Ep.7-1 乙女の貞操
リディアは、個人端末で今日のスケジュールを開いて首を傾げた。
治癒魔法師としての要請もないし、しばらく任務もないのも知っていたけれど、なぜか今日から一週間、新人強化訓練への参加が組み込まれている。
(新人? 新任じゃなくて?)
確かに、体力と身体能力には不安がある。この
長い間、第一師団を離れていたリディアは、かなり復帰に際してはこのことに不安があった。だから親友であり肉体強化に余念がないシリルに頼んで、訓練に付き合ってもらったのだ。
『リディは、いい身体してるからな。それを崩さないようにプログラムを作ってやる』と妙な熱意をもって行われた特訓は、かなりハードなものだった。
(でもディックよりマシ!!)
ディックは常にリディアの味方で、サポートしてくれる。いざという時、絶対に見捨てない。けれど、訓練はかなりというかすごく鬼だ。だからディックには頼みたくなかったし、彼自身も忙しすぎて、たぶんもう頼めない。
(もしかしたら嬉々として受けてくれたかもしれないけど)
想像して、リディアは顔をふるふるとふった。今の想像はなし!
とにかくシリルにしてもらった訓練は、若干というか結構ボディタッチが多かった。その後の筋肉ほぐしのマッサージも怪しかったような気もするけど、とにかく師団でやっていけるほどの体力はついたと思う。
けれど、まだわからない。
今回のプログラムには、自動システムによって入れられてしまったのだと思う。新人扱いは納得いかないが、新任には分類されるから間違えられたのだろう。
(しばらく留守にしていたし)
師団に戻って来てすぐに、ダーリング教授の研究に付き合い、半年の砂漠超えに行ってしまったし、バルディアとの往復で本部にいなかったのもある。いなかった間に人員も変わって、知らない団員も多い。
(参加は、しなくてもいいかもしれないけど……)
やっぱり体力強化は必要だし、どのくらいついていけるのか不安もある。
参加を決めて、リディアは項目をチェックする。
(ボディスーツは着用禁止なんだ)
個人端末にある本日の訓練の注意事項に書いてある。
確かに、ボディスーツが個人に支給されるのは、ある程度難しい任務がこなせるようになってからだ。おまけに最近また胸元がきつく感じてきているし、サイズ調整をお願いしているところだから、あまり着用はしたくない。
リディアは、私服のシャツとパンツを着用して、集合場所に向かった。
***
「このクズども、よく聞け!! 俺様は、お前らゴミを少なくともマトモなクソにしてやるトム・バイソンだ。師団では五年目、お前らの超先輩だ。間違ってもトムなんて呼ぶなよ。いいな、そこのお前!」
リディアの隣に並んでいる、まだ身体ができていない赤毛の青年が猫背をいきなりピンと伸ばして「イエス、サー!!」と叫ぶ。
……ちょっと、待って。
「いいか! ここにおいては俺がルールだ。俺が神だ。俺が脱げと言ったら脱げ、俺が死ねと言ったら死ね。いいか、そこ!」
反対側の青年が叫ぶ「イエス・サー」
ちょっと待って。
(ここって、いつから軍隊になったの?)
そもそも、だ。この第一師団においては、団長がルール、団長が死ねと言ったら死ね、みたいなところがある。
だが、それ以外の団員の勝手は許されていない。ディアンがそこまでの権限を許していない。彼がいない時は副団長のガロが代行をするし、作戦によって指揮を取る魔法師は変わる。それに従うのは当然だけど、ここまでの暴言は許されていない。
(そもそも、サーとかないし!)
しかも、こいつ青白い光を放つムチをペシペシやっている。
「いいか、この虫けらども。まずは、そこの荷物を背負え。たかだか十キロほどだ。そして、マシンでラン三時間だ。急げ!」
怯えて走りだす皆に合わせて、リディアも勢いで猛ダッシュして、重しが入ったリュックを背負う。そして、ランニングマシンへ向かう。
これぐらいならば、と走り出したところで、いきなりムチが飛んできた。しかも、お尻にだ。スピードは落ちていないし、そもそもお尻や胸元への接触は禁止されている。
ていうか、体罰は禁止されているのに!
魔法により帯電しているムチでお尻を打たれて、全身に弱い電流が走って力が抜けた。動くベルトから落ちそうになりガクン、と足を崩したところで、またムチが飛んできたから、リディアはベルトから飛び降り、クソ軍曹もどきを睨みつけた。
「なんだ、このアマ! 逆らう気か」
また飛んできたムチ。しかも胸元にだ。リディアはそれが当たる前に手のひらで掴んで引き寄せると、前のめりに体勢を崩した相手に容赦なく腹に蹴りを入れた。
「ぐほっ……こ、の」
一応、防御膜を張ったから身体に電気が走るのはさけたけれど、ムチ自体の衝撃の痛みは手のひらに残って、皮膚が赤く腫れた。
それでもリディアは痛さを顔に微塵も出さず、ムチを地面にぽいと投げ捨てて無様に転がる相手を見下ろす。
「あら反撃があたっちゃってごめんなさいね。まさかトム様が避けられないとは思わなくて」
「この、クソクソ、よくも」
「やられたら、やり返す。それもここのルールでしたよね」
「この、クソめ! 次にやったら、お前のケツを犯してやる」
……聞くに堪えない。が、相手をするのもバカらしい。
「リディア・ハーネストよ。さあ訓練を続けて頂戴、但し規則に則ってね。
***
お尻が痛い。リディアは、更衣室で鏡をかざして呻いた。お尻は見事に斜めに真っ赤にミミズ腫れになっている。
あれから、三時間あの軍曹ごっこのトムはリディアに三回ムチを当ててきた。二回はかわしたが、取り巻きの一人が押さえつけようとしてきたから、最後の一回は避けきれず、太ももにも同じような赤くただれた筋ができてしまった。
服の布地が当たると痛い。
当たり前だ、ひどい火傷のようなもの。
ショートパンツを履けば太ももの傷に当たらない。でも、お尻はパンツを脱ぐわけにもいかないし。
仕方なく軟膏を塗って、アイスノンを当ててリディアはしょんぼりと肩を落とした。
『――リディアさん、リディアさん!!』
更衣室の向こうで、先程隣だった赤毛の青年が呼んでいる。
ちょっと何? 訓練は終わりだよね。
『早くしてください!! 席取りしないと!!』
「え、なに?」
『今日のボスのバイソン帝王とその副官たちの席、食堂で新人の僕たちが席取りをしないと殺されます!!』
は? 食堂の席取り? ていうか、バイソン帝王って誰?
『それが新人の役目なんですよ! なんで知らないんですか、もう!! とにかく急いでください、先行ってますから』
食堂は、新人も幹部も自由に利用することになっている。そして席取りは禁止だし、パシリ行為も禁止。そんなのが横行していたのか。しかもバイソン帝王? あのトムが!?
(なんだか、わけがわからないことになっているよ!)
リディアはお尻をアイスノンで押さえながら、仕方なく更衣室から出た。
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