Ep.5-2 金木犀の祝福を
「それでさ。リディアの魔法は、あそこ?」
黙って自分たちの後ろを歩いていたウィルが不意に割り込むように聞いてきて、リディアは心臓を跳ね上がらせて慌てて振り返った。
自分の話をしちゃってた、他の生徒もいたのに。授業の一環と自分でいったのに。慌てて気を引き締める。
「そう、あのドームの中。手伝って欲しいのはあそこよ」
あの中が今回のイベントのメインだ。
「センセー、質問。ウィッチーズとは会わせてくれるの?」
リディアは固まった。チャスは、目があうと悪びれない表情でケロっとしている。
「今回は授業の一環。そういう報酬があるとは言ってないでしょ」
実は、今回師団はステージイベントとしてウィッチーズという魔法師アイドルを呼んでいる。あまり魔法が得意ではなさそうだし、何をしているかリディアは知らない。
でも人気があるらしい。
それを呼んだことは生徒に教えてはいないし、勿論手伝いをさせても会わせることはできない。
だが一般向けパンフレットには、一大イベントとして大きく載せられている。正直リディアのメイン魔法よりもバーンと一面に掲載されている。
一般人が来てくれるのは彼女らの力によるところが大きい。
そして彼らが知らないわけがない。期待しちゃうのは、もっともだ。
「私は関与してないし、会わせてあげることはできないけど。手伝いは十六時までとするから、三十分からのステージは見ていいわ」
「やった!」「お!」
チャスとウィルはハイタッチしている。年頃の男の子だもんねぇ。
キーファやバーナビー、マーレンの反応は薄い。
「あの品性のない格好には興味がない」
チャスは、なんも答えずにウィルに同意を求める。
「パンチラあると思う? ステージいい席とれっかな? なあウィル」
「うーん」
「あ、パンツよりお前、胸が好きだっけ?」
ウィルは口を開きかけて、けれどこっちを見て黙ってしまった。リディアが制止するよりも早くだ。
ハッキリいわなかったからよし。
聞かなかったことにしよう。そういうのは自分たちだけの時にしてね。
「僕の方が数百倍綺麗だし、かっこいいし、イケてるのに!」
「ああハイハイ、そうだなー」
ケイには軽く流すチャス。ケイ、ほんと人間関係心配になるよ。
「この話題は、ここまで!」
先ほど、私語をしてしまった自分の不手際は流して、リディアが厳しめの声を出して、不満顔のケイをそのままに彼らを黙らせた途端に、後ろに気配があった。
「――リディア!」
小さい、とはもういえないかもしれない。高かった声は、低めになっていた。リディアの腰に後ろから抱きついてきた存在の背丈は、すでに背中までとどくほど。
振り返らなくても魔力でわかる。それくらい強大なものだ。
「アーベル!」
「――久しぶりだね、リディア」
リディアから一旦体を離して、少しだけ余裕の顔。
ああ、大きくなったな、と思うけれど、年頃の男の子だし言い方には気をつけないと。
「――ハグしてもいい?」
彼が腕を広げて言うからリディアは笑う。
いまのハグじゃないんだ。
ただ抱きついてきただけ?
しかも手を広げてリディアを待つって、余裕な態度だな。
苦笑しながら許してしまうのは、尊大な態度も甘えとして許される年頃だから。
近寄って広げた腕に入っていってハグを受けると、彼はリディアの頬に少し背伸びをして左右にビスをした。
頬と頬を合わせるそれじゃなくて、頬に唇をかすめるこれはチュウだよね、と思ったけど。
――いつもそうだった。
それが終わるまえに、ウィルがムッとして手を伸ばして彼の襟首を掴もうとするから、リディアはそれに気づいて慌てて止めようとして。
――間に合わなかった。
即座に身体をひねって、小柄な体格を生かして素早くウィルの手の下をすり抜けたアーベルが、彼の手を掴んで引き寄せ、勢いよく捻る。
「ってぇ!」
「人の背後に立つって、叩き潰されても文句は言えないですよね」
そう言い捨てて、アーベルは手を離す。体格差があっても、見事な攻撃だ。
「はあ!?」
ウィルは痛みがあっただろうが、それには構わず、アーベルに向き直る。
リディアは、真剣な顔で二人の間に進み出て、待って、と声をかけた。
アーベルはだいぶアグレッシブな性格になってしまった。七歳の時はもう少し大人しかったのに。
でも、魔法学校ではこれぐらいじゃなきゃ勝ち残れないのかもしれない。かなり重圧もあるだろうし、そういう目で見られるだろうし。
「ウィル。いきなり後ろから人の襟をつかんだら、失礼でしょ。アーベル、年長者、というより他人を敬って。明らかな敵意はなかったんだから」
「――リディア、紹介をおねがいします」
冷静であろうとするような、キーファの声が響いた。
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