Ep.5-11 金木犀の祝福を
出口にはウィルがいた。ケイがそっぽを向いて立っている。
「
「ふざけんなよ! しかも圏外だし」
うん、そう設定してあるもの。ケイってほんと、何がしたいんだろ。
「ケイ、これは授業の一環、担当が終わっても好きなことをしないで。運営側なんだからちゃんと規則は守って」
「はあ?」
「撮影は禁止って言ったでしょう? それに勝手に入り込まないで」
まだ頬を膨らませているケイと、複雑な顔をしているウィル。
「マーレンは?」
「いきなり出ていった。アイツも何なんだよ」
「そう、この中で迷子になってないならいいかな」
そう言って、リディアは改めてウィルを見返した。彼にもすごく助けてもらっている。本当に生徒たちに恵まれた。教えるよりも教えられていることが多い。
「ウィル、ありがとう」
ドームの天井は、光を集積するようになっている。橙色の光が葉緑を通し、混ざり合いウィルの髪や頬を照らしている。
彼を見上げて、リディアが笑みを浮かべると、ウィルはしばし呆然として、それから我に返っておもむろに息を吐く。
「ウィル?」
「どーいたしまして」
彼が手を伸ばして、リディアの髪に触れて軽く撫で、そして頭をぽんと叩く。
「ちょっ」
「――綺麗だよ、衣装も、アンタも。――全部」
ウィルが穏やかに笑うから、リディアは返す言葉を失った。
「それが見れて、まあ役得」
ついでに、とウィルがリディアの頬に手を触れる。近づく顔に息も声も止まる。
「……ウィ……」
斜めに傾いだ彼の顔がすぐ近くにある。説明のつかない感情がよぎり、身体までも固まってしまう。
けれどいきなり身体が傾いて揺れてしまったのは、アーベルがリディアの手を引いて間に割り込んだから。
「――ねぇリディア。そろそろ戻らないと」
「この……ガキ」
「変なことしないでくれますか? リディアの恋人でもないのに」
「……」
ウィルが舌打ちして、リディアは我に返る。なんで私、固まっていたんだろ。
「ええと、ウィル、今のは……」
口を開くウィルを見て、慌ててリディアは距離をとる。
「ううん、言わないで! とにかく、戻ろうか」
二人に言うと、ウィルは殊更大きく息をついて、いきなり背を向けて先にドアをくぐってしまう。冷気をおびた空気が中へと入り込んでくる。
「油断もすきもありゃしない。ねえ、リディア。あんなのが生徒なの?」
「――そうね。優秀だし、とても助かってる」
ウィルの背を見てリディアがアーベルに告げると、彼も黙って一度閉まったドアを開ける。
「待って、アーベル」
リディアはアーベルを呼び止めて、キーファの上着を脱いで、その肩に急いでかけた。
「冷えるからそれ着て」
「……」
きょとんと、驚いた顔で見上げてくる彼に笑った。
「……リディアって、時々すごく残酷だよね」
リディアも驚いて、それから焦った。ちょっと心外。
外は冷えるし、まだアーベルは子どもだし。
「まあいいや。これは預かっておくよ」
そう言って、彼は丸めて手にしてしまう。いや、肩にかけてほしいんだけど。
「後で家に来たら返すよ」
そう言ってアーベルはドアを開けて、リディアを通そうとそれを手で押さえた。
ドームとは違い、今にも沈もうとする残照が街を橙色に染め上げて目に差し込んでくる。
足を止めて見惚れてしまう見事な夕日。
夕暮れ時に合わせて、街の電飾がつけられる。赤、金色、そして青、ランタンに光が灯り、街中で歓声があがる。
それをかき消すようなな大声が、合わせるようにあちこちで響いた。
「――HAPPY BIRTHDAY リディア!!」
見渡すと橙色に染まった広場で、魔法衣を着た皆が、笑っている。
「――おめでとう、二十一歳!!」
嬉しいけれど、街中でしかも一般人もたくさんいるのに。照れながらお礼を言おうとすると、事情がわかっていなかった市民の誰かが口笛を吹いて、口々におめでとうといい始める。
突然花火もあがり、アコーディオンとバイオリンの軽快な即興の演奏が始まる。コスモスの花びらが巻かれ、皆が肩を組んであちこちで乾杯をし始める。
祭りのフィナーレが始まった。
「皆さん、ありがとうございます!」
リディアが頭を大きく下げると、更に歓声と口笛が大きくなった。
「お前、言えよ。――誕生日だって」
マーレンが進み出て、薔薇とガーベラを纏めた花束を渡してくる。
ぶっきらぼうにそう言いながらも正面に向かい合い、両手で差し出してくる。耳がピンと張っていて顔がうっすら赤い。
言葉と裏腹にギクシャクとした動作に、リディアもつい緊張してしまう。
「ええと、ありがとう」
「――お前こそ、そういうことかよ」
ウィルがムッとしてブツブツ言いながらも、リディアにおめでとう、と呟いた。
リディアは花束を前に掲げて、じっくり見回す。
薔薇は花びらが丸まったカップ型のオールドローズ。中央だけが淡いピンク、外側に広がるにつれて薄くなり上品な白に近づきグラデーションをなしている。
ガーベラは黄色や赤やピンクで鮮やかだ。
「――綺麗、ありがとう」
花束って一番嬉しい。
そう、今日はリディアの誕生日だった。成人の儀をやるはずの日から一年後。
一年前は、こんなふうに昔の仲間と繋がり、生徒にも祝ってもらえる未来を想像してなかった。
「まさか、って顔してるけど、それこそまさかでしょ」
一番に抱きしめてきたのは、ローゼだった。ぎゅうっと抱きしめて、ぱっと離す。
「忘れるわけないじゃない。うちの娘だもん」
そして、リディアの胸に押し付けてきたのは紙袋だった。紙袋は、LA PERLAという文字が印刷されている。
「ローゼ、これって」
「ホントは、成人の時にあげたかったのよ?」
超高級ランジェリーだ。ブラジャーだけで5万エンはする。
「総レースのランジェリーよ。……スケスケだからね」
こそっと呟くその声に、リディアは顔を赤く染めて黙りこくった。
超高級ブランド、憧れだけど、憧れだけど!!
総レースのスケスケランジェリーって、布がない。
試着してみたことあるけど、もう恥ずかしくて購入できなかった。
だって、どこも大事な部分を隠してないんだよ。ワイヤーだけがあって、全体は細かい網目模様のレース、申し訳程度の刺繍。
もろに体型がでるんだよね。
……履きこなせる自信がない……その体型づくりをしろってこと?
「ふーん」
隣にいたアーベルはしっかり聞いていた。変なこと覚えなくていいから!
「楽しみだね、リディア」
いやいや、君ね。
「下着はちらりと見せた時にセクシーじゃないとね」
妖艶に笑うローゼにはやっぱり敵わない。
「後でうちで、着て見せて」
ちょっと待って! ボディチエックですか? ここ最近怠けているのがバレてしまう。
「ローゼ!」
「いつでもOKじゃなきゃ、女はオシマイ」
何が、ねえ何が?
「チャンスは急に来るのよ。『ちょっと今日は』なんて言ったら逃げられるの」
何が? 何となく分かるけど、何が? それって無理!!
「――リディアさん、逃げましたね」
ハイディーが笑顔で話しかけてくる。怖い。
「その衣装を着ただけでまあいいでしょう。今日は一日その格好でいてくださいね」
怖いよ。ここの人たち、怖いよ!
「――センセ!! 戻ってこなかったなあああ」
急に恨めしげに詰め寄ってきたチャスに焦る。
ごめん、えーと衣装はどうしたのかな? 平気だった?
「聞くなよ! 聞いたらマジ恨むから。しかも、じゃんけん大会とか! 勝ち残ったファンにほっぺにチューだぜ。ありえねえええし」
「ええと、……したの?」
「しねええよ。ふりだけ、ふり!! 吐きそう、吐く。思い出させんな!!」
あ、そうだったの。
――逃げてよかった。心のなかで呟く。
「でも他の子と連絡先交換した」
ホクホクとした顔のチャスは嬉しそう。うん。嘘の連絡先じゃないといいね。
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