5 王女様というもの
雨が降った。
雨期となり、馬車の旅も厳しくなってきた。
そろそろ黄緑国の領域だというのに、
「今は川の
魚大夫が、勢いよく流れる川を眺めながら、のんびりと物騒なことをいう。
大陸を走る河清沿いの道を辿っている私達にとって、川の氾濫は、すなわち『死』。
死体になって青の国に流れ着くとか、シャレにならない。
魚大夫も、一応は心配しているのか少し小高い丘にある邸宅を借り、そこで雨をしのぐことにした。
侍女たちがてきぱきと動き荷をほどいたり、飯炊きを始めるのを横目に私は寝台に伏せた。縛られすぎてて、全身が痺れている。
「古来より、このような時は高貴な乙女を生贄に沈めるのがよろしいのですよ。丁度良い
「お前が沈め!」
この大夫、態度がでかすぎ!
不敬!不敬!
私が口を尖らせると、
「怖い。怖い」
と、大夫は大げさに肩をすくめてみせた。
「しかし、本当に王女というものは婚姻以外に何の役に立つんでしょうね?」
「何が言いたいの?」
ジロリと睨んでも、全く気にする風でもなく魚大夫は続ける。
「君主(王)は分かります。国を治めるのに『頭』は必要です。それは先祖代々国を統治することで、民の心の拠り所にもなりえる。王の子は次代の王として、王とならずとも、国を支える家臣になる。では、王女とは何でしょう?」
気にくわないと言った彼の目は、どこかで見たことがあるような気がしたけれど、思い出せない。
(どこだっけ?)
魚大夫が何を考えているかは分からないけれど、喧嘩を売られているのは分かる。
ともかくも、文羊姉様に教わったことばをつづる。
「王女とは王に仕え、次代の王を生み、育むもの。そして、貴方の言うように他国への貢ぎ物の『質』だわ」
「あなたは、『質』に足る資質を持っていると?全くそうは、見えませんが」
鼻を鳴らした魚大夫に、私は近づいて笑ってみせた。
魚大夫の圧迫感を吹き飛ばすために笑うの。
だって、私の笑顔は、天下一品!
同王子は言ってたもの。
『君は笑うと、とても綺麗だ』
って。
「私は、美しいでしょう?
文羊姉様も、きっと私の身体は蛮族の男に好まれるって言ったわ」
「はい?」
虚をつかれたかのような魚大夫に、私は笑って見せた。
私は、大丈夫。
私は、美しい。
かつて、同王子も私のことをそう言ってくれたもの。
私は間違いなく美しい。
そして、大夫から一歩離れ、くるりと裳裾を翻し回ってみせた。
「そして、この抜群の安産型!
私は、青の国のために黄緑の国の王を生んでみせるわよ!」
両手を腰にあてて胸と尻を強調してみせると、魚大夫はぽかんと口をあけた。
「・・・馬鹿か?・・・・いや、まあ、それで良いんだが。」
「なによ?」
もごもごと何か言っている魚大夫に問いかければ、
「いいえ、確かに、貴方は大変魅力的で道理をわきまえた姫君だと感服していただけです」
と、魚大夫は大人しく、頭を下げた。
やれやれ、魚大夫も私の魅力に参ってしまったようね。
本当に私ったら罪な女だわ!
いつも、それぐらい殊勝な態度であれば、オッサンでも同王子の次くらいに顔が良いって言ってあげてもいいわ!
雨が、少し小降りになった。
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