Ep.8 背くことなく、重ねる想いー中編

 顔色の悪いリディアがふらつきながら出ていくのをキーファは見送り、彼女のMPの画面をみつめた。

 紙面に印刷されている研究計画書に視線を落とす。


 その計画は確かに荒かった。着眼点は悪くないし、意義のある研究だろう。

 リディアがテーマにしているのは、「感情により効果が増幅される魔法石の魔法陣への配置について」だ。


 通常、魔法の効果には心理面は関係がないとされている。魔法の術式の精度、そして魔法師の魔力の高さが効果をあげる。心理面が及ぼすとすれば、集中力などによって術式の精度が左右されたと考えるべきだろう。


 魔法を放つ際に思いが強ければ、魔法効果が上がる。そうであれば、どれほど有難いか。どんな魔法師でもそれを願うだろう。

 

 ――だが、呪詛は違う。憎しみが強ければ、より強い呪詛になる。そして魔法陣の一種である、悪魔を呼び出す召喚陣も、憎しみが強いほど成功率があがるのだ。

 その理由は、強い憎しみや悪意は、呼びかける悪魔には好ましいからだ、とされてきていた。


 だが、リディアは、それに疑問を呈した。


 成否に影響するのは、悪魔を相手にしているものだけなのか。なぜ悪意だけが影響する魔法陣があるのか。


 本当に、魔法には、意思や感情は影響しないのか。

 そもそも“悪意”とは何か、と。


 リディアが悪意に強くこだわってしまった理由が、キーファにはわかる気がした。呪いを受けたリディアは、それを解くためにずっと試行を重ねていた。そして、悪意を浄化する術を手に入れた。


 だが、兄に虐げられていたリディアは、兄が自分に向けていた感情は何か、ということに悩むようになっていた。

 憎しみだったのか、怒りだったのか、その悪意は何だったのかと。そして彼の魔法は、憎しみや怒りなどの、悪意が増強作用を起こしていたのか、と。


 リディアは研究のテーマを考えるために、兄の記憶を呼び起こし、兄の感情を探るようになっていった。


 研究のテーマを絞りこみ明確にすることは、かなり大変だが、リディアはその一点にこだわってしまったせいで、一番辛い記憶と感情に向き合う羽目になってしまい、消耗していった。一時期はキーファもかなり心配し、ディアンにもやめろときつく言われたようだった。最後は教授にも、そこにこだわるのをやめるように、たしなめられていた。


 悩みぬいていたリディアだったが、ある時から晴れたような顔をして、そこから抜け出すことができたようだった。悪意など憎しみにこだわるのは止め「感情が六属性に影響を与え、それが魔法効果に現れるのではないか」と仮説をあげていた。


 つまり魔法界において、心理面は魔法に影響をしないと前提されていたものに疑問を呈し、検証することを決めたようだった。


 確かに、心理面は影響しないとは言われていても、守るという意思や覚悟を決めた時に、自分の魔法の効果が強く出たと思う時はあった。


 全く関係はないと、気のせいだと断言されてしまうのは、納得がいかない。


 リディアは「感情が六属性に影響を与えるのではないか」と導きだしていた。悪魔が好む感情があるのであれば、六属性が好むそれぞれの感情があり、それが効果として現れるのではないかと。



 しかし感情というものを客観的な尺度に入れて測ることは難しい。そもそも、悪意、善意、憎しみ、愛とは。魔法師が魔法を放つときに、どの感情を持っているのか、しかもその強さを客観的に測ることは困難だ。


 だがリディアはさらにそれを測る方法を見つけた。


 怒り、好意、悲しみ、心配、恐怖などを頂いている時、人の身体の部位は血流量が変わり、体温が変化するのだ。例えば怒りの時は、頭部の体温が高くなる。怒りで頭に血が上る、というのは案外当たっているのだ。


 恐怖の時は、手足や上半身の温度が下がる。これも、恐怖で背筋が凍る、などの表現と当たっている。被験者にはサーモグラフィで身体の熱分布を測りながら、各六属性の魔法を放ってもらう。その時抱いていた感情で、どの魔法が強い効果を示すのか調査をするという。


 ではその時の“感情の強さ”はどう測るのか。それに対してリディアは、魔石をスケールにすると述べていた。


 確かに魔石には、魔力を注ぐとその魔力の属性によって反応が異なる。自分が何属性の魔法師か、以前に魔石に魔力を注ぎ反応をみたことがある。


 魔石を配置した魔石版に、魔力を流しながら身体の熱分布と魔石の反応をみれば、何の感情の時に魔石が強く反応するのか、という結果を得ることができるのではないか、とリディアは方法を考えた。


 魔法石は六属性と関係が深い。


 例えば翠玉エメラルドは風属性の魔石であり、風属性魔法を強化する。魔石を六属性に見立て、そこに感情を流し込めば、反応する魔石がある、つまり六属性が反応すると考えられるのではないかと。


 そして、例えば防御陣、結界、転移陣などに感情を表す魔石を配置することで、成否に左右する感情がわかるのではないか、とリディアはそこまで検討する計画を上げていた。


 リディアの研究は何段階にもわたる。

 仮説は、文献によっても裏付けされ導きだされていたが、その時々で飛躍している危うさがあり、それで教授にもっと根拠を明確にして、方法に穴がないか練るように言われたのだろう。


 もしかしたら、違うテーマにしたほうがいいのではないか、キーファはそう思うが、それはリディアが教授に相談して考えていくのだろう。


 絞り込めていない。迷いがまだ見えている。


 だが、リディアの忙しさを思う。つい先日まではバルディア国に滞在していた。彼の国の宮廷魔法師としての防衛や、魔法師育成、マーレンの警護や相談役も努めていた。


 帰還しては師団の任務もこなし、院生としては自分の研究の他に、ダーリング教授の研究メンバーにも入っていた。

 教授と師団が開発している結界魔法の共同研究にも参加している。

 グライスランドやバルディアを往復し、師団や研究室を毎日行き来していて、彼女を捕まえるのはキーファでさえも難しかった。


 正直、リディアに好意を持っている院生が他にもいたが、とにかく彼女に声をかける隙がない。それに安堵していいのかどうか、とキーファはため息を漏らした。


 様々な困難を乗り越えてきたリディアが泣くという感情失禁をするのは珍しい。今日はよほど追い詰められていたのだろう。今回のことがよほど、というよりも、いままでの緊張と疲れが出たのだろう。


 この後のことはわかっている。教授はリディアに休息を促すだろう。


 そして、彼女は今後も無理をする。それに気が重いというわけではない。自分はどうしたら彼女の助けになるのか、ということを考える。

 支える、ということは、気持ちだけではなにもならない。どのような行動をすれば、彼女の助けになるのかと。

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