7 王子様はヒロインの危機に現れる


馬車に放り込まれ、扉が閉ざされる。

外を覗くことが出来る小窓もぴしゃりとしめられ、視界を覆うのは闇だけ。



剣戟の音、怒号。

女の悲鳴。

それらに紛れ、私は馬が走り出すのを感じた。

悪路のせいか、やたらと揺れる。

一緒に馬車に乗り込んだ側仕えの侍女も馬車と一緒にガタガタと震えている気配がした。

この光景には、既視感きしかんがある。


震えているのは誰だろう

侍女ではない?

月羊?

ちがう、震えているのはワタシ?

あれは…


前方で御者である男の呻き声があがり、馬が走るのを止めた。


ぎぃいいいいい


と、耳障りなおとを立てて、馬車を閉ざしていた扉が開く。

 扉とともに外の光が入り、一瞬のまばゆさに私は顔をしかめた。

「ひっ」

と、侍女が短い声を上げる。失禁したのか尿の匂いが鼻をついた。

侍女の怯えが伝染して、私も震えだしそうになる。


ダメだ!あの時みたいになってはダメだ!

私は大きくなったのだ!

私は、青の国の王女、陽羊だ。

絶世の美女で王女なのだ!


動けなくなっては、繰り返してしまう!


逆光で顔はよくわからないが、侵入者の賊はかなり大柄な男だった。

馬車の入り口が狭いらしく、身体と膝をおりまげてこちらに手を伸ばす。


様子を見て、考えるのだ。

あの時の月羊のように。


すると、

真っ赤な血が男の口と腹からしぶいた。

  男の腹から、鋭利な刃物が生えている。

「?@aww@&/#あく+L?!」

 声にならない悲鳴が出た。


いや、だって、そうでしょ?

男の口から飛んだ血液が、私の頭から滴り落ちてるからね?

男は、どうっと倒れた。

(よく分かんないけど、助かったの?ご先祖様ありがとう!?)

 混乱しながらも助かったのかと息をついたのも束の間、倒れた男を踏み越えるようにして、更に大柄な男が現れた。

 護衛の者ではない。見たこともない男。

 逆光でよく見えないが、天の頂きの様に青い目が、ギョロリとこちらを見ていた。

 一難去ってまた一難。

 盗賊の男の仲間割れか、それとも別々の盗賊の者か。

 男が近づいてくるにつれ、身体や顔の輪郭がはっきりとする。

 獣の皮を身にまとい、弓矢を背負った野卑やひないでたち。

 そして、頑丈そうな身体に似合わない幼い顔がのっている。汚らわしい盗賊の割には、存外、人の良さそうな顔をしていて、邪気の無いしぐさで鼻をクンクンさせると楽しそうに笑った。

「くっさ!王女が、漏らしてる!?」

「ちょ、ちょっと待って!私じゃないから!!!」

間抜けな声がでた。

侍女が、恐怖は拭われたのか、失禁をバラされた羞恥心が強いのか、涙目でこっちを見ている。

(いや、そんな目で見られても)

一瞬、男の間の抜けた言葉で緊張が緩んでしまったけれど、盗賊に対して油断はできない。

「ふうん?じゃあ、ヒモで縛られている方が王女でいいんだな?」

 大きな男の目が瞬いた。

 青い目がぐりんとこちらを見る。

 空よりも青く、少し緑の入り混じったような碧色にも見える瞳、

じっと目を凝らしてみていると、男はホッとしたようなため息を吐いた。

「ブス、ブス聞いていたけど、王女可愛いほうじゃね?

 血まみれでよくわかんねえけど、そんなに酷くなさそうじゃん!」

「・・・・・・・」

 褒められてないことは分かった。

 男の手が頬に伸びてきたので、思いっきりその手に噛みついた。

「うわっ!」

 驚いたように男は声を上げたが、口の感触が微妙だ。

 この感触は、手袋である・・・あまり男はダメージを受けてないようだ。

 ぺっと、手袋から口を離し、思いっきりにらみつけてやる。

いぬみてぇ」

「狗じゃないわよ!こ、この野蛮人!」

 この手が解けていたら、思いっきりひっぱたいてやるのに!

「はははは、威勢がいいなあ。震えてんのが可愛いし」

 もう一度こちらに手を伸ばそうとした男の手を、更に背後から伸びてきた手が押しとどめた。

 


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