8 とりあえず、疲れた

 男の手を抑えたのは、魚大夫だった。

 腹立たしいけれど、大夫が出てきて安心してしまったことは否めない。

 べ、別にこれは、泣いてるとかじゃないんだから!

 顔についた血が流れてるだけだから!!

「王女から離れて頂けますか?長児様」

 ん?魚大夫なんて言ったの?

「えー、俺の嫁じゃん?」

と、男は縛られている私の身体をひょいと引き寄せ、血まみれの頬に顔を寄せた。

男の顔にもべったりと血が付く・・・なんなの?

いや、ちょっと待って、嫁?

んんんんん?

「口、ぱくぱくさせて、可愛いなあ。

 でっかい女が嫁に来るって聞いてたけど、俺に比べればちっこいし。

 やっぱ、可愛いじゃん」

 男は、遠い記憶の父様のようにすりすりと私の頬に頬ずりをし、大きな手でよしよしと私の髪を撫でた。

 いや、ちょっと待ってよ。

 『長児』?サル王子?ゴリラ?

 人間の風体してるけど、言われてみれば、血まみれの私に怖気ることもなく手を伸ばしてくるのは、間違いなくサル!蛮族!

 同王子だったら、優しく血塗れの顔を拭ってくれたはずだ。

(ここは、一発かましてやらないと!月羊みたいに!)

 努めて冷静な声を出して

「・・・ちょっと離れてもらえませんか」

と言うと、

「え!?照れてんの?よくわかんねえけど、可愛い」

と、血まみれの頬に、またすりすりされた。

なんなのよ!この男は!!

言語も通じない!サル!サル!サル以下!!

「感動の対面のところ恐縮ですが、婚礼の儀式も行われておりません。

 王子、私どもの婚姻前の王女から離れて頂けますかね」

『はいはい、離れた、離れた』と、魚大夫が長児こと第二王子を私から引きはがした。王子の手前だからか、ついでに手足を縛っていた絹のヒモも取り外してくれた。

(、、、、、、、)

 ついでに、その足元に転がっている男の死体もどうにかして欲しい。

 ねえ、もう疲れたので、そこで漏らしてる侍女と水浴びでもして寝たいんだけど。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る