Ep.5-12 金木犀の祝福を
お祭りムードで、街のみんなも師団の皆も楽しそうに騒ぐ中、「リディア」とバーナビーが微笑んでくる。その後ろにはまだ生徒たちがいた。
「今日はありがとう。あとはもう、解散でいいよ、好きに楽しんで」
屋台もでているし、片付けは団員に頼んである。子どもたちを集めてのナイトウォーキングも団員がやるし。
でも彼らは、リディアを囲んでじっと立ったまま。
何かなと思って見ていたら、バーナビーが微笑みながら一歩進んでくる。
「これ――僕たちから」
そして、彼はにっこり笑い、掌に載るほどの大きさの淡いサッシュに包まれたものを渡してくる。
「――これって」
「誕生日プレゼント。抜け駆けはなしってサ。俺は誰が渡してもいいって思うケド」
「バーナビーがじゃんけん、一番強いなんてありかよ」
ずっと前から準備してくれてたってことだよね。生徒が教員の誕生日を知って、それの準備をして祝ってくれるって、普通はありえない。
どうしてそこまでしてくれるんだろう。
これって喜んでいいのかな。
戸惑いと胸に熱いものがこみ上げてきて、立ちつくしているとバーナビーが笑って、抱きしめていいかな、と聞いてくる。
あ、いいのかな。どうしよう。
でもバーナビーは断れない雰囲気を出している。
いつもそうなのだ。警戒しているのが、恥ずかしくなってしまうような笑みを見せられると、頷かずにはいられない。
背が高くて、男の人らしい体躯なのに、安心させてくれる。下心なんてない、ただ慈しみを与えてくれる雰囲気なのは、彼の持つ魅力なのかもしれない。
包み込むような抱きしめ方に、リディアは息を吐く。なんでかな、身を委ねたくなってしまうのだ。
「お、俺、も……」
マーレンがいいかけて、けれど黙る。
「えーと」
「やっぱいい! から、早くあけろっ」
生徒から物をもらうのは、本当はいけないと思うのだけど。
「――あけるね」
淡い緑の柔らかい生地をあけると、ブローチが出てきた。
たくさんの花弁をつけた空を向く花。花弁は水晶だろうか、ううんガラス製だ。
年代物だが保存状態がいい。そして、その花を守るように目を閉じ眠るのは藍色の
よく見ると、花の根本は細かな意匠の街。それでわかった、花は実は宮殿だ。
百層にも及ぶという百蘭宮と呼ばれた伝説のもの。これは天空の島に浮かぶ古アレスティア皇国の意匠だ。
女神の怒りに触れて、沈んでしまったという幻の皇国。
「…綺麗」
よく見ると、それは裏側が金の塗装がされた
「リディアさ、もう師団にいないじゃん。でもたまに、それ気にしているようだったから」
ウィルの指摘にリディアは、目を見開いた。
「ううん、そんなこと」
「別にいーよ。アンタ、すごく前の仲間のこと大事にしてるじゃん。それって隠すことでもねーし」
「でも、私……」
「その気持ちは、なくさなくていいよ」
自分は、第三師団の意匠のフィブラについ目をやっていた。意識をしていたつもりはないけれど、もう自分はここの人間じゃない、仲間じゃないって。
でも……やっぱり寂しかったのだろうか。
「だからそれつけてよ。師団のそれには敵わないけどさ。大学のシンボルはあんまかっこ良くねーし。俺たちも卒業しちゃうしさ」
名刺には大学のシンボルマークをいれていたけど、それをバッジにしてつけている教員はいない。流石にそこまでの愛はない。
皆の教師になれたことは嬉しいし後悔はない。師団は故郷で、もう抜けたつもりで、でも団員と関わるたびに、自分はここの人間ではないという胸にぽかりと穴が空いたような寂しさもあった。
リディアは歪めそうになる顔をこらえて、息をつく。泣いちゃだめだ。
だから、何度も深呼吸をして、全員を見て笑った。
「ありがとう……すごく、うれしい」
笑い返す顔に、良かったと思った。
自分の居場所はここだ、と。
「ねえところで。キーファとケイは?」
「ケイはしらね。キーファもまだ戻ってない」
「大変!!」
ケイはもういいや。何かしら投稿しても、団員が即見つけて、削除してくれるから。
キーファはまだ対応しているのだろうか。自分だけがこんなのうのうとしていて!
「私、探してくる!」
「――リディア」
焦るリディアをもっと焦らせる存在がいた。
いつの間にそこにいたのか。魔力を抑えているのは、ここが彼のテリトリーじゃないからか。
戦闘服じゃなくて、黒のシャツにパンツなのは一応目だないようにしたつもりなのかもしれないけど、すでに
「――マクウェル団長。ご無沙汰しております」
そして、アーベルは丁寧に腰を追って胸に手を当てて挨拶をする。学校においての上級生に対する挨拶だ。
ディアンは、ああ、と無造作に挨拶をするが、アーベルの見上げた顔の挑戦的な眼差しには気づいていないはずがない。
「じゃあ、僕は失礼しますね」
不敵に笑うアーベルは、ディアンにはふいって視線を外し、生徒たちも無視してリディアにはいつものように、余裕の笑みを見せる。
「リディアいい?」
ちょいって内緒話をするように口に手を当てて招くからかがむと、チュッと頬にキスをするアーベル。
「――じゃあね」
驚いている間もない。
魔法衣を翻し、そしてキーファの上着を持ったまま本当にアーベルは行ってしまった。
「クソ、あいつ」
ウィルが呟いてリディアを見た。
「俺もしてい?」
「だめ」
「気ィ許すなよ。アイツ、めっちゃ策略めぐらしてっから。ガキのフリも、フリだけだって」
「うーん」
「――リディア」
ディアンがクイって顎をあげて命じる。ちょっといいか、と。
「ああ、ええと、はい」
――逆らえるはずがなかった。
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