Ep.12ー5 星降る聖夜に約束を

 確かに雪でも降りそうなほど寒かった。


防護膜シールド張る?」


 少しは寒気が防げるだろう、と申しでればディアンはいい、と首を振る。


「お前も魔力をこんなところで使わなくていい。それにすぐに温まる」


 そう言って、リディアと手を繋いで家族の元へと歩んでいく。


 みんながディアンを見つめて、期待している顔をしている。


 ディアンは、それより少し離れたところで足を止める。彼の魔力が高まり、空気の中で澄んだ音を立てる。


 そして、地面が揺れる。微かな振動のあと、いきなり地面が割れて芽をだして成長し始めたのは一本の木だった。


(まさか……)


 にょきにょきと幹をのばし、そして枝を広げ、さらに葉をしげらせる。三角錐の形に揃えられていくそれは――間違いなく、もみの木だった。


「先輩……」

「もみの木祭りだろ、もみの木がなきゃ意味がねーって」


 言われたんだよ。


 そうつぶやいたディアンの口ぶりは苦い。けれど顔は苦笑を浮かべていた。


「ディアン、いつもありがとうね」


 お母様がディアンに手を合わせて弾んだ声で礼を言う。それに気まずそうにディアンは頷いて目をそらす。たしか、十年ぶりの帰省だと言っていた。彼は今日、二十七歳になった。


 魔法師団に入って団長になってから、帰っていない。もしかしたらこの祭日当日にも帰っていないのかもしれない。


 なのに“いつも”。けれど母親のその口ぶりには嫌みがない。


 本当に嬉しがっている。


「素直じゃないの。馬鹿よね、ほんと」


 カロリーヌが呟く。ホントだ。ディアンは照れていて、それで両親に申し訳なさと気まずさも覚えているのに、何もいえない。


「それで。飾りはどうするの?」


 姉に言われて、ディアンはツリーをくいと見上げた。その手をリディアは引っ張る。


「ディアン先輩。私にやらせて」


 彼と、それから皆が見守る中リディアは空を見上げて口端に言葉を載せた。


 空から雪の結晶が降りてくる。それらはもみの木の上だけ。きらきらきらきらと。月光が反射して煌めいているのに、そのあと木々には白い雪が静かに積もる。


「きれいね」


 ロゼッタは夫と手をつなぎ、カロリーヌが静かに呟く。そしてディアンがそこにオーロラを被せる。前にリディアの誕生祝いで、団長のディアンが与えてくれたものと同じものだった。


 皆が見とれる中、ディアンがリディアにだけ聞こえる小さな声で呟いた。


「俺が、お前を連れてこなかったのは――別に嫌だったわけじゃなくて」


 ずっと躊躇い、何かを言いたそうで、でも言葉にできない何かを感じていた。

 その手からぬくもりが伝わってくる。


「――俺の家が、すごく遠いのはわかっただろ」


 唐突な話題転換、それでもどこかでつながっているのだろうと黙って聞いていた。


「それは俺が魔法を使えたからで。母親は少し魔力があるが、両親は駆け落ちしてきたから何もわからない。街には魔法を見たこともない奴らばかりで――だから俺の家族はこの地に、誰もいないここに引っ越してきた」


 ディアンほどの魔力、それはとてつもないもので。本格的な魔法を使っていなくても、その力を恐れた人たちがいたのかもしれない。


 それを厭うわけではなく、ディアンの家族は、彼を守るために、それらから引きはがした。


「家に誰かを連れてきたのは、初めてだ」


 彼の手をリディアはぎゅっと握りしめた。ディアンほどモテるならば、もしかして挨拶に連れてくる女性がいたかもしれない。


 でも、それはないと告げてくれた。この素朴で温かい人たち、それをディアンは大事にしていて、だからこそその仲間に入れるのは特別な相手でなければ、駄目だったのだ。

 それに選んでくれたのが、嬉しい。そこまで行きつけたのが嬉しい。


「別に、お前を連れていくことに迷ってたわけじゃない」


 彼は先ほどと同じ言葉を、繰り返す。リディアの考えたことは勘違いだ、と訂正する。


「お前を連れてくる前に、段取りを踏みたかった。普通は女のお前の家に挨拶をするのが先で、――そちらに連絡をしたし、会いにも行った」

「え?」


 リディアの両親は、別れていて、しかも父とも母ともリディアとの仲は断絶していて二度と会わないといわれている。自分の出身国であるシルビアから抜け出た身では、もう二度と両親とも会わないとリディア自身決めていた。


「だが、お前と共に、せめて俺だけでもと挨拶に行くことさえ断られた――それを言いたくなかった」


 リディアはディアンの手を握り締めたまま、顔を凝視した。穴が開くほど見つめる、というのはこういうことかと思った。キラキラ輝くもみの木が視界に入っていたけれど、それには全然もう意識が向かなかった。


 勝手に行ったことを普通は怒るのだろうか。それとも両親に拒絶されたことを突きつけられて泣くべきだろうか。


 どちらでもなかった。わかっていた、という感情が胸を占めて、虚ろなものが通り抜けて、それからディアンの憂鬱な表情の意味が分かって。


 なんとなく、彼を抱きしめたくなった。


「……先輩」

「もう、“先輩”じゃない」


 ディアンが断言する。そしてリディアの腕を引き寄せ抱きしめる。


「俺の家族はあんな感じで、もし嫌じゃなかったら――お前も家族にならないか」


 家族がみているのに、抱きしめられている。けれど振り払うことはできなかった。ディアンが、左手に指を絡ませて、それから上に持ち上げる。


 自分の手を絡ませたままリディアの指に唇を寄せる。そこには、彼がくれた指輪がある。


「いや。俺と、家族を作ってくれ」

「せん……」


 そう言いかけて、口度再度開き直す。


「……ディアン」


 全然慣れない。そこに“先輩”を、つけないだけなのに。それでも、いつか家族になればつけない日が来るのだろうか。


「うん。――家族を、作ろう」


 きっと、呼び慣れる日は来る。その時はもう家族だ。


「誕生日おめでとう。――ディアン」

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