Ep.5-7 金木犀の祝福を

 キーファの後ろで、リディアはまだ鏡を見て葛藤していた。


 ドアが開いた途端に、ウィルが何か拳を繰り出していた。キーファが鍵をかけてせいだろうけど、あの行動のおかげでリディアも覚悟ができた。

 全員に同時に見られていたら、恥ずかしくてどうしていいのかわからなかっただろう。


「……信じ、らんねぇ」

「悪かった」

「ぜんぜんっ、その言葉信用できねーし」

「……」

「センセ。結構似合ってるけど、胸見える」

「――嘘でしょ!!」


 チャスが目の前に来て上から下まで視線を動かす、そしておもむろに言うから、慌ててリディアは胸元を押さえた。


「みくるは、胸平らだけど。センセ、なにげに胸あるじゃん。その衣装だと、屈むと見える」

「屈んでないじゃない!」

「上から見下ろすとブラと谷間見える」

「やめて!」


 チャスから距離を取ると、ジッとしていたままのマーレンが目をそらす。ちょっと待って、マーレンはこれよりも谷間が強調されたシルビスのドレスを見ているよね?


「ええと、マーレン?」

「……」

「……その」

「マーレン?」

「……その」


 シルビスの時は、叱ってくれたのに? どうやら社交界のドレスは見慣れていても、こういうのはだめ?


「マーレンのツボに入ったんじゃん? 好み?」

「う、うるさ……その、わるく、ない」

「んでも、センセ、パンツも見える。黒」

「やめて!」


 一見気が付かなかったけど、鏡の前で歩いてみと、裾のスカートが揺れるたびに、微妙にパンツもちらりと見える。


 チャスが後ろを覗き込もうとしたから、頭をはたいてしまった。


「て!」

「あ、ごめ、ごめんなさい!」


 しまった! 生徒の頭をはたいてしまった。せめて叩くふりをしなきゃいけなかったああ。

 大問題だ。こんなことでも、暴力だと訴えられるのだ。もんのすごく気をつけないといけないのに。


「先生、謝る必要はないです。チャス、いい加減にしろ」

「なんだよ、本当のことじゃん」

「ハイディーさん。やっぱり無理です」

「肝心なことを忘れてますよ、リディアさん」


 ハイディーがそう言って、手にしていた瓶コーラぐらい大きさの瓶を渡す。六角形の細長く青いクリスタル型の瓶は、コルク栓がしてある。


「なんかこれ、見たことある。エリクサーとかいうのだろ」

「気分が大事ですからね」


 なんかの会話をしている二人をよそに、リディアは開けてみて匂いを嗅いで、嫌そうに眉を寄せた。


 綺麗な瓶なのに、中は漢方薬みたいな臭いがする。


 エリクサーって万能薬じゃないの?


「先程の続きですが、ステージに立つのはリディアさんではなく、みくるさんです。パンチラしようが、胸が見えようが、それはみくるさんのものとして認識されます。リディアさんが恥ずかしがる理由がありません」

「……体型もみくるさんになるんですか?」

「身体感覚はあなたのものです」

「……パンチラして恥ずかしいのは変わらないってことですよね」

「こちらが写真です。魔法師は魔法を顕在化する時、イメージが大事というのは基本ですね。変身も同じです。この薬はその作用がありますが、あなたの変身する相手をどれぐらいイメージできたかが再現率に関わります」

「私、この方を知りません」


 おや、とハイディーは美麗な片眉をあげてみせた。


「魔法師が結果を想像できない。三流の言葉ですね」


 ムッとリディアは黙り込んだ。煽られているのはわかっているが、そう言われるとできないのは自分のせいと言われたも同然だ。


「魔力波は? 姿を変えても、見破られる可能性は?」

「残念ながら魔力波を同じものにすることはできません。ですが、一般人程度、並程度の魔法師なら騙せるでしょう」


 師団の魔法師ってエリートだよね? 


「安心なさい。団長はこのステージは関与しません。控室とステージの往復だけ、簡単なトークショーですが、セリフはほとんどないそうです」

「……」

「それでも、やる気になれないなら、あなたが受ける気にさせてあげましょうか? リディアさん、あなただって報酬がほしいでしょう」

「……なんですか?」


 怖いけど、訊かずにはいられない。


「あなたがこれを受けたら、この魔法薬の術式、製法をお教えしましょう」

「……」

「受ける気になりましたか?」


 楽しげな笑顔に、リディアは唸った。もう完全に、誘導されている。その道しか敷かれていない。


「一つだけ、聞かせてください」

「なんですか?」

「なんで、ハイディーさんがこれほどまでに熱心なんですか?」


 戦略担当で、おまけに超幹部。こんなイベントの運営にいる事自体おかしいし、トラブル対応なんておかしいよね。


「それは、楽しいからです」


 ***


 みくるに姿を変えたリディアは、控室で待機していた。ステージまであと二十分。

 落ち着きのないリディアに、生徒たちもソワソワしている。


 ピンクの髪は肩までの内巻き。カワイイ系だ。最初はみくるだーって喜んでいたチャスも五分もすれば飽きてしまって、今はふつーに接してきている。


「みくるってさ。お色気担当なんだよな」


 おもむろにチャスがいうから、リディアは眉を寄せた。

 ナニソレ。


「メンバーのジュディは歌、リノアはダンスが得意。けど、みくるは特技なし。もともとウィッチーズは別の子がいたの。けどその子が抜けて、みくるは、追加メンバー。でも二人のおまけってイメージで。そしたら、あるステージで水着の肩紐が切れて、ボロリしてさ。それ以来パンツ切れるとか、常に事故要員」

「それって……」

「スタッフの仕込みってウワサ。本人は必死で泣きそうな顔で頑張るとこがカワイイって人気」

「……サイテーね」


 そりゃ、逃げちゃうのもわかる!! 

 男ってサイテーという目でみるとチャスは肩をすくめた。


「だって、見えるモンなら見るだろ」

「――あの!!」


 運営のブランが飛び込んできた。あれ? みくるを探していたんじゃ?


「魔力波を追ったところ、ミクルさんはあのドームに入ったことがわかりました」


 リディアは生徒たちと顔を見合わせた。たしかもう閉館したのよね。


「それから、この学生を知ってますか? たしかリディアさんが連れてきていましたよね」

「……ケイ・ベーカー」


 リディアは呻いた。

 ブランが見せた端末映像には、ケイがみくると言い争い、彼女をふりきってドームに入っていく姿。それをみくるが一生懸命追いかけている。


 そういえば、ケイはウィッチーズの番組に出ていた。知り合いだとしてもおかしくない。リディアは絶望のため息をついた。もう最低。


「僕たちで探してきます」


 キーファが立ち上がる。


「チャスは先生についていてくれ。ステージ見たいだろ」

「俺も行く」


 ウィルが立ち上がる。いいの? ステージ見なくて。


「いいよ……ステージなんて別に見たくない」


 どういう心境かな。


「俺は行かない」

「マーレン、人手が必要なんだ」

「助かります、団員を連れて行くと話が大きくなりますし、彼女が怯えるかもしれない」


 ブランの言葉にリディアも立ち上がる。


「私も行く。女の子の説得は私がするよ。ケイは私の生徒だし」


 リディアが立ち上がろうとすると、キーファが制する。


「先生が行ったら、変身した意味がありません。ステージをお願いします」

「俺はだから行かねぇって! この庶民を行かせればいいだろう」

「――マーレン。チャスは先生を異性として意識していない。だから残すんだ」

「……まあ、襲いはしないけどサ」

「俺も襲いはしない!」

「誰も疑ってないけど……」

「俺達で行ってきます。チャスだけ残します、先生頑張ってください」


 めずらしくキーファは誰の意見も聞かず、独断で決めて皆を促して行ってしまった。


 ***


 出ていったあと、チャスと二人で残される。

 どうしよう、どうしよう、二人も心配だけど、ステージも不安。

 

 やっぱこの衣装無理! カワイイけど、パンツ見えるんでしょ? お色気担当無理。

 

 まさか仕込んでないよね? 

 衣装に切れ込みがないか、もぞもぞ探すリディアの個人端末PPが、メッセージを受信した。それを見てリディアは呻いた。シリルからだ。


 その言葉を見て、リディアは叫んだ。


“――あとで、ボスが見に行くってさ”


「やめて、やめて!! 来ないで」


 思わず声に出したら、チャスがぎょっとしていたけど、そんなの気にしていられない。 


 何で来るの? 第三師団のイベントだよね。


 忙しいでしょ? テリトリーじゃないんだよ、喧嘩しにくるの? まさかリディアの魔法の出来を見に来るの?


 と思ったら、ディアン先輩からもメッセージ。


“――後で行く”


「だから来なくていいって!」


 リディアは叫んで、シリルにメッセージを早打ちする。


 ステージ前で動揺してんのに、やめてよ。ていうか、ステージ見られたくない、絶対バレる。ひと目で見破られる。なにやってんだって、言われる。


“来なくていい、絶対来ないで!! って先輩に言っておいて!!”


 瞬足で打って、シリルに送信した途端に、リディアは青ざめた。


「――ディアン先輩に送っちゃった!!」

「な、なんだよ、センセ」

「やっっちゃったああ! 誤送信!! どうしようっつ」


 慌てて取り消し、ってどうしよう。メッセージ取り消しってできない? 

 しかも既読になってる。


「読まれたぁぁぁ!!」


 それから一分、二分、五分。

 返信も着信もない。

 それきりディアンからは無反応だ。


 やばい、絶対ヤバい。あの人、こういう時の野生のカンが鋭いのだ。野生じゃなくてもカンは鋭い。


 しかもやめてと言うと、絶対来る。


「私、ケイを探しにドーム行ってくる!!」

「はあ!? センセ落ち着けって! マジわけわかんね」

「みくるを死んでも連れ帰ってくる」

「――じゃあ僕も行くよ、リディア」


 ドアを開けたのは、アーベルだった。

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