Ep.5-9 金木犀の祝福を

 森を抜けて、花畑を歩んでいくと、小高い丘の上に二つの人影。

 言い争い、というよりも女の子のほうが追いすがって、それを振り払っていくのが少しだけ背の高い男の子。


 どちらかというと彼のほうが綺麗な顔立ちでつい目を引く。


「ケイ!!」


 ケイは、名を呼んだリディアの方をちらりと見て、駆け出してしまう。みくるちゃんもこちらを見て、同じように反対方向に逃げてしまう。


 リディアは逡巡して、それからみくるのほうに駆け出して追いかけた。


「待って!!」


 彼女は息がきれたのか、花畑の中で座り込んで泣いていた。リディアはその姿を見て、ゆっくりと歩んでいく。


「私は、第三師団のリディア・ハーネスト。横に座ってもいい?」


 本当は、師団の人間じゃないけど。みくるは、立てた膝に顔をうずめたまま頷いた。


 花畑が風に揺れて波をつくる。きれいだなーと眺めていたら、みくるが唐突に喋りだした。


「もう、ステージ立ちたくない」


 うん。


「――ケイがね。みくるのこと、悪くないじゃんっていったの」


 悪くない? 


「みくる、踊りも歌もできなくて。みんなに努力が足りない、メンタルが弱いって言われて。みくるだって、頑張ってるのに、頑張りが足りない、って……そしたらケイがみくるは、まぁまぁ顔もセンスも悪くないよって」


 上から目線だな。


「ケイは優しかったの。けどね、ケイはジュディ達のほうが好きなの。みくるなんて興味ないって。……みんなとケイがいるとどんどん苦しくて、見ているの辛くて。一緒にいると辛いの」

「……」

「だから言っちゃったの。ケイは、利用しているだけだって。ジュディのこととか好きじゃないって。ケイは有名になりたくて、だから親しくしているだけだって」


 ……間違いじゃないかもしれない。


「みくる、お嫁さんになりたい。みくるがいいって言ってくれるみんなじゃなくて、みくるだけがいいって言ってくれる人。もうやだ、辞めたいの……パンツ見せたくない」


 アイドルの辛さはわからないけど。パンツは見せたくないよねぇ。


 たくさんのファンがいて、それを望んでも得られない人にとっては贅沢だって思うかもしれないけれど。

 本人が別のことを望んでいるならば、それは全然ちがうことなんだろう。「あなたにはたくさんのファンがいるじゃない」って言っても慰めにはならない。


「何か言って……」


 すん、って鼻を鳴らして見上げてくる顔は、カワイイなあって思う。やっぱりアイドルなんだなって。


「……どう言ったらいいかはわからないのですが……。みくるさんにとって、納得がいく場所にいることが、いいのかもしれないですね」

「……納得?」


 リディア自身も居場所探しに迷走中だ。大学に勤めているけれど、ブラックでバワハラで、研究もできていないし、いつ辞めさせられてもおかしくない。今年度の業績はゼロだ。生徒と関わるのはやりがいがあるけど、ちゃんと教えられているという自信もない。


 うう、落ち込んできた。


「ええと。一番輝ける場所を見つけるのは難しいけれど、ここにいたら楽、というか。自分の居場所はここなんだって、思えるところというか」

「……お嫁さんかなあ?」

「それができたら、それが一番かもしれませんけど」


 相手がいなきゃいけないことで、それって相当難しい。だって相手次第だから。


「……あなたは、お嫁さんになりたい?」


 私に来た!?


「……わかりません」

「なりたくないの? どうして?」

「想像、していませんから」

「じゃあ、想像して」


 うう、困ったな。なんでこんなこと考えさせられてるんだろ。


「恋愛の結末、というか幸せの結末が結婚だとは思えないので」

「その先に幸せがあるとは思えないの?」

「……私はシルビス人で、両親も仲がよくなくて。あまりいいイメージをもっていないし、結婚が幸せとは思えないので」

「……続けて」


 この人、自分のことだけしか話さないのかと思ったら、結構リディアの話を聞いてくる。


「でも、CMとか見ると憧れはありますけど。それを見るたびに自分と遠くて、望むのも怖いし。相手に期待してはいけないって。だから……辛いのかも」

「そっか。……あなた、好きな人いるでしょ?」

「え!!」


 唐突だけど、顔をじっと見てくる。


「………いません」

「みくるね。そう言うの、わかるの」


 幼い人かもって思っていたけど。実は人のこと見ている? 芸能界にいるから、そういう観察眼は鋭いのかも。


「好きって気づかないふりもいいけど。チャンスって後ろ髪はないっていうじゃない? 去った後に掴もうとしてもつかめない。恋愛もその時追いかけないと、逃した人は二度と戻ってこないよ。恋愛マンガじゃないもん、ずっと何年も後悔することもあるから」


 みくるさんは、寂しそうに笑って立ち上がった。さっきまで子どものように泣きじゃくっていたのが嘘みたい。


「ステージ戻るね」

「一緒に行きます」

「一人で戻るから。仕事だもん」


 一人で戻りたいのかなって思ったから、リディアは立ち上がって見送る。ケイも探さなきゃいけないし。


「あ、そうだ」


 リディアは腰に巻いていたウィルの上着を彼女の肩にかける。


「暗くなってきたので、外は冷えると思います」

「ありがとう」

「師団の団員に返してください」


 一応、ウィルのだしね。人のを貸すことに迷いはあったけど、戻ってこなかったらウィルには後でお詫びしよう。


「その衣装ね。似合ってるから隠さないほうがいいよ」

「あ……すみません。着てしまって」


 みくるさんは同じ衣装だった。これ、替えだったんだ。じゃあチャスはどうなっただろ。今更ながらに思い出すけど、彼自身でなんとかしてくれるかな。


「そうじゃなくて」


 彼女は手を伸ばして、きっちりと前まで留めたキーファの上着のボタンを外す。


「これね、結構気に入ってるの」

「確かにカワイイのですけど、私にはその刺激が強いというか……」


 ひらりと揺れるとちょっと見えるの。みくるさんは微妙に谷間が見えて、パンツも際どく見えるか見えないくらい。


 どうして自分の場合はパンツが見えてしまうのか。あ、背丈かな。みくるさんのほうが少し低い。


「――好きな人には見せて、ドキドキさせちゃったら?」


 そう言って、さっぱりした顔でみくるさんは背を向けた。


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