4 退屈な王女様

馬車が揺れるたびに、お尻が痛い。

尻に腫れものでも出来たら乙女のピンチだ。

腕や体を縛るものは、縄目がついては見苦しいとの大夫の配慮はいりょにより絹布を割いたヒモで縛られている。

ほどけないかと身体を動かすたびに、馬鹿にしたように絹布がきゅっきゅと鳴るのがムカつく。

(それにしても・・・)

隣国に嫁いだ月羊は、元気だろうか。

遠方にある黄緑の国とは違い、三日もすれば緑の国の都には到着する。とっくに婚姻の儀式を終えたはずだ。そろそろ故郷が恋してくて泣いて暮ら・・・すなんてことは無いか。

私の双子の姉はそんなヤワな育ちではなかった。

それに、月羊の相手の緑国の第一王子同は素敵な人だ。

月羊は散々に言っていたが、出会ってしまえば、陽羊が彼を好きになってしまったように、彼のことを好きになってしまうに違いない。

(そういえば、即位式もそろそろよね)

第一王子同の父親は、十年程前に青国の王であった私の父親が殺した。そのため、同の叔父が宰相となり、同が成人するこの年まで王座は空のままだった。

新しい青の国の妻(月羊)を迎えると同時に即位を行うらしいけれど…。

そもそも、幼い同がそのまま即位しても良いはずなのに、どうして成人まで待ったのか。

どうして、同の母親である文羊姉様は青の国に戻ってきているのか。

青国の後宮でも様々な憶測おくそくでウワサが流れた。

だけど、そんなことはどうだっていい。

(あー、緑の国に嫁ぎたかったなあ)

『あんな針のムシロな敵国、そんなに嫁ぎたきゃ、くれてやるわよ!』

きーっ!と、ヒスをおこしていた姉が不可解。

(くうっ!羨ましい!)

こちとら、蛮族の猿に嫁がされるのに。

たとえ同王子でなくとも、猿と人なら人の方がマシ!!



馬車の小窓からは、うねうねと続く山の斜面が見えた。

アブ、蠅、蜂、ときおり漆黒の蝶が飛んでいく。

川沿いの道を歩いているので、川のせせらぎも聞こえる。

・・・退屈。

馬車の中には、これから嫁ぐ黄緑国のことや婚姻の作法を書いた竹簡が天井、壁、あらゆるところに敷き詰められている。天井の文字は、影になってしまい、読むのが難しいけれど、小窓からの日の光が当たる壁や床の文字はで読みやすい。

『婚姻の道とは、すなはち嫁ぎ、めとる礼をいう』

から始まり、

『婚姻の前には、7日ほど夫の家の廟堂に入り身を慎まなければならない』

とか。服はどうすべきだとか、沐浴の作法だとか。

 は・じ・め・ての婚姻、虎の巻というヤツだ。

 床にかかれている作法については、魚大夫がこまめに新しいものに取り換えてくれるので、黄緑国に着く頃には私もイッパシの猿の嫁になれてることだろう。

(イヤダぁあああ!)

『人と結婚したいーーー』

と、食事のたびに魚大夫に訴えても、

「いやあ、私もいい加減失礼な人間だと言われることが多いんですが、姫様は傲岸不遜、厚顔無恥を通り過ぎ、もはや無知蒙昧むちもうまいですね。一国の王子を猿呼ばわりとは恐れ入ります。まあ、私の見た感じ、猴子(猿)というよりも、長児王子は大猩猩(ゴリラ)の方が近いと思いますよ」

と、こちらを打ちのめすようなことしか教えてくれない。

(猿もゴリラもやだああああああああああ!)

 刻一刻と黄緑国が近づくにつれ、『絶対出戻ってやる』と、私は東の天に向かってちかいを新たにするのだった。

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