Ep. 9 - 5 聖夜までのカウントダウン

「リディア……」


 いつの間に意識を途切せらていたのだろう、

 耳元で呼ばれる声に目を開けた。


「……リディア」


 ゆっくり身を起こすと、目の前には澄んだようにきれいな黒い瞳があった。雪が止んだのか岩の合間から覗く朝の日の光が、彼の頬を半分照らしていた。


「先輩……」

「おまえ……俺は」


 いくら頭の回転の速いディアンでも、すぐには認識できなかったようだ。

 瞳の色に彼の生気を感じ取り、リディアは泣き笑いを浮かべた。


「――先輩。誕生日、おめでとう」

「……」


 事態をまだ呑み込めないディアンの顔に笑う。彼が生きていてくれることが、たまらなく嬉しい。


 彼の額にかかる汗で湿っている前髪が好き。そこから覗く切れ長の目も、長くて黒いまつ毛も好き。


 まだ瞬いている瞳をリディアは至近距離で見下ろし、それが、どんどんぼやけてきて…止まらなかった。


「先輩が、この日に生まれてきてくれたこと……生きていることが、すごく嬉しい」

「は……」


 目から零れるものが熱くて、隠そうにもディアンの顔は真下にあって隠せなくて。


「嘘なの。いつでも覚悟していたなんて嘘。先輩がいなくなったら、死んだらいや」


 喉に嗚咽がつまる……顔を両手で押さえる。

 掠れがちな声は顔を手で覆ってしまったせいで、きっと聞き取りにくかったと思うけれど。


「ありがとう、先輩、いまここにいてくれて。私と、出会ってくれて……ありがとう」

「……リディア」


 長い年月をかけて、自分を支えてくれて守ってくれたあなたに。


 どれほど感謝しているか、伝えたかった。


「リディア」


 もう一度、ディアンがリディアの名を呼ぶ。


 ゆるゆると持ち上げられた腕が、リディアの手をしっかりと掴む。それは思っていたより力強かった。腕を外されて視界に彼が映る。


 見下ろした顔は、穏やかで優しい目をしていた。


「先輩……私、いっぱいプレゼント考えたの」

「……」

「考えて考えて……色々用意したけど……全部家に忘れてきちゃった」

「……あぁ」


 急かすわけでもなく、ただリディアの言葉を聞いているディアン。脇に置いておいた、ディックのマフラーを首にかけてリボン結びをする。


「だから。私がプレゼント……でもいい?」


 彼の切れ長の黒い瞳が穏やかな光を受けて、リディアを見上げている。


「貰ってくれる?」


 ディアンが目を見開いたままリディアをじっと見る。


 ……何か言ってほしい。

 言葉が出てこないのかな。


 そんな風に思って不安になるころ、ようやくディアンは口を開いた。


「――で。だからお前は、裸で俺の上に乗ってるのか?」


 大胆で臆面もなく言われた言葉に、リディアは顔をゆがめ声を詰まらせた。


「なっ、べ、別にそのためじゃ」

「――食っていいのか?」


 挑戦的にからかう声に、リディアは焦って降りようとする。


 この人、なんで元気なの?


「……あの、これは治療のためで。それに先輩、まだ病み上がりで――」


 ディアンの目はいつものように偉そうだ。人を従わせて、どうなんだ、と言わせる無言の圧力。


「お前は、俺へのプレゼント、なんだろ?」


 どうしてこの人はこうなんだろ。

 いつだって譲らない、自分の思う通りにしないと気が済まない。


「返事は?」


 壁際に追いつめられたウサギのような気分になる。彼はリディアの腕をしっかりと掴む。


「ど、どくから」


 もぞもぞと動いて、自由な手を彼のお腹の上に置いてどこうとしたら、もう片方の腕も掴まれた。


「あ。あの」

「……」


 めっちゃ拘束されています。

 細めた目が促す。イエスしかないぞ、と言っている。


 見つめ合いに負けたのはリディアだ。


「た……」

「――た?」


「……食べてください」


 彼の口角があがる、満足げな顔にリディアは泣き笑いを浮かべる。さっきまで死にかけていたのに、ほんとに元気だね。


 ようやく腕を離すかと思えば、ぐいっと引き寄せる。前に倒れ掛かると、逃げ出せないように後頭部を当然のように引き寄せよる腕。


 口づけの直前に、リディアは最後の抵抗で軽く彼の胸を押し、ディアンを見つめ返す。


「でも、私が上だよ」


 ディアンがわずかに黙り、それから口を開く。


「……俺は、上を取られるのが嫌いだ」

「病み上がりだから、ダメ」


 ディアンの目が驚きで瞬く、そんなリディアは初めてだっただろうから。


「いつでも私をあげる。……でも。今日は、私が貰うよ」

「……リディア?」

「私、先輩を見つけたでしょ? だから、ご褒美を頂戴」


 ディアンの素肌に手を滑らせる。


 温かな肌、胸の奥は生きている音がする。

 彼への印をつけるのは止めていた。けれど、今日だけは、彼をリディアのものにしたかった。


「印、つけたい。私のモノにしたい」

「――いいぜ。やるよ」


 苦笑して穏やかに答えたディアン。


 リディアはその言葉と共にこみ上げてきた思いを込めるように、ディアンに覆いかぶさり唇を求めた。


「好きにしろ。お前が満足するまで」


 気だるそうな瞳を挑戦的に輝かせて。


「ただ一つ」


 ディアンが付け加える。


「名前で呼べよ」


 リディアは笑う。落ちてきた金髪は光を受けて輝いていた。邪魔なそれをかき上げて、首元で払い流す。


 そして、彼の胸に両手を置いて、のぞき込む。


「ディアン。誕生日おめでとう。――生まれてきてくれてありがとう」


 いまここに。

 あなたがいる。

 

 それだけで私にとっては奇跡。




 *このあとの+αは、ムーンライトノベルさんに軽いものを載せる予定です。

年齢にお気をつけて、もしよかったら遊びに来てくださいませ。

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