Ep. 9 - 3 聖夜までのカウントダウン
「ここか、戦闘があったのは……」
副団長のガロが周囲を見渡す。
「はっ。最後に団長を見かけたのはドラゴンが咆哮を上げて、雪崩が起きる寸前で」
団員の説明に皆が周囲を魔力で探索する。
「ドラゴンの魔力は消えたのですが、……団長の魔力も途絶えてしまい……」
ドラゴンは吹雪を呼ぶスノウドラゴンだったという。ドラゴンの存在よりも、激しい雪に視界が閉ざされ、ディアンが撤退を一度命じた直後に、雪崩を起こされたという。
ドラゴンが爪を振り上げ、逃げ遅れた団員をディアンが庇い、雪崩が収まった後には、彼だけがいなかったという。
ただ、飛んでいくドラゴンを見たという証言もある。
「ただで済ませる人じゃねーからな。ドラゴンを道連れにするか、それを追いかけたか。いずれにしろ、ここにはいそうもねぇなあ」
顎をさすり何とも言えない調子で歴戦の戦士のガロにそう言われると、あまり深刻な事態には思えなくなってくる。
「リディ、どうだ?」
続いてディックが聞いてくる。
この山は独特な場所だった。ドラゴンのせいかもしれないが、魔力が乱反射して、存在が惑わされる。
「ディアン先輩や、ドラゴンぐらいの魔力の大きさならば、感知できないはずないのだけど」
「そうなるとわざと隠しているのかもしれんな」
「ドラゴンにばれないためか、魔力を潜めて余計な消耗を避けてるのか」
魔力を放つのは消耗する。吹雪が収まるのを待っているだけならいいが、負傷して動けなくなっている可能性もある。
リディアは嫌な予感に、こぶしを握り締める。
今回は十五名ほどの編成だった。吹雪がやめば大規模な捜索を行う予定だが、あまり大勢だと探しに来た団員のほうが行方不明になる可能性がある。だから体力があり魔力探知に優れ、かつドラゴンにも負けない精鋭が選ばれた。
リディアは魔力の探知に一番優れているというので、連れてこられた。でも言われなくても意地でもついてくるつもりだった。
『――情報管制室から、チームDへ』
入ってきた通信をガロがスピーカーにする。その声の主は、あの美女だった。
「こちらチームD、どうぞ」
『衛星写真では、最後にドラゴンの影が北東方向に飛んでいくのが写ってるの。その消失地点を送るわ』
ガロが、タブレット画面の山の地図に、その場所を示す。
『――ちなみに。ディアンの魔力は
ふいに、その元カノが独り言のように本音を漏らす。
『気象レーダーの天気図では吹雪も止む様子はない。魔力も辿れない――残念だけど』
何が、残念なのか。
生存は難しい、というのか。
リディアはガロの持つタブレットに顔を寄せた。
「――生きてます」
相手先が黙り込む。感情的にただ根拠もなく希望的観測にすがっているつもりはなかった。
「わかります」
魔力を感じなくても――わかる。確かに、彼はここにいる。
『状況から考えると深手を負っている可能性が高い。生存確率は五パーセント。引き上げた方がいいわ』
「そうですか」
『このままじゃ、吹雪に巻き込まれて犠牲者がさらに出るだけ』
ガロがはぁ、と息をつく。リディアはタブレットを奪ったまま、その奥にいる女性に言い放つ。
「――情報、ありがとうございます。あとはこちらに任せてください。それと」
語調が強くなる。これは、公的な回線だけど。
妙な高揚感は止められなかった。
「――ディアンは、“私の彼”です。あなたの依頼は”私”が断ります。仕事でも仕事外でも、二度と手は出さないで」
言い放ち、リディアはぶちっと人差し指で通信を切ってしまう。タッチパネルなのに勢いよく押してしまった。
真横のガロの視線を感じた。やばい、彼が指揮官だ。
「――すみません、切ってしまいました」
頭を下げながらも、胸の中に何かがあった。
言いようのない感情。彼女の冷めた台詞に怒りと、皆が聞いている前での宣戦布告。言ってやったという思い。
「まあいいさ。あの人のことなら、五パーセントの生存確率がひっくり返る」
管制室中に響いただろうけどな、とディックがいう。
「え」
「今回の通信はクローズされてなかった。あのボスが行方不明なんて、だれもが興味津々だろ」
見学にいったときの、ただっ広い管制室を思い出す。ひな壇があって、最上段に偉い人がいる。その彼女が通信のマイクを一つ奪い連絡してきたのだ、そりゃ全員が聞いているでしょうけど。
「ついでに、全団員も」
「――うそでしょ」
一番の感心ごとだろ、と。通信回線開いて聞いてるだろ、と。
「若い時にはそういう時もある」
ガロがリディアの肩を慰めるように掴む。
「それより、ここからは散って探す。リディアは全員の魔力は掴めるか? ネットワークで随時、位置情報を伝えてくれ」
「わかりました」
呆然としていたけど、ハッと我に返る。えーとえーとえーと。
なんとか彼らの魔力を自分に叩き込む。うん、大丈夫。掴みにくい場所だけど魔力波の型は覚えた。
「ちょっと待て、リディは俺と一緒に――」
ディックが制止する言葉にガロはいや、と手で止める。
「おそらくだが、あの人はリディア一人で探したほうがいいだろう」
「なんでだよ」
「そのほうが見つかる」
ガロの予感は経験に基づいたそれだろうか。それとも彼の副官だから見通せるのだろうか。
期待に応えるかのようにリディアは頷く。
「いいか、各自見つけたら信号を送れ。ドラゴンに遭遇した場合もそうだ、今回は無理に戦うな。団長の救出が最優先だ」
「イエス、サー」
リディアとディックを残し、散った団員を目で送った後、ガロはリディアに娘を見るような眼差しを送る。
(――娘を見る眼差しってなんだっけ?)
比喩です、比喩。実際の父親からはそんな眼差しを受けたことは一度もない。
「ところで、だ」
ごほっと彼が咳ばらいをする。なんか嫌な予感。
彼の頬の傷跡が赤い。なんで照れてるの。図体のでかい戦士がもぞもぞしないでほしい。
「先ほどは、ああ言ったが。団長を見つけた後、あの人の命に別状がなければ、しばらくは遅らせていいぞ。――救難信号」
「え」
「いやその、”もみの木おじさん”のプレゼントだ」
「え」
――聖夜のイベントは、“もみの木祭り”と言われている。
グレイスランドは光の君を神としている。そのため、おおっぴらに取り入れられず、もみの木を称えるお祭りになっているのだ。
(光の君、拗ねやすいしね)
その内容は、聖樹がプレゼントの実をつけて落としてくれて、それをもみの木おじさんがいい子たちに配ってくれる、通称“もみの木祭り”。
でもそのプレゼントって、何?
――ガロが雪の中に消えていく。あとには、ディックとリディアが残された。
「あの親父、っよけいな」
気の利かせ方が
風邪をひいていた彼は、だいぶ良くなったという。
アルコール消毒のおかげだというけど、
ちなみに、シリルはディックの風邪をうつされて熱を出して寝込んでいる。「風邪は人に移したらよくなるってマジだな」というディックは、ほんとしょうもないよね。
「リディ、マジでお前を一人で行かせたくねーけど」
「……絶対、見つけるよ」
ディックが、彼のマフラーをリディアの首に巻き付ける。
二人ともボディスーツを着て、上に魔法衣を着ている。それでも寒くないわけじゃない。特にディックは南国の出身だから、寒さに弱いのだ。
「これには、俺の魔力がしみ込んでる。どこで何があっても、お前を見失うことはないから」
リディアはそれに手をかけた。毛糸の真っ白なマフラー。
「これ、昔私が編んであげたものだよ」
「知ってる。でも俺のもん」
ディックは律儀だ。長い間、ちゃんと使ってくれている。
「正直、俺はボスよりお前の方が大事」
だからちゃんと帰って来いよ、と。
彼はリディアの頭を抱きしめて、リディアのフードを下ろして、金髪の頭頂部に優しく唇を触れた。
「ありがとう」
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