聖夜までのカウントダウン 後(おまけ)
――あれから三時間後だった、捜索隊がここに来たのは。
ちょ、っと、遅いよね。
ディックは憮然としていた。
すぐに信号は気づいたが、ガロがしばらく待機、と命じたと。
噛みつくように苦情を言うディックにガロは「今邪魔したら、俺らの方が殺されるだろ」と。
着衣を全部燃やしてしまったリディアは、ディアンのちぎれかけて血だらけの法衣に包まっていたが、その下は裸体だ。
寒い。
震えるリディアは、なぜか上半身裸でズボンだけで平然としているディアンに抱き込まれていた。恥ずかしいなら、隠れてればいいだろと、ぎゅっと頭を抑え込まれていた。
彼の胸に顔をうずめて心で叫ぶ。
別に、わざと裸になったわけじゃないの!!
誰か、その理由を聞いてほしい。
治療してたの! 服は燃やしたの!
不埒なことはしてませんとは言えないけど、でもでもでも!
しかもこの人、なんで雪山で上半身裸で平気なの!?
しれっと堂々とした態度で筋肉をさらして、悪びれもせず、片手でディックにマフラーを「これ返す」と突っ返すから、ディックが激怒した。
「そのだらしねぇ下半身、凍って、もげちまえ!」
そしてリディアの首に、そのマフラーをかけてくる。
ディアンが、それに手をかけて外してくる。
「それ見てると、イラっとすんだよ」
ディアンの言葉にディックが返す。
「それは、俺の台詞だっ!」
リディアは固まった。
そっとディアンの腕を押し返し、離れる。
「リディア?」
「えーと、なんでもない」
「お前のなんでもないは、なんでもある、だ」
くるっと振り向いて、法衣にくるまり、もう寒くないから平気、と。
ディアンの伸ばした腕からは、頑なに距離を取り離れる。
「あ!」とディックが叫ぶからリディアは、首を振ってぶんぶんと押しとどめる。
言わないで、言わないで!!
それ、なかったことにするから。
「そーいやリディア。お前、マフラーは編み終わったのか?」
ガロが聞いてきたのは、悪気がないとは思えなかった。
ディアンが黙り、ディックが頭を抱えた。
「気にしないで!! 別のにするから!」
「……リディア」
「今のも何もかも、聞かなかったことにして!!」
ディアンに編んだマフラー。完成させたけど、やっぱこういうのって重いよね。鉄アレイだよね。
すん、って鼻が鳴ったのは、ただ寒いからだ。
「――リディア、ありがとな」
ディアンが後ろから頭を撫でるように叩いて通り過ぎた。
何かを言う前に、ディックが仕方ねーなという顔で肩をすくめた。
「――きれーにドラゴンの原型をとどめて殺したなあ。これならたっかく売れんだろ」
洞窟の中の氷漬けのドラゴンを見て、ガロが感嘆する。
このところ王宮に財政難をチラつかせられてたのも、一気に解決だなと。
ガロがカラカラと笑った。
***
輸送車に乗る際に、ディックが「あ、そうだ」と言って差し出してきたのは、彼のジャケット。いわゆる戦闘服の上衣だった。
ごわついているし、でかいし、素肌に着るものじゃない。
でもリディアはありがたくそれを借りることにした。
「装備は?」
「そのまんまでいーよ。何かで爆発するってのはねーから」
ジャケットについたままの装備をどうするか尋ねると、ディックはあっさりと答えた。
標準装備が基本だけど、彼くらいになると武器の類は本人の好みに任せられている。
そんなディックの戦闘服には何が付いているかわからないという不安よりも、身を守るすべがないっていうのは彼にとって、裸でいるようなもので落ち着かないだろうから。
(ていうか、裸なのは私だけどね!)
ボディスーツ着用時は、下着類をつけない。それを燃やしてしまった。
ディアンの法衣のしたは素っ裸で、ショーツがないので、あそこがスース―して落ち着きません!
でも、そんな気持ちは当人にしかわからないよね。
「――別にこのままでいいだろう」
差し出されたディックの上着を羽織ると、不満顔のディアン。
ディックは鼻で笑ってディアンの血が固まってバリバリしている法衣をリディアから奪うと、突っ返すだけだった。
「先輩、ありがとね」
もう寒いから、言い争う二人を残して、輸送車に乗って固いスチール製のベンチに座って、膝を抱える。
大きなディックのジャケットは両膝を入れることができたが、ずり上がると大事なところも見えちゃうから、できるだけ服を引っ張り下ろす。
不満顔のままのディアンが最後に乗り込むと、輸送車は動き出した。
氷河さえもガリガリ削って進んでいく輸送車だけど、内部は快適とはいえない。
戦車を運ぶためのものだ。
医療用キットから出した熱の放散を防ぐキラキラのアルミホイルのようなものに包まれていても、あんまり役には立ってない。
ヒーターなんてついていなくて、震えるリディアに防弾仕様の仕切り越しに助手席からガロがふりかえる。
「ディック、お前リディアをなんとかしてやれ」
「――なんとか?」
いぶかしげな彼に、やれやれと恐らく任務が終了してどこか緩んだ気配でガロは示す。
「グレイスランドまで三時間。基地まで五時間。このままじゃその子は凍死、もしくは凍傷だ。熱源を互いに分け合うのは基本だろ」
「待て。それをするのは俺だろ」
ディアンがなんでガロがそれを言い出すのかわからないという顔でするどく突っ込むと、ガロが「まあなんでもいいですがね」と付け加える。
「アンタの装備はボロボロだし、包み込む熱源にはディックのほうがいいでしょ。二人は子供のころから子犬のみたいに転げまわってたんだから。アンタがまた妙な気分になられちゃ、こっちも迷惑なんでね」
「いや、それおかしいだろ!!」
ボスに怒鳴られてもガロは平然としている。それどころか勘弁してくださいよ、という顔。まあそうじゃなきゃ副官なんてやってられないよね。
「こいつが法衣を俺に貸せばいいんだろ!」
「――ヤダね、あんた何言ってんだよ」
ディアンがディックを指さすと、ディックは嫌そうに答える。
法衣は自分専用。それが基本。まあすべての装備がそうなんだけど。
「ディックだって、鉄の自制心ぐらいあんでしょ」
ガロは一言付け加えて、前を向いて話を終わりにした。
ガロの最後の念押しに、ディックとなぜかディアンまでも黙り込む。
変な沈黙のあと、ガタガタ震えるリディアをディックが見る。
「えーとリデイ。俺の法衣貸そうか。いや、こっち来ても……俺は全然かまわねーんだけど」
「俺は構う」
ディアンの言葉にも、ディックの困って眉の下げた顔にも、リディアは首を振った。
「もう無理」
そしてリディアは、氷のように冷えた体をディックの差し出しされた懐の中へと突進させた。反射的にリディアを迎え入れたディック。
ディックの法衣の中は、めっちゃ温かい。リディアは彼の固くて強張ったままの胸に頬を押し当てて、冷えきった手もそのお腹にあててカイロ代わりにする。
しばらくすると、ディックが大きく息を吐いて、肩の力を抜く。
リディアの背中に支えるようにディックが手を当てたのを感じたころ、リディアは緊張を解いて、意識は夢の中へと落ちていった。
――規則正しく呼吸をする懐の中の存在に、ディックは強張っていた肩の力を抜く。
潜入捜査で、存在を気づかれそうになった時に息をひそめていた時を思いだせ、となぜか自分に言い聞かせていた。
「なんで、こいつはこんな時に眠れるんだ」
「アンタと違って、俺だと安心すんじゃねーの」
ディックはそう返して、顔をしかめた。ディアンのせせら笑いに顔をそむけた。
安心できる存在、そう努めてきたが、つまりリディアにとってはそういうことだと自分で宣言してしまったようなもの。
でも、リディアも自分も子供時代を終えてからは、こういう密着はさけていたのだ。互いに暗黙の了解のうちにそうなった。
壁に寄りかかり、リディアを支えなおす。胸が枕になるようにして、法衣を直して顔を出しやって肩にかけなおす。
「鉄の自制心……」
ぼそっと呟き、それを念押しするディアンにディックは無言で答えた。
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