Ep.5-5 金木犀の祝福を

 何気ない顔を取り繕いながらも、案内されたのは師団が今回のために借りている商家の一室。

 

 生徒を置いて、入った先には女性がいた。


「ウィッチーズのマネージャーのサラサと申します」

「リディア・ハーネストです」


 名刺をもらいながら、自分の所属は迷った末に告げなかった。なんとなく嫌な予感がしたのだ。


「少々、懸案事項がありまして、その件に関してそちらの師団の方がお力を貸してくださるということですが、まずこれは内々の話ということでお約束ください」

「……」


 師団の運営仲間と、ハイディーを振り返り二人からは何も答えを得られず、リディアはまたその女性を見返した。自分で答えろって言われても。


「そちら側には何かしら事情があるようですが。私が何か協力をするのであれば、それをお伝えしていただかないとなんのお約束もできません」


 そもそも、力を貸すとも言ってないけどね。こういう時は強気でいかないと、大変な目に合わされる。サラサは不快そうに眉を潜め、ハイディーを振り返るが、同じく彼は何も返さない。


「事情はすでにそちらに明かしました。それを共有してくださって構いません。その上で協力してくださるかを検討ください。ただし、協力の有無に関わらずこの件に関しては守秘をお願いします」

「承知しました」


 このぐらいが妥協点だろう。リディアは頷いた。


「――ところで」


 ドアの側に立っていたハイディーが振り返り、ドアを開けた。


 そこにはお約束のようにチャスが転がり、バツの悪そうなウィルと、堂々と腕を組むマーレンと、心配気にリディアを見つめるキーファがいた。


「行儀が悪い、と言いたいところですが、目立つので中に入りなさい」

「ちょっと!」


 サラサが文句を言いかけるのをハイディーが制す。


「あなたはこちらにこの件の解決の主導権を託しました。なので、誰をどう関わらせるか、決定権はこちらにあると理解しておりますが」

「――解決できなかった場合は、そちらが責任をもってくださると?」

「間違えないでください。問題を起こしたのはそちらであり、こちらに不手際はない、ということを」

「……」

「不毛なことを言っていても仕方がありませんが、こちらには解決手段があるということをお忘れなく。そのことに関しては信頼をおいてください」


 女性が黙り、ハイディーはさて、と話を切り替える。


「こちらは大学の魔法学科の学生です。魔法師には活動時に関わった案件には守秘義務がある、ということを理解しており、それは学生にも通用します。ただし今回の件はそれには適用しないと判断しています。その点を彼らに強要できないことを理解ください」


 これは、マネージャーのサラサに念を押したこと。


「関わらせることで、彼らに対して被る損害や危険は?」

「それはありません。今回、何かあるとすればリディアさん、あなたですから」


 すかさず突っ込んだリディアに、ハイディーは切り返す、嫌だな。

 キーファが何かを言いかけ黙る。自制しているのがよく分かる表情を浮かべている。


「今回彼らに事情を知らせることにしたのは、団員とは別の用を頼みたいからです。そして団員内でも事情を知らせるのは最小限でありたい。ですから、直接的な繋がりがない彼らに任せることにしたのです」

「――その内容と、そもそも持ち上がった案件とは? それを知らされない以上何も約束できません。先生には協力したいと思っていますが」


 キーファはハイディーと対話しても負けていない。ディアンにも負けない彼だけど、学生として虚勢をはっているわけでもなく、自分の姿勢を貫いている。

 自分の発言の根拠と、それを口に出せる自信を身につけているからだろう。


 実習前にどこか一歩引いていた彼より、明らかに成長している。学生の成長ってすごいなと思う。


「では、説明を聞いてから決めてもらいましょう。――おそらく君たちは断らないし、秘密は厳守してくれると確信していますが。――説明してください。ブラン」


 突然指名された団員、ブランが、慌てて後ろにいたまま口をひらく。


 リディアが初めて会った彼は、技術職だと言う。

 黒縁眼鏡の彼は、瞳にやや落ち着きがなく、白髪が点在する三十代半ば。専門は結界維持術式開発だという。結界維持は難しい。興味があるから、後で落ち着いたら話をききたい。


「今回、サラサさんから受けた相談は、ウィッチーズのメンバーのみくるさんがいなくなったということ。そしてステージに間に合わない可能性が高いということです」

「――みくるがいなくなった?」


 驚いた顔でいると、チャスが「あああ!」と嘆く。「ステージどうすんの?」と。

 誰かわからないから、いまいち状況の深刻度がわからない。


「ウィッチーズの、みくるでしょ!? センセ知らなさすぎ」


 ごめんね、メンバー誰もわからない。


「俺様も、アイドルなんか知るか」

「そのそもお前の好みだって誰だよ? センセって言うんじゃないだろうな」

「っ、な! ば、か。んなわけ――」


 そして黙ってもじもじしだすマーレンにリディアも困る。こっちを見ないで。かわいそうだけど、リディアは顔をそらす。


 そうすると、マーレンは目に見えて何かを堪える顔をして拳を握りしめている。耳が少しだけほんの少しだけ垂れている。


 うさぎは寂しがりやなんだっけ? いや彼はうさぎじゃない。怪我もしてヤンもいなくなって心細いのはわかるけど。だけど王族として頑張ろうね。

 今は弱っているので仕方ないけど。


「話戻すけどさ。ジュディ、リノアに、みくるの三人」


 一人だけ少し変わった名前だね。


「そのみくるさんが、他のメンバーと喧嘩をして、逃げてしまいました」

「――そういうことって初めてなんですか?」


 サラサに尋ねる。おそらく何度もあったよね。


「そうですね。たまに方向性のことで話し合いの末に、少し時間をおくことが必要なときがあります」


 回りくどいけど、たまに逃げちゃうのを肯定しているんだよね。


「で、探してほしいってことですか? 師団で」


 それとも時間稼ぎか、その両方かな。

 ステージまであと三十分、少し厳しい。


「――それで、リディアさんの協力が必要なんです」


 サラサが答えずにハイディーが微笑を浮かべるから、嫌な予感がした。彼は戦略担当としては優秀だが、たまにとんでもないことを思いつくことがある。


「わかりました。先生に、彼女の代役を頼みたいということですね」


 キーファがハイディーに向き直る。

 そうなの!? 

 確かに言われてみたらリディアが呼ばれたのは、それしかないって気がしてくる。


「それは、先生に全ての責任を押し付けるという形になると思いますが」


 ハイディーは確かディアンより二歳上。体躯は師団の中では中肉中背ともいえ、背丈もキーファのほうが高い。


 しかし恵まれた美貌でありながら女性的な柔らかさもなく、野性的な表情もない。どちらかといえば研究者とか教師のような抱やかな雰囲気をまといながら、時折見せる冷ややかな視線と口調で相手を呆然とさせる。


 ただ、全ての意見を跳ね返すわけでもなく、くだらない思われる意見も一考するその性格は、キーファも学ぶところがあると思ってしまう。

 案外、彼のもとで学ぶと、よりキーファの能力は引き出されるかもしれない。


「確かに、リディアさんの責任は重大ですね。演じきってもらわないといけません。ですが、それは担保だと思ってください。それを防ぐために、今団員が探しています」

「可能性が低いと先程おっしゃいましたが?」


 ちょっと待ってくれよ、とチャスが口を挟む。


「みくるが出ないって。センセが代役とか全然嬉しくないんだけど!」


 そりゃそうだよね。私だって無理だと思うな。


「俺も、お前には無理だと思う。アイドル? 歌って踊れるのか?」


 うん、無理。


「握手会とかできんのか? やめとけ」


 うん、無理だよね!


「その必要はありません。ただステージにいればいいだけです」

「笑顔で手をふって、ウィンクしたり、ハートマークとか手で作るのか?」

「それはそれで、オモシロイじゃん。見たくね?」


 チャスの言葉に反対していたマーレンが黙る。やめて!


「ですが、ステージが中止となるともっと集まった人々を悲しませます。少なくとも残りの二人はいるわけですし。リディアさんはただ姿を変えてステージに立っていればいいのです」

「――ほんとにそう思っていますか?」


 アイドルのステージってそんな甘いもの?


「間に合わない可能性はかなり高いです。ですから団員は彼女の捜索を、そしてあなた達学生はリディアさんのフォローをお願いします」

「フォローというのは?」

「主に精神面の。アイドルは甘くないですからね」


 その笑顔、やっぱすべてが彼の策略の上だって思ってしまう。自分たちがフォローしろと言われると、責任感の強いキーファもつい騙されて頷いてしまいそう。


「着替えでも手伝うのか? 自慢じゃないが、俺は人の着替えを手伝ったことはない。が、自分の着替えは最近一人でやるようになったから、やってやってもいい」


 やや顔を赤くして言うマーレンに、リディアは顔を引きつらせた。

 ねえマーレン。さっきから話をややこしくしてるからやめて。

 キーファがとりなすように、咳払いをした。


「さて、当事者のリディアさん、あなたは?」

「アイドルなんて無理です」

「なんのために僕がいると思っているのですか?」

「――策略? 面白がっていますよね」

「短時間ですが、変身できる魔法薬があります。それを飲んでステージに立てば乗り越えられる事案ですよ」


 リディアの意見を全部丸無視して、彼は答えた。


 ***


 リディアは、マネージャーから渡された衣装を胸に抱えて、一人部屋で眉を寄せていた。

 

 渡されたのは、彼女が普段着ているステージ衣装。

 ウィッチーズは、その名の通り魔女をイメージしているアイドル。一応、魔法師の資格を持っているのがウリだが、魔法の腕がよいとはきいていない。

 そして彼女たちのアイドル活動を、全然知らない。


(この衣装……?)


 魔法師は概ね、法衣をまとう。それは魔法や魔獣からの攻撃を防ぐため、身体の線を見せないマントのようなもの。

 だから彼女たちの可愛らしい衣装は、一般人が抱く魔女のイメージなのかもしれないけれど。


 そこそこ露出が大きい。


(これ、私が、着るの?)


 迷っていても仕方がない。でも無理だと言うには、まずは試してみないと何も言えない、とリディアは覚悟を決めた。

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