは長児王子だ。
(ふん!)
長児王子の方を見ないように、私はツンとそっぽを向いた。
本当は王子の傍なんていたくないし、さっさと次の婚姻先に移りたいけれど、長児王子に追いつかれてしまったことは仕方ない。人数的にも長児王子たちの人数と対峙するのに青の国から来た人数では歯が立たないのだ。
(でも、許したわけじゃないんだからね!)
仕方ないから一緒にいるだけで、王子のことを微塵も許してはいないのだ!
つんつんしている私が目に余るのか、今度は反対側から韋護王子が困ったようになだめにかかった。
「先日のことは、こちらの落ち度もありますが、彼も悪い人じゃないんです。ちょっと兄上のことを好きすぎるというか、困った人なんです」
「別に気にしてる訳じゃないわ。ただ、愛人もいるくせに初夜に失敗するのが許せないだけよ!」
初夜の失敗を言われると・・・と、韋護王子はすっこんだ。
「いや、待って。王女ちゃん!何度も言うように誤解で、歿廷が勝手に俺の愛人を名乗っているだけで肉体上の関係はない!」
「どうだか!男にしか反応しないんじゃないの!?
じゃあ、あれから失敗続きなのはどういうことよ!」
「だって、そりゃ入れる前に出してしまうからで!ちゃんと反応してるし!」
長児王子が必死で言い募れば募るほど、みっともなく見える。
以前は王子に対して敬語を使うように気をつけていた私だけれど、もう、王子に使う気にはなれなかった。
「うわっ、兄上早すぎ・・・」
「王子、見損ないました。そりゃあ、王女に同情します」
そうでしょ。そうでしょ。長児王子の弟や臣下達もこの件に関しては私の味方になってくれるようだ。
「う、うるさいなぁ!出す回数は多いぞ!」
「多くても中で出せなきゃ意味ないじゃない!!」
「つ、次はだしてみせるし、王女が痛がるから、なかなか入れれないんじゃないか!」
「私のせいにする気!いつも後で出した陽の気を拭うの大変なんだからね!」
この下手くそ!と言いかけたところで、馬車から出てきた魚大夫が私の馬の手綱を強く引いた。馬が嫌そうに体をゆすり、その衝動で口をつぐむ羽目になる。
「はいはい!やめてくださいね。そろそろ金糸雀の国境ですし、往来で何をいってくれてんだって話になりますしね」
品位が、品位がと、ぶつぶつ言っている魚大夫に、ちょっとはしたなかったかなと自分でも反省した。
あら?
それに、周りを見ると韋護王子が真っ赤になってうつ向いてるし、夏要は糸のような眼で表情を誤魔化してるし、他の人たちニヤニヤしているしで、居心地が悪い。
姉の月羊なら、もっとうまく王子にエグいことを言えたろうなあ・・・と、遠い地の双子を思った。
金糸雀国は、黄緑国と青国の間にはさまれている。
豊かな水源にも恵まれ、土地は豊饒。そのせいか蛮族に狙われることも多い。
血統は中央の黄国や黄緑国と同じ穀一族。けれど、常に青の国から妃を受け入れ、青の国の庇護を頼りにしている状態だ。
文羊おばさまの伯母様、つまり私の祖父の歳の離れた妹王女、宣羊大叔母様が金糸雀国に嫁いだ時、大叔母様の美しさに目のくらんだ王が息子の嫁を寝取ってひと騒動あったということを聞いている。そのせいで、大叔母様は王と子を成したもののその子は殺され、次の王、その次の王の妃となり今に至るとか・・・。
青国の美女の中でも生ける伝説の一人だ。
「え?」
「ですから、その通行証では王女様をはじめとした青の国の方々は大歓迎ではありますが、そちらの黄緑国の方々は通すわけにはゆきません」
恰幅の良い門番が、しっかりとした口調で言葉を紡ぐ。普通門番は、怪我をした兵士や、処刑された罪人の再就職先なんだけど、蛮族に王を殺されたばかりのせいか正規の兵士が門番となって出入り口を見張っているようだ。
「だって、王子どうするの?私はこの国通るけど」
馬から降りて、隣に立つ王子に尋ねると長児王子はぐりんとした青い目を大きく見開いた。
「え?王女ちゃん置いていく気!?」
と、大げさに手を開いて嘆いてみせる。
「え?置いて行かれない気?」
にっこり。
「ひ、ひでえええええええええええ」
「じゃあ、そういうことで」
と、私が先陣を切って門に入ろうとすると、私まで門番に道を塞がれた。
「馬に乗るような、男とも女とも区別のつかない蛮族の娼婦は入ることは許されません」
「え?私、青の国の王女なんですけど」
「ははははは。不敬罪で斬られる前にこの門を去られることをお勧めします」
「ちょ、ちょっと魚大夫!!!」
「・・・良い機会です。貴方は私の助言をちっとも聞こうとなさりませんから。少し、そこで王子と頭を冷やしてから青の国に戻られるといいでしょう」
と、裏切り者の魚大夫は門に入って行ってしまった。
「え?」
「だから、常日頃私どもがお諫めしておりましたでしょう。蛮族の男の履物など履いて、そのまま来るという恰好がいけないのです。私達も大夫とまいります」
と、侍女や従者たちもぞろぞろと金糸雀国の門を入っていく。
「え?」
目の前で、大きな木の扉が閉ざされる音がして、私は馬鹿みたいに口を開いていた。
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