Ep.5-4 金木犀の祝福を

 リディアが、彼らを連れてドーム内部に入ったのは開館一時間前。少しぎりぎりだ。


 今回のイベント主催は第三師団シールド


 魔法師師団の公開イベントなのだから各師団各年度に持ち回り、と思いきやほぼ毎年第三師団が受け持つことが多い。

 宮城および首都の守りの要であるということと、やはり性質。こういう師団の存在を民に理解してもらおうという表向きサービスイベントは、はっきり言って、他の師団には向いていない。


 第三師団もわかっているのだろう、俺らにやらせやがって、という恨み言はない。もともと守り、サポートという役柄に回ることが多いからなのかもしれないが、かといって侮られることは一切許さない、譲れない一線を保っているのもある。


 それは団長の性質によるかもしれない。

 はっきりいって、ワレリー団長を侮る人は、他の師団を含めて誰もいない。

 そんなみんなの尊敬と恐れを抱かれている人を、ボスに持てたことは幸せだなーとリディアは噛み締める。


 ――そして今日は、自分を育ててくれた第三師団の団員と団長に魔法を披露する大事な日。


 リディアは緊張を抑えて、皆を振り返った。


「――ここが、先生と団長が作られた魔法空間ですか?」


 キーファの問いに、リディアは控えめな微笑を浮かべる。


「そう。ここは演習室よりももっと大掛かりな魔法でつくられた空間よ」


 外から見たドームは、広場の中に収まるほどの大きさ。

 だが、ここは一つの森を再現している、おおよそ五万平方メートルぐらいだ。

 見上げるほど高い木々には青々とした葉が生い茂っているが、そこに必ずある鬱蒼とした影はない。世界はエメラルドのような明るさ。


 そして足元に生い茂る柔らかな緑の絨毯は、足を包み込むように柔らかい。

 高い木を登ると、そこには木製のベランダがついた丸い小窓が一つの、トゥリーハウス。

 他にも巨木の虚にはめられた扉、赤い屋根のキノコのお家にはかわいい字の表札、木から伸びる蔦のはしご。 


 木漏れ日は結晶ようにきらめいて、青い鳥が赤い実を口にして小首をかしげる。


「……ゲームの世界みてえ」

「どうかな?」

「エルフの森みたいだな」

「綺麗ですね。空気も色彩も」


 ウィル、マーレン、そしてキーファの感想に、リディアは笑顔を返した。


「そうね。エルフの森は入ったことないけど、少し憧れている。小さき人、森の妖精の世界を想像してみたの」


 なんだか恥ずかしい。


「首都って公園パークはあるけど、やっぱり自然に触れられることはないじゃない? 自然の森は厳しいし、影もあるけど。今回は純粋に楽しんで癒やされてほしいって思って」

「お前、癒やされたいのか?」


 リディアは詰まったが、すぐに笑顔を返す。そりゃ癒やされたいけどね。なぜか、と言われると生徒には言えない。


「――先に進みましょう」


 彼らを案内して森を進むと、開けた場所に出る。

 そこには広い広い花畑があった。腰までの細い茎にはそれぞれ花が一輪。たくさんのコスモスだ。桃色、赤、白、黒みがかかったチョコレートコスモス、橙色のキバナコスモスもある。

 歓声を上げて見つめる彼らを促し、膝丈までのそれに分け入る。


「入っていいんですか?」

「ええ、もちろん」


 リディアを先頭にして、彼らも花畑を押し入るように進んでくる。


「なんか、花畑に入るのって初めてだな」

「人工的に作られた花畑って、観賞用で中に入れないじゃない? どうせなら中に入って、思い切り走り回ってもらいたいの」


 中に入ってはいけませんなんてね。写真を取るためだけの花畑なんてつまらない。


「寝転がってもいい?」

「いいわよ」


 チャスが「あーっ」ていって、思い切り転がる。みんなそれぞれ、叫びながら倒れ込むのは、足跡のない雪原にダイブするのと同じ気持ちかな。


「――僕、ここで寝ていてもいいかな」

「一応自分の番では寝ないでね。あと子どもたちに踏まれないでね」


 バーナビーに念を押しておく。でも眠りたくなるって嬉しいね。


「これが子ども専用ってもったいないな」

「大人が入ると写真撮ったりとか投稿とか余計なことしそうだし。体験して楽しむものにしたかったの、子どもが」


 そう、今回このドームは大人の入場は禁止、子ども専用。

 子どもたちがこの森の中で遊んだり、花畑で思い切り走り回って遊ぶようにしたのだ。

 ――この空間を作るのは、団長の力を借りた。

 ただし、リディアだって何もしていないわけじゃない。


「さて、ここではもう一つのお楽しみがあります」


 リディアは勿体ぶって彼らを見渡した。


「かかとを二回踏み鳴らしてみて」


 訝しげにそれを行う彼らだが、とたんに驚愕の表情に変わる。ぽんってはねて、そして空へと浮かんだ。


「浮かんだ!」

「まさか――」

「そのまま水の中のように空気をかくとね――」

「マジかよ」「飛べる!!」


 チャスやウィルは人の話を聞いていない。早速コツを掴んで、もう飛び回ってる。


「まだ説明があるんだから、戻ってきてーー!」


 だめだ、最初に説明しておくべきだった。先に楽しみを見つけてしまった生徒に話を続けるのは大変。

 マーレンも行ってしまったし、ケイもいない。


「――先生も一緒に」


 一人まだ目の前に浮かんだままのキーファが手を差し伸べる。上から伸びる手、リディアが苦労しなくてもすぐ届く高さ、その仕草が紳士だ。


「ありがとう」


 リディアは苦笑してその手をとった。

 ――二人で上昇しながら、生徒たちが楽しんで旋回している上空を目指す。


「飛んで遊べるのは面白いですね」

「――魔法師ってどんなもの? 魔法が使えたら何がしたい? って想像して……ひとつは空が飛べることかなって思ったの。実際の私達は、飛べないけど」


 人は飛べない。飛べる魔法はない。転移陣はあるのに。

 その謎を解明しようとしている研究者も、術式を作ろうとしている魔法師も、魔法具を開発しようとしている研究者も多々いるが、まだ難しい。

 けれど、この特殊な空間でならば。風魔法の応用で、飛べるという体験ができるようにした。


「子どもが空を飛ぶってかなりリスクが高いんだけどね、事故の」

「それで俺たちに手伝いを頼んだのですね」


 リディアは頷いた。


「親は入場禁止。でも地域の保育士と大学生にも協力してもらって、妖精に化けた彼らに子どもの見守りをしてもらっているの。あなた達は他の大学生と一緒に五歳以上の子どもを見ながら、主には魔法術式が安全に展開しているか、見回ってほしいの」


 入れるのは三歳から十二歳まで。けれど飛行ができるのは五歳以上。この空間には人数制限を設けて、一人三分ほどの時間だが、三十分ほどいるような体感になる。

 予約制で並ばないようにもしてある。


「かなり責任重大ですね」

「そうね。でも頼りにしているから」


 わかりました、と告げたキーファは、やっぱりリーダーの顔だった。



 ***



「どう?」

「すっげーつかれる。子どもの相手って苦手」

「ですが、勉強になります」


 リディアがいる運営本部のテントに、キーファとウィルが顔を見せる。


「他の大学の学生とも交流ができたので」


 リディアは破顔した。

 大学は、他に医学部、神学部、法学部があり、それから公立の福祉大学に保育の専攻科もある。それらの大学生にも参加をしてもらったのだ。


 グレイスランドでは、どの職業であっても社会貢献が求められる。保育士であってもそうだ。施設で働くだけではない、自分が社会でどのような位置づけであり、どうあるべきか、常に考えていなければいけない。


 そのためにはどの職業であっても政治には無関心でいられない。地域のコミュニティに参加し、連携すること、団結しなければいけないこと、自分たちだけの専門性を持って仕事をしていても社会は動かせない。


 そのあたりを理解してもらえたら嬉しい。


「もうすぐ四時になります。あとは、俺とウィルで最終確認のために回ってお終いにします」

「あなた達ステージは見なくていの?」


 四時半からのステージに間に合うかは微妙だ。ウィルは楽しみにしていただろうし。


「……いいよ」


 ウィルが少し不貞腐れたような顔で肩をすくめるから何かと思う。見たいのかな。でもそれを自分に知られたくはないのかも。


 チャスが走ってくる。


「なー、ステージもういい場所取られちゃったぜ!?」


 膝に手をついて息を整えながら、悔しそうに言う。それを言うために走ってきたのかな。


「――端の関係者席なら入れてあげるから」

「やった!! センセ、やっぱサイコー」


 それぐらいは優遇してあげないとね。と思っていたら、神妙な顔つきの師団のメンバーとハイディーがやってきた。ハイディーは全然深刻そうな顔つきじゃないけど、なんだろう。


「何か、ありましたか?」

「――ちょっと来てもらってもいいですか?」


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