2 王女様達の憂鬱な夜

「チェンジって言ったのにぃ」

 最近流行の西域せいいきの言葉を使って、文羊姉様に嫁ぎ先の変更を嘆願たんがんしたけれど、聞き入れてはもらえなかった。

 寝台しんだいの隣で姉の月羊もしかめっ面をしながら、

贅沢ぜいたくは言えない相手よね。六〇過ぎの王のところや赤ん坊に嫁ぐより、随分ずいぶんマシな相手のハズよ」

 とブツブツつぶやいている。

「えー、緑の第一王子は、めっちゃいいじゃん!」

 緑国の第一王子であるどう様は、文羊姉様の息子だ。

 私たちにはイトコに当たる。母親譲りの容貌ようぼう眉目秀麗びもくしゅうれい。頭の回転も速く、幼少期より他より抜きんでていたと評判だ。

 血統も、この東大陸全土の国々が忠誠を誓う黄の国に次ぐ。

「どこがよ!文羊姉様が離縁りえんされたのは、第一王子が不義の子ってうわさを流されたせいじゃない!その濡れ衣をに受けた第一王子は奇行に走っているって話よ!しかも、緑と青の國はめちゃくちゃ仲が悪いし、去年、嫁いでいった哀羊姉様が処刑されたの忘れたの?」

「お家騒動なんて、どこにでもあるし、性格なんて気にしなきゃいいじゃん!」

 顔と血統以外で気にするところってあったっけ?

「黄緑の第二王子が良かった」

 と、月羊がよよよと、寝台につっぷした。私はその隣に腰かけて、のんびりと水差しの水を口に含む。

「黄緑の第二王子?あの蛮族の血まじりのどこがいいの?」

 黄緑の第二王子長児は、黄緑の王が征服した地の蛮族からめとった女の息子だ。猿のように野山を蹂躙しているそうで、イケメンのウワサもとんと聞かない。

「年若いながらも、優秀な家臣を従え、幼い頃から馬を乗りこなし、女性には優しいって話じゃない」

「ただの女好きのガキ大将じゃん?どこが?」

 家臣なんて裏切るものだし、馬は乗るものじゃなくて馬車をひくものだ。

 やはり、蛮族。

「ああ、もう、どうして陽羊はそんなにおバカなのよ。少年の心をもった優しい男なんてそうそういないんだからね。トチ狂った男が良いなんて、趣味悪すぎよお」

「何言ってんの?性格とか人望とか風向き一つで変わるようなものの何を信じればいいっていうの?黄緑国は西羊姉さまの夫の第一王子が殺されたとこじゃん!現在進行中で荒れまくりのそんなところに、どうしてか弱い私がいかなきゃいけないのよ!」

 現在、第一王子の子を妊娠中の西羊姉様は体調を崩し、黄緑の国の隣にある黒の国で静養せいようという名の亡命中だ。

 体調が悪いのは妊娠というよりは、毒を盛られたんだろう。

 おっとりとした西羊姉さまは、ウカツなところがあった。

「「あー、お互いロクでもない」」

 どうせ、どの国にとついだって、同じだ。

 絶対安心、安全なんてところはない。

 私たちが安心できるのはお互いがいて、文羊姉様の保護下にいることのできる青の国だけなのだ。

 しょんぼりした私の背を、よしよしと月羊が撫でた。

 琴の得意なその白い細い手は、少しくすぐったい。頬をよせると、昼間に叩き合ったせいか、少し熱をもっていた。

 ぎゅっと抱きつくと、月羊も実は心細かったのか私に手を伸ばした。

 私も月羊も婚姻の話を聞いて不安になっている。

 月羊、、、。

 寂しがり屋で、意地っ張りで、プライドだけは無駄に高い姉。私と離れ離れになってしまったら誰が月羊を温めるというのだろう。冬の寒い夜、抱きしめてくれていた姉がいなくなったら、誰が私を抱きしめてくれるのだろう。

月羊がいないのはダメだ。

横暴で、偉そうだけど、なんだかんだ言って、私はこの双子の片割れの月羊が好きなのだ。


 ――その夜、私は姉と身を寄せ合って眠った。

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