第4話 怪説・関ヶ原の戦い-風穴

 家康は、悪夢を見ているようだった、いや正夢か。死んだはずだった者が次々に蘇り現れる。真偽とは何か。そのものに疑心暗鬼なり始めていた。

 「さて、余興はここまで、本題に入りますか。秀吉の禁じていた婚姻の斡旋や知行の授与など、五奉行に相談することなく勧めた。その結果、諸大名には有り難られ、

それを批判する三成の評判は下がる一方。何かと壁となっていた仲裁役の前田利家も死去。内部分裂は激しさを増している。その最中に三成未遂事件がおき、その仲裁を家康様が助けられた。権力強化に役立ちましたな。

 家康暗殺計画でもうひと波乱といきたい所を前田利家の妻である、まつ(芳春院)が自ら人質となり不発に終わるが、前田家は徳川家に従う姿勢をみせた。それで、その罪を前田利家を継いだ利長と五奉行の一人でもある浅野長政に取らせ、失脚同然に追い込んだ、うん、これは、収穫でしたな」

 「そうじゃたな、合戦をせずに、事を動かすのは骨が折れるわ」

 「そうで御座いますな。しかし、五大老の二番手の前田家を従わせて、五奉行の弱体化も成し遂げられたゆえ、徒労ではなかった、それで宜しかろう」

 「ああ、しかし、直江兼続とのやりとりでは、つい、感情が昂ぶり力任せに…」

 「ほぉ、反省ですか、成長なされましたな。くくくく。まぁそれが功を制して、もつれることになりましたな。ともかく、何でもいい、三成と対立する大義名分ができればよいのですからか。家康様が三成率いる五奉行に逆らうことで、どの大名が、どちらに就くかを見極めることも出来ましたわ」

 「ああ、かなり武断派の諸大名は、溜飲が下がっておるじゃろう。五奉行の中には恐れをなした者も出てきておる。そなたの指示の通り、その者には隠密に我が方へ就くよう働きは掛けた結果、内通者になった者もおるわ」

 「それは、宜しゅう御座いましたな。しかし、上杉家への攻撃に目を囚われ過ぎ、

手薄になった大坂城を攻められ、人質まで取られ、無念にも鳥居元忠様のお命を奪う結果となったのは、私目の読みの甘さが…本に悔やまれまする」

 「自分を責めるでない。私とて油断したのは、悔いておる。小山評定に於いては元忠の死は、諸大名の意思を固めた。そのことを元忠の墓に知らせるつもりじゃ」

 「私も、元忠様の霊が安らかになられるよう、朝夕、経を唱えておきまする」

 「頼んだぞ」


 天海と家康は、戦いのために密かに地盤固めに努めていた。三成側で裏切り行為に走る可能性のある者をあらゆる角度から検討し、隙あらば、その弱点を攻め立てた。その一人が、黒田長政だった。幼少時の恩義では収まらない戦闘に勝つ知略でなく、行政手腕を側近として選んだ秀吉の決断。そこで、選ばれたのが三成だった。

 「長政はまさに、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ですかな」

 「坊主はそなたではないか」

 「そうでしたな」

 「長政は、三成の朝鮮出兵に無謀さを唱えた。わしへの支持というより、三成への反目として、我らを選んだのだ」

 「それだけですかな。家康様優位、自分を活かせる場として選んだのでしょう」

 「それは適ったな。長政の裏工作あっての小山評定だったゆえにな」

 「才能のある者は、凡人では気づかない利点や欠点を見抜くものです」

 家康は褒めてもらいたい気持ちを抑えて、天海に問うた。

 「そうだな、それなら家臣が愕然とした江戸の土地についてはどうじゃ」

 「家臣は、落胆した。家康様は、如何に活かすかを考えられた。その違いですよ。諦めてはその先を見ることも思うこともできませぬ。湿地帯は水に恵まれている。しかし、土地は軟弱。山を削り、その土で地盤を固め、新たに水路を決められた。そのために現地に幾度も伺われ、調べられ、今の江戸を作られた。良き所、悪き所を整理なされた結果かと、如何ですかな。人とて同じこと。その者を思い、どう活かすか、どう活かせられるか、で御座います」

 「どう活かすか、活かせられるか…か」

 「水路を作られる際、無理に道筋を変えれば、また氾濫致しましょう。進みたい道を見極め、進めたい道に導くことが大事なのです」

 「導く…か」

 「そうで御座います。無理を通せば道理は引っ込むと申しましょう。押しつけは必ずや亀裂を生みまする。無用の長物も思いを馳せれば、宝の山になるやも。要は、どう見るか、どう見立てるか、で御座いますよ」

 「天海殿と話していると、不思議と落ち着き、思いがまとまる。戦略、知略に長ける者は多けれど武士であるゆえ、心を許せるかと言えば…悲しきことよな。それに引き換え、天海殿は、世を捨てた身。俗世間の戯言に無縁と思えば、心が許せまする」

 「有難いですな。そう申して頂くと。しかし、世捨て人はないでしょう。寧ろ、平安の世に尽力したいと願っておりまする」

 「それは、私とて同じことよ。戦乱の世はもうよい。老い先短いこの身を、命の駆け引きなどに使いとうはないわ」

 「そうで御座いますな。その思いは、この身を持って経験しておりまする。家康様には、一日も早く、天下泰平を実現して頂かねば、この天海も老い先が短こう御座いますからな」

 家康は、天海と過ごすことで、ひと時の安らぎを感じていた。

 「天下泰平のためにも、天下統一を勧めませんとな」

 「意地悪ですな天海殿。折角の現実逃避を、覚まさせるとは」

 「心情調査を繰り返し、その風穴を利用して、西軍の中にも、協力者が出ておりまする。さらに、ひと押しもふた押しも、念を押す必要がありまする」

 「そうじゃな、まだ、寝返るかの確信が持てぬ」

 「その確信の真偽を現場で見極めたく存じます」

 「どう言うことかな」

 「今一度、戦場にこの身を置こうかと。つきましては、お願いが御座いまする」

 「何だ、軍勢でも用意せよと言うのか」

 「ご冗談を。血眼臭いやり取りは、仮にも仏門に身を置く者としてご勘弁を」

 「では、何を願う」

 「戦場にお供させて頂きたいのです。次なる戦は、即時即答、臨機応変に対応せねばならないものと存じます。家康様は、どーんと構えているかと思えば、武田信玄のときのように、馬鹿にされたと、興奮し、まんまと信玄の罠に引っかかり、命を危険にさらされる。それを、安泰な場所で心配するのは、この身が引き裂かれる思いで御座います。ならば、秀吉亡き今なら、家康様の身近でお役にたちとう御座いまする」

 「言いたいことを言い寄って。しかし、天海殿さへ、良ければ、寧ろ、私のほうがお願いしたきこと。その願い、この家康、ありがたく、承知致しまする」

 「有り難き幸せ。久々の戦の場。血が騒ぎます。知略を武器として半蔵らと共に、家康様をお支え致しまする」

 後に、関ヶ原の戦いの絵図に天海のような人物が描かれている。影に身を投じていた明智光秀は、武将たちが名を残す戦を見て、陽のあたる場所への願望が、そうさせたものに、ほかならなかった。

 天海は、家康に人心掌握の術を伝えた。

 一、戦の大義名分を身近なものと思わせよ。

   この戦は、自らに火の粉が降りかかってきたものではなく、一見他人事の

   ように思え、静観の恐れもある。その心を動かすには、自らに当てはめ

   させること。評価への不満。命を賭ける者と高座から見るだけの者との

   違いを訴えること。立場の違いを明確に打ち出し、自らの問題とすり替

   えて行く。これにより、後の寝返りを防止すること。

 一、応援要請は、支持ではなく、願望とせよ。

   支持されたでは不満も出る。また、寝返ることも考えられる。飽くまでも、

   自分の意思で参戦する。勝利は自らの糧となると思わせる語彙を用いること。

 一、先方の近信事情を組み入れよ。

   密偵による家族や、藩、領内など気になる事柄を選び、文中に書き足すこと。

   いつも、気にかけている事を訴え、親近感を植え付けること。

 一、成功報酬は、曖昧にせよ。

   報酬は、先方の存在価値を表すものとなり、不満の火種にも成り兼ねない。

   あくまでも、希望の内容に止めよ。参戦を決めかねている者への切り札と

   して温存すること。

以上のことを、天海は、家康に説いた。

 家康は、出陣間近まで、天海と取り決めた内容を踏まえ、各地の武将や大名に協力要請の文を書き続けた。文のやり取りで、大まかな軍勢が把握できた。せっせと文を書き続けて、早一ヶ月ほどを費やしていた。


 戦いに当たって、石田三成を誘い出さなければならなかった。大坂城に篭城されては、勝ち目が薄い。そこで、家康は、あえて「大坂を焼野原にしてやるは」という内容を三成に送りつけた。

 「さぁ、準備は整い申した、皆の者、いざ、出陣じゃ」

 「家康の奴、そうはさせるか、むしろ、返り討ちにしてやる」

 三成は大谷吉継と相談し、関ヶ原近くにある、大垣城に戦いの場を構えた。

 「ここなら、山の上から、来る東軍が一望出来る。ここに陣取るは、西軍の勝利を揺るぎないものにしたわ」

 三成は知略で先陣をきり、圧倒的優位な位置取りを得たことで、勝利を確信した。

 「家康破れたり。うわははははは」

 三成は、天守閣から城下を見ながら、高笑いを抑えきないでいた。

 一方、家康は、軍勢を二分した。

 ひとつは、東海道から西に向かうもの。ひとつは、徳川家の後継者である秀忠率いる軍勢を、中仙道の山間を通り西に向かわせるものだった。

 「秀忠殿、途中に、徳川家を裏切り、西軍に就いた真田昌幸、幸村のいる上田城が御座いますな」

 「我が軍は三万八千、真田軍は二千とされておるな」

 「左様で御座います」

 「父への手土産に真田軍を討ち落としてやるか。者共、真田軍を討ち落とし、我ら軍勢の力を見せつけようぞ」

 秀忠軍は、多勢に無勢の圧倒的有利さを根拠に、真田軍に戦いを挑んだ。

 「ええい、何を手間取っておる」

 名将、真田昌幸の防戦に大苦戦し、朗報を勝ち取るどころか時間を食いつぶす嵌めに陥った。

 「昌幸めが籠城を決め込み、防戦一方。狭所での戦をしいやられ、大軍を送り込めぬ有様で御座いまする」

 「昌幸のやつめー、強行突破じゃ、突破せい」

 「いやお待ちくだされ。それでは、我が軍の不利は拭えませぬ。悪戯に兵力を失えば、それこそ、家康様のお怒りを買うことになりまするぞ」

 「では、どうせよと申す。引くに引けぬではないか」

 「ここは、一旦、引き上げ、関ヶ原へと進軍致しましょう。敵の兵力を衰えさせたのは事実。ここは、それで良しと致しませぬか」

 「それでは、仕掛けた秀忠が笑いものになるではないか」

 「目的をお忘れか。我が軍の目的は、関ヶ原で三成の西軍に勝つこと。殿、目的を見失わないよう、重ねて、重ねて、お願い申しまする」

 「殿、ご決断を」

 「うぅぅぅ…」

 「殿、このままでは、東軍の合流に間に合いませぬ。先を急ぎませぬと」

 「えええい、何を言うか、戦いを挑んでおいて、引き下がれと申すのか…。有利な立場にあって討ち落とせなかった。恥以外の何物でもないは…。どのツラ下げて、合流せよと言うのじゃ、攻めろ、攻め落とせー」

 秀忠軍は、大いに揉め、屈辱と焦燥感の袋小路の渦に巻き込まれていった。

 「殿、真田幸村らが攻めてまいります」

 昌幸との攻防戦に気を取られている内に、幸村軍に背後を突かれたのだった。

 「幸村とな…」

 「上田城に兵を出し、この場は手薄かと。ここは、撤退を」

 「敵に背を向けよと、愚かなことを。ええええい、離せー」

 「御免、お許しくだされ」

 家臣たちは、闘志を剥き出しにする秀忠を無理に馬に乗せ、鞭打ち、撤退させた。

  家康は、秀忠の真田軍、襲撃を知り、激怒した。

 「秀忠のやつ、何をしておる。真田軍など、捨て置けー、さっさと、進軍せよ。そう、伝えー」

 直様、家康は秀忠に使者を送った。しかし、時は、大雨。思うように使者は動けず、遅れに、遅れた。

 「徳川の大将でありながら何たる失態、腸が煮えたぎるわ」

  家康にとって、秀忠の行いは、大誤算だった。


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