Ep.12ー4 星降る聖夜に約束を
夕食は和やか、というよりもにぎやかなものだった。
ディアンのお姉さまのカロリーヌ夫妻が到着し、お母様のロゼッタの夫もすぐに帰ってきた。郵便局の局長をしているらしい。筋肉が発達して、第三師団の団長のワレリーほどではないが、立派な体格をしている。
食事は、マスの塩漬け、七面鳥のロースト、豚肉の照り焼きグレビーソースがけにマッシュポテト、兎肉のカスレ、ガレット、チョコレートタルト、もはや食べきれない。
ここは林檎が名産らしく、林檎の蒸留酒や発泡酒を勧められたがリディアは飲めなくて、代わりに林檎のジュースを貰う。
酔わなくても十分楽しかった。
リディアとディアンの関係を聞きだすわけでもなく、自然に家族のようなお友達のような感じで迎え入れてくれて、シルビスのことにも触れない。
「先輩、どのくらい帰ってなかったの?」
「……十年」
こそりと隣のディアンに聞けば、小さな声で返ってくる。その目は気まずそうでもなく、ただ淡々と懐かしがっているような、いつの間にか力が抜けているものだった。
あれだけ、ディアンに強気な態度でいたカロリーヌもその後は絡む様子もなく、夜も遅くなりリディアはディアンと二人、居間から退出を申し出て寝室への階段を上がっていた。
けれど途中で「あ」とディアンが呟く。そして慌てたように、手すりにつかまり階下へ叫ぶ。
「――部屋、どうすんだよ」
「何言ってるの。一緒に決まってるでしょ」
「っ、無理に決まってるだろ!」
「何言ってるの。余ってる部屋はないし、付き合ってるのだからいいでしょ?」
ディアンが絶句して、空を仰いだ。母親は心底わからないという顔だし、ディアンはため息をついているし。
リディアは、ディアンの袖を引いた。
「ディアン先輩。えーと、どうしたの」
「どうもこうも」
そしてディアンが開いたドアの向こうは、小さな部屋だった。小さなと言ってしまえば失礼かもしれない。標準的な部屋。ただし、ベッドはシングルで、その横には勉強机。それで部屋の空間はいっぱいいっぱい。
このぐらいの規模の農家にしてみれば、子どもに個室を与えられるだけマシだろう。ディアンが腕を組んで部屋のドアの前で佇んでいる。
「ああ。リディアちゃん、お風呂沸いているからどうぞ」
階下できこえてきた声に、慌ててリディアは返事をした。
***
確かにあの部屋は、団長として長い間ホテルのスィートルーム並みの部屋で暮らしてきたディアンにとっては仰天するぐらい狭い。そしてあのベッドにリディアが入る隙間はない。
(ううん、あるのかな?)
成人男性が足を伸ばせば限界のベッド。清潔だから、旅人用のモーテルよりはマシだろう。
それに彼が昔使っていた部屋だし。
リディアは髪と身体を洗って、持ってきた膝まで隠れる一枚のワンピースに着替えて、そこにカーディガンを羽織る。
「お風呂頂きました――」
そしてディアンの部屋に戻ると、相変わらず彼は逡巡しているようにベッドに腰をかけていた。
「先輩?」
「ああ」
横に座ると、彼の手が伸びてきてリディアの湿った髪に触れ掻きまわす。
「まだ、乾いてないな」
「うん――」
返事が終わる前に、彼の手がリディアの肩を掴んで、そのまま引き寄せ唇を重ねる。
そのままベッドに二人で倒れこむ。確かにベッドは小さい、少年のディアンの使っていたもので彼だけでも足を伸ばすのも大変そう。
けれどディアンの腕の中に潜り込んでしっかりひっつけば、小柄なリディアならばなんとかなりそう。
ディアンがリディアの髪に鼻をうずめて匂いを嗅ぐ。
「先輩……」
リディアは、その後頭部に手を触れて、まだ頭をうずめているままの耳に囁く。
「……するの?」
ディアンが「しねえよ」と呟いた。でも、その、……反応、してるよね。
けれどディアンはその間のあと、顔をあげてリディアの頬を撫でた。皮肉気な顔だった。
「……お前が声を出さないならな」
からかうような声音と、反応している下肢。
「それなら先輩が“動かなきゃ”いいじゃん」
ディアンが頭をのけぞらせて口を閉ざす。
「お前、悪魔か」
そして、ディアンがリディアの上から身体をどかす。
よく、我慢できたね。いつもならばそのまま問答無用でなだれ込むのに。
(少し、残念のような、って)
静寂に包まれたこの家のなかで、そんな気配を微塵でも出そうものなら!! 恐ろしすぎるっ。二度と顔みせできません。というか、明日、部屋からでれません。
その時、今度は外から声が響いた。
「リディアちゃん、ディアン!!」
その声はお母様のロゼッタのもの。
「リディアさん! ついでにディアン」
その声はお姉さまのもの。
慌ててリディアが窓の方に駆け寄ると、窓の下で、ディアンの家族が手を振っていた。
「ディアン、またお願い!」
お母様が、口に両手をあてて階下から叫ぶ。全員が手を振っていて、いつもならば舌打ちをするディアンが肩を下ろして。
それでも嫌そうな顔をせずに、リディアを見つめる。
「ちょっと……いいか」
「いいよ」
即答したリディアの手を引いて、それからくるりと回ってコート掛けに戻る。
「下は寒い。ちゃんと防寒しとけ」
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