第一章 1 その嫁ぎ先 チェンジで!!

『何か一つ、美しいものを心に飼いなさい』

これは、羊の国、青の女たちに代々伝わる大切な教え。




1、その嫁ぎ先、チェンジで!



「陽羊!」

草原を吹き抜ける風に乗って、双子の姉が私を呼ぶ声が聞こえた。

お気に入りの木陰こかげでお昼寝をしていた私は、体を包む青臭い心地よさに負け、無視を決め込む。

ああ、ここの草は最高。柔らかかったりする反面、ちょっとチクチクする草もあるけど、堅くて冷たい石畳みよりはマシな寝床ねどこだ。二度寝しよう!そうだ!二度寝しよう!

・・・でも、姉はしつこかった。

「陽羊ってば!起きてよ!」

(うるさいなあ。私はもうちょっと寝るんだってば!)

頃は仲春。

暑くもなく、寒くもなく中天から夕刻までがとても気持ちの良い時間。

蛇が出てきたらサスガに嫌だけど、ちっちゃな虫くらいは問題ない。没問題。

だが、この私の態度は姉の逆鱗に触れてしまったらしい。

「てめぇ、起きないなら服にムカデをブッこむぞ」

さっきまでの可愛らしい姉の声が、がらりと変わる。

(ヤバい!ブチ切れる!)

ムカデに噛まれるのは勘弁したいので、私は慌てて飛び起きた。


姉は可憐な容姿や折り目正しいとされる外面の良さを称えられることが多い。

確かに、姉の一重まぶたのやや神経質な顔立ちは、ほっそりとした柳腰にとても良く調和している。艶やかな緑黒の長い髪は、無造作に束ねられているものの、白い肌に映え、なかなかの美人に見えなくはない。まあ、私ほどの美人ではないが。

私は二重のぱっちりおめめ、自慢のゆるい波を打つ髪はふんわりと。身体はというと、16という年齢よりも発育が行き届いた安産型の美少女である。

胸も大きい方だし、母乳も心配ないと思う。

個人的にはウェストが細いのが気になるところだが、5、6人も子どもを産めばいい塩梅になると太鼓判を押されている。

その上、私ときたら血筋はこの国の王女様なのだから、血統・年齢・見目・子作り、全てにおいてパーフェクトな絶世の美女と言って過言はないだろう。

 姉に手を掴まれ、城門へ引きずられるようにシブシブ歩いていると、姉がくるりとこちらを振り向いた。

「陽洋、外にばかり出ているから、日に焼けてしまって、青の国の王女とは思えないようになっているわよ」

まるで、南の朱の国の姫君みたいよ。と、姉は眉をひそめた。

「小麦色の肌も美女の条件よ」

髪に伸ばされた白い手を振り払うと、姉は逆の手で思いっきり私の髪を引っ張った。

「いたあああああああああ!」

「痛いとか叫ばない!ちゃんと私の話を聞きなさいよね。南の国とこの国では違うでしょう?」

蛮族ばんぞくの南の風習を引き合いに出さないで頂戴ちょうだい。あなたはこの国の王女としての自覚がうんぬん。私は貴方の幸せのためにうんぬんと続ける。

全く、ウルサイ姉である。

きっと絶世の美女で才色兼備の私に嫉妬しているのだろう。

「ちょっと!聞いてるの!?」

ヒステリーを馬耳東風でやり過ごしていたら、バレたらしく頬をつねられた。

「もう城門なんだから、おとなしくしてなさいよ!」

「はいはい」

勝手知ったる門番は、私たちの姿にお帰りなさいと頭を下げ、城門を開いた。

重々しく頷いてみせた私は、とりあえず神妙な顔をして場内に足を踏み入れる。





後宮は城内の北奥深く、廟堂の更に奥にある。

床には金糸でかがられた敷物がかれ、四方に置かれたかめには、橙(だいだい)色の山吹が黄金のような花を咲かせている。

「「文羊姉様、ただいま戻りました」」

月羊と一緒に跪いて、後宮の主である文羊叔母様に頭を下げる。

父の妹なので叔母にあたるが、後宮の主であり一族の女の頂点にたつ巫女長でもある文羊叔母様は、みなが敬意を払って『姉』と呼ぶ。ちなみに、80歳の大ババ様も『姉様』と呼ぶ・・・。

「お帰りなさい、外は楽しかった?」

おっとりと、されど優しすぎず、冷たすぎない、文羊姉様の絶妙な声加減。

かつては、青の国随一と謳(うた)われた美貌をほころばせ、明るく光る黄金の目は人を蕩かせる。我が叔母・・・姉ながらまさに年齢不詳の妖である。

伝説の蟲王をたぶらかした悪女ダッキは、きっとこんな感じだったのではないか。

ちなみに「お帰りなさい、外は楽しかった?」を、含みの文まで訳すと

『どこにいってのかしら?勝手に外に出て楽しむなんてこと許されると思ってるのかしら?王女としての自覚に欠けるのではない?』である。文羊姉様が実際にそう言っている訳ではないけど、姉が翻訳してくれたところによるとそうらしい。

怖いなぁ。

これは、変に謝ると余計怒られるような気がする。

だから、

「とても気持ちの良い風が吹いていて、楽しかったです」

と、5歳児程度の切り返しをした。

「あらあら、でもね、護衛の者を困らせてはだめよ」

あー。うー。

さて何ていうべき?。

「あー!もう!さっさと頭を下げなさい」

ゴンっ!月羊に頭を抑えられた私は、思いっきり額を床に打ち付けた。

「いだああああああああああ!」

 痛い!痛すぎる!

 こんのおおおお!

私より数刻早く生まれただけの癖に、こんな風に暴力で妹をねじ伏せるようなことをして許されると思っているのだろうか!?

そんな態度ばかりだと、こちらとて容赦はできない。

 バッチーン バッチ―ン!

私が姉の頬をひっぱたくと、月羊は速攻で私をたたき返した。

負けじと再度応戦する。

 バッチ―ン!バッチ―ン!バッチ―ン!

先に泣いた方が負けである。

 バッチ―ン!バッチ―ン!バッチ―ン!

さっさと泣いてよ、月羊!

痛い!痛い!こんのおおおおおお!

「あらあらあら、仕方のない子たちね」

文羊姉様の楽し気な声。

文羊姉様は、私達の喧嘩を眺めながらひとしきりクスクスと哂った後、少し表情を改めた。

「そろそろ、お話をしたいのだけど」

あ、これはやめないと文羊姉様が怖いことになる雰囲気だ。

私と姉は互いに目配せすると、すごすごと喧嘩けんかをおさめた。

満足げに、文羊姉様が頷く。

「今日二人を呼んだのは、婚姻先が決まったことを伝えるためです。

 月羊は、隣国の緑の国の第一王子に。陽羊は西の黄緑国の第二王子に嫁ぐことになりました」

 その言葉に、私と姉の二人はほっぺたを赤くはらしたまま異口同音に叫んだ。

「「その嫁ぎ先!チェンジで!!」」


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