閑話休題 王子様は結婚に夢をみる

(由々しきことだ)

黄緑国の第二王子長児の側近である夏要大夫は、自らの主人の無様な有様に頭を悩ませていた。

「なあ、夏要。嫁について教えてくれよぉお」

書類整理をしている夏要のところにやってきて、九尺(古代一尺=20センチ)越えの身長を小さく縮めている王子。日に焼けた顔は、よく見ると青ざめており、ガタガタと震えださんばかりだ。

「な、情けない」

思わず本音が口からもれる。

こんな王子の姿など見たくなかった。

夏要は目を逸らすが、王子が気になって木簡につづる文字が震える。

「情けないって言ったって!お前!

あの穆穀姉様の母親の青の国の一族だぞ!

西羊さんだって、静かに見えて相当怖かったんだぞ!」

ガクガクブルブル。

王子は震えだした。

堂々たる大柄な体躯に、母親譲りの日の光のような黄金の頭髪。

天を抱くような青の瞳をもち、軽やかな身のこなしで大地を馬で自由に駆け巡る。文弱な夏要にとっては、憧れそのもののような王子であるのに、たかだか嫁になる女ごときにどうしてこんなに怯えているのか。

「穆穀様も、西羊様も、所詮は力のない女の身ですよ?

何をそんなに恐れる必要がありましょう。王子が荒くれ者どもにするように、拳で黙らせればいいんです」

「イヤイヤ、女性相手に何言ってんの?」

情けない、情けないと、夏要は頭を振る。

言うことをきかない女など髪の毛をひっつかんで殴り飛ばせば大抵大人しくなるというのに。

だが、長児が女性に対して恐怖心を感じることは仕方ないことでもあった。

それは、王子の異母姉にあたる穆穀の存在である。

穆穀は母親が文明国家である青国の出身なだけあって、宮廷の礼儀に明るかった。そして、しっかりものの面倒見の良い女性でもあった。

異民族の母親のせいで低い地位におり、ろくな教養を持たない長児の教育に手を差し伸べたのは彼女である。

この恩義に関しては長児、夏要も頭をたれなければならないが、教育に対する苛烈ぶりは、未だ長児のトラウマとなっている。

読み書きを嫌がる長児を反省するまで大木に吊るしたり、礼儀作法の教えをすっぽかして遠乗りをした長児を諫めるため、長児の愛馬を馬刺しにして食べさせたり。

『第二王子の性格が歪まなかったのは奇跡』

と言われるほどだ。

「マジで怖い!なんといわれても怖いもんは怖いんだよ!

俺は、美人なんか要らない。フツーの優しくて、頭が弱い、可愛い子が良い」

先日虎狩りで手に入れた、金と黒縞の獣の皮で頭を隠すようにしながら震えのとまらない王子は、切なげに夏要に訴える。

頭の弱い子希望とは…情けない。

頭の良い穆穀への恐怖心はそこまで強いのか…。

夏要は、深くため息をつくしかない。

「政略結婚で自分の好みの女性が手に入るだなんて、何を考えているんですか。

夢を見すぎではありませんか?」

「結婚に夢見て何が悪い!俺は父上とは違う。後宮ハーレムは興味はあっても、正妻は一番好きな子が良い!」

「・・・これだから童貞は・・・」

チッと夏要は、舌打ちをした。

正室は寵姫に限るなど、何を夢見ているのか。

狩りに夢中で色事にうとい王子。人柄こそは好ましく思えるが、一度くらいは花街に連れて行くべきだった。目を覚ますべきである。

「イヤダ―。別の子がいいー。

 それがだめなら、せめてどんな子か教えろー」

さて、この寝言を言っている王子をなんと説得するべきか。

夏要は、女のようだと言われる華奢な手を顎に当てて考えた。

いや、この際だ。目を覚ましてもらうためにも真実を話し、受け止めてもらうべきだろう。

観念した夏要は、大きく息を吸い込んだ。

「わかりました。そろそろ王女も到着する頃ですし、王女についてお話しましょう。一般の青国の女性は皆美しくろうたけています。それはご存知ですよね」

こくこくと目を不安そうに瞬かせながら王子は頷く。

「ですが、嫁いでくる陽羊様は、醜女しこめでワガママで、気が強く、プライドが高いと評判です」

「全く良い所がないだと?」

王子がごくりと喉を鳴らした。

「血統と器量よしの男性が好きで、市井に降りては遊び人の貴人を目当てに男漁りをしているとか」

「ブハッ」

「ですが、大丈夫です。あまりの醜女しこめっぷりに誰も手を出していないそうです。だから、処女膜の有無の心配や、托卵の心配は無用でしょう」

「いやいや、いやいや、そういう問題ではナイダロ?」

王子の目からすっと光が消えた。

「難点は多くとも安産型だそうですので、孕ませ放題です。良かったですね」

「ソウイウ問題かな?」

「馬鹿なら扱うのも簡単ですし、青国の後ろ盾は是非とも欲しいところです。ねやの相手が嫌なら、さっさと孕ませて、その間に好みの愛妾を抱えれば良いのですよ」

王子の目が死んだ魚のように濁ってきたが、夏要は気にせず続ける。

「今度、長児様の母君の一族が領内近くの朱狄のむらを攻めに行くので、

そこの娘でも見繕みつくろってきましょうか?

頭の弱い、可愛い雰囲気の、優しいかは分かりませんが、気の弱そうな…意志薄弱いしはくじゃくな娘が良いですかね」

「イヤ、要ラナイカラ」

「さすが王子。愛妾を持つのは即位後か、男子が出来てからが賢明ですね。

大国の機嫌はそこねたくありません。

まだ成人もしていない第四王子にだけはこの国を委ねぬよう、陽羊様を孕ませ、気を引き締めてまいりましょう」

と、のっぺりした顔で感心する家臣に、長児は「ソウジャナイ」と、うなだれた。

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