3 連行される王女様

出立の朝。

天に揚げ雲雀が名乗り出でることはなく、変わりに胡乱うろんな目をした魚大夫が迎えに来た。

魚大夫、現王の教育係にして、37歳のオッサンである。

「黄緑の国まで二月ほどかかります」

そう言った大夫の手には、これ見よがしな頑丈そうな荒縄があった。

私が大人しく馬車に乗らないなら、ふんじばって連れて行こうという脅しである。

「ええ、ええ、大人しく馬車に乗れば良いんでしょう!」

と、ツンと横を向いた私に、本当に大夫が手を伸ばしてきた。

えっ?マジで縛るの?

え!?何怖い。

月羊の馬車にこっそり隠れていたのは悪かったけどさ、手首をしばることはないんじゃない?

入れ替わる気も満々だったけど、ここまですることないんじゃない?

ねえ、痛いんですけど?

私、こう見えても先代の嫡出ちゃくしゅつの娘なんですけどぉ!?

「あ、そうでした。一応あなたは黄緑国への貢ぎ物でしたね。こちらの縄よりは、絹で縛った方が跡もつかなくてよいでしょう」

手慣れた様子で、身体を拘束していたものが荒縄から絹布へ変える魚大夫。

縛ることに慣れている・・・

怖い。コイツ怖い。

弑逆趣味サドだ!魚大夫はヤバいヤツだ!

現王白小の教育係かつ、宰相の右腕とチヤホヤされ、城の宮女たちからも「やーん!文武両道な魚大夫様かっこいい」と、黄色い声をかけられる。だが、そんなモテ男なのに妻以外の浮いた噂がないのはこういうことなのかもしれない。

「私は警護のために後ろの馬車に控えておりますので、ゆるりと旅をお楽しみ下さい」

後ろから見張っているぞと、ダメ出しして大夫は恭しいお辞儀をしてみせた。

分かっているわよ。

小さな格子窓以外装飾も簡素な馬車に押し込まれ、屈辱に身を震わせる。

警備のためとか、道中狙われないようにとか、わざとらしい理由をつけて後ろの大夫の車の方が豪華なのも許せない!!

く・つ・じょ・く!!!

現王に可愛がられていない王女の扱いはこんなものってこと?

嫁ぎ先についてすら、王からの言葉はなかった。

婚姻先の国に対してぬかりなく応対さえしていれば良いと言われればそれまでだけど、なんだか、もやもやする。

期待するだけ無駄でも、やっぱりもやもや。

父を殺して即位した白小叔父は、部下を愛する人格者と言われているが、一族の女たちへの関心は薄い。いや、むしろ一族の女を嫌っている。

青の国は女の力が強い。

その力を削ぎはじめたのが、東大陸の覇者はしゃと言われたおじい様。

危機を覚えた一族の女達は、おじい様の死後、後宮の秘蔵っ子として育てていた私のお父様を王位に押した。お父様は他の弟達に比べ、母親の身分が低く、その分一族の女達の力なしでは即位できなかったこともあり一族の女達の代弁者として良く働いたそうだ。

だけど、世の中はそうそううまく行くものじゃない。

後宮の女達がほっとしたのもつかの間、おじい様のシンパ達は白小叔父様をかつぎあげた。

私はその頃、幼すぎたせいか覚えていない物事が多いのだけど、聞くところによると、お父様が亡くなった時の後宮は凄まじいことになっていたらしい。

顔すらも曖昧あいまいなお母様はなぶり殺され、後宮の女たちは兵士たちに蹂躙されるがままだった。

そして、私は月羊と後宮の片隅で息を殺し、その日、その日を隠れて生き延びていたそうだ。その時のことは月羊の方は克明こくめいに覚えているらしく、現王白小叔父様を未だに恨んでいる。

私が覚えているのは、黄緑の国から戻った文羊姉様が後宮に戻り、

「大丈夫よ。これからは私があなた達を守るわ」

と抱きしめてくれたこと。

そして、滅多に泣かない月羊が、わっと堰を切ったように泣きだしたことだ。

出戻った文羊姉様の働きで、兵士たちは引き上げ、後宮の生活はマシになったと言われている。だけど、本来なら国に残り、占卜でまつりごとに加わるはずの王女達は家臣に下げ渡され、そうでなければ他国に嫁がされるようになった。その上、王となった叔父は、王女の数を更に削り、市井から700人の女たちを集めて、自分好みの後宮とは名ばかりの娼館を作り上げた。

とんだ腐れ野郎である。

文羊姉様がなんとか踏ん張って、娼館の縮小や一族の女達の生活の改善を働きかけているけど、それもどうなることやら。

「私達が出戻るまで、文羊姉様が頑張ってくれるといいんだけど」

え?出戻る気?

そりゃそーよ。

さっさと子ども作って役目を果たしたら、亡命して出戻る気満々よ!

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