Ep.5-1 金木犀の祝福を

 *6章 大学年度末編のシルビスから戻った後の話になります。

 


 待ち合わせは、王都の中央前広場。


 普段の日曜日はいちで人が溢れているが、今日はその比ではない。

 いつも通り初代国王の銅像を中心に白いテントが活気よく張られている。それらは野菜や果物、ハチミツやパンやチーズを売っている店、合間には秋の草花をブーケにして売っている店も見え隠れしている。


 中央の木組みの庁舎からは国旗と首都のシンボル旗、正面に位置するレンガ造りの時計塔へとつながる鮮やかな飾り紐には、花とランプが交互に下げられている。


 周囲の商店や家のベランダ、張り出し窓にも鉢植えが下げられてとても鮮やかだ。

 中央の銅像を囲んでの芝生上では子供が走り回り、家族や恋人が座り込みそれぞれ自由に過ごしている。


 そんなイベントムードで珍しいのは、白い魔法衣を着た魔法師が多いこと。

 彼らは法衣に所属を表す外套留めフィビラをつけている。

 黄金のその装飾具は、六方向に伸びる太陽光とそれを両手で守るように囲む鋭い爪を持つ竜の手の意匠――第三師団のシンボルだ。


 リディアも以前はつけていたことがあった。第一師団に移動した後も、翠の自分の法衣にそれをつけていても、ディアンは何も言わなかった。


 特に十代前半は自分の所属はあちら、という思いもあったのだろう、第一師団には染まるもんかという反骨精神というよりも、ただの意地。


 そんなことを思い出して、恥ずかしくなっていたら、人混みから見知った顔が覗いた。


 先頭はキーファとウィル二人。並んで会話をしていた彼らが、リディアの方に向けられる。途端にキーファは軽く頭をさげ、ウィルは片頬をあげて笑う。


 チャスは眠そうなバーナビーを引っ張り、リディアではない誰かを指差している。ちらりと見たら、リディアより年上の綺麗な女性。そうだよねー男の子だもんね、と思いながらリディアは視線を戻す。


 マーレンは偉そうに無造作に歩んでいるが、どうも目立つのは、歩き方や身のこなし方が優雅だからか、時折一般人が振り返る。

 リディアが観察しているとこちらの固定された視線に気づいて、途端に歩き方が変になる。


「来てやったぞ」


 そして妙に意識しながら偉そうにマーレンは告げる。

 先に変な挨拶をされたキーファが軽いため息をついて「先生、こんにちは」と言ってくる。


「皆、来てくれてありがとう。それからマーレン。手伝いを頼んだけれどこれは地域魔法学の授業だからね」


 マーレンは、今回復に努めているが、調子が良さそうなので参加を促してみた。第三師団のお膝元だから、安全性は確保されている。

 それはいいが、今の発言はどうもな、と思いつつ、まだ病み上がりだし、休学中だから何も言わないでおこう。


 ウィルは肩をすくめ、バーナビーはいつもどおり穏やかに「調子はどう? リディア」と微笑む。


「バーナビー、ありがとう。調子はいいわ。あなたも元気そうでよかった」

「顔色がよくなったけど、少し疲れているね。ちゃんと食べないとだめだよ」 


 見通されている気がする。


「これが終わったら、食べるわ」


 キーファがちらりと視線を向けた。あ、やばい、何か心配要因をふやしてしまった。

 その視線に気が付かないふりをする。

 それよりも。


「ケイは?」

「すみません、繋がらなくて。連絡がつき次第、先生にお伝えします」


 キーファが神妙に報告をしてくるから、リディアはいいわ、と言った。


 彼が独断行動なのはいつものこと。リディアもだいぶ学んだ。いちいち腹を立てていたら身がもたない。遅刻なら減点、欠席ならば単位をあげない。


 シンプルに粛々と成績をつければいい、と思いながらモヤモヤを押さえつける。

 それよりもキーファが申し訳なさそうなのが、逆に申し訳ない。リーダーにしたのは、実習のときのみ。なのに未だにリーダーとしてリディアの補助をしてくれている。


 ごめんね。めっちゃ助かってます。

 キーファの態度で、ケイへの怒りがしゅるしゅると消えていった。


(ありがとう、キーファ!)


「事前に概要を説明した通り、今日は地域活動実践授業のひとつです。魔法師はつねに一般人に対して、貢献活動が求められます。また地域に対して魔法師がどのような役割を果たしているのか、説明と公開の義務が生じます。グレイスランドの魔法師団が防衛を担うと同時に、社会活動を行うのもその一つです。今日は、その師団の公開日。自分たちが何を行なっているのか、どのような組織であるかを人々に広く知ってもらう宣伝でもあり貢献活動でもあります」


リディアは彼らをぐるりと見渡しながら説明をする。


「とはいえ、難しい見学会や説明会では退屈させるだけ。いつもこのような形で楽しんでもらえる企画で開催します。今回は第三師団と私で企画実行しています。皆さんには、学生として運営に協力していただきますが、ここで展開されている魔法術式を分析し、それから魔法師における社会貢献とは何か、魔法師法とその成立の歴史的観点と絡めてレポートを出してください。期限は今日から一週間後の月曜日です」


 課題を出されるのは流石に慣れた様子の学生たちだが、チャスがあのさ、と手をあげる。


「師団の術式、分析すんの? 無理じゃね?」

「正確さ、正解は求めていません。でもどうしたらこの魔法が展開できるのか、自分なりに術式を考えてください」


 へーい、とチャスが頷く。


「じゃあ、みんなの配置を説明するわね。ついてきて」


リディアがドームへと先導すると、遅れて来たケイが何食わぬ顔で加わっていた。

 

 五分遅れだ。まだ開始していないし、どうも減点にはしづらい。

 厳密に決めておけばよかった。

 

 キーファがリディアに軽く頷く。今の内容を説明しておきます、という顔にリディアも頷き返す。

 それでどうにか感情を抑える。優秀な生徒がいてほんとうによかったと思うことにする。


(ありがとう、キーファ!)


 今日何度目かの感謝を胸で捧げる。



 秋らしく漂う香りを胸に吸い込んでいると、キーファが横に並んで来る。


「いい香りですね、先生が選んだのですか?」


 鼻腔を掠める、なんてささやかな表現ではない。けれど、やはり人工的な香りとは違うのか、気分が悪くなるようなものではなかった。


「花で広場を満たしたかったの。でも違う季節の花はちょっと違うし、金木犀は大好きな花だから」


 この季節になると、鼻を掠める刺激的で優しい匂いに、どこで咲いているのかなと振り返る。

 そして見つけると、もうその時期なのだと思い返す花。一本だけでも秋の訪れを感じさせるもの。


「本当は、金木犀の並木道を作ってみたかったのだけど」


 その下を歩く恋人たちって素敵だな、と思った。でも広場を囲んでしまうのは違うし、広場から宮城へと続く大通りの左右に配置するのも想像と違う。

だから、広場の芝生に腰ほどの高さの生垣の迷路を作った。合間に金木犀を配置して。


 勿論、迷ってしまうほど難しいものではない。所々に空き地をつくって、そこで恋人たちが座り込んで、話をしたり、子どもたちが迷路を走り回ったりしている。


「それも素敵ですが……これもとてもいいと思います、先生らしいアイディアですね」

「ありがとう」

「ヴァンゲル団長の術式ですね」


 さすが。それを分析できるようになった時点でかなり力をつけている。


「私じゃここまで大掛かりなものはできないから。どういうものを作りたいかなって思って。今回のテーマは、子どもたちが楽しめるもの、よ」


 一般公開のものならば、やっぱり子どもたちが主役になれるものにしたかった。


「これが団長からの贈り物ですか?」


 キーファの問いは、成人の儀式の最後に送られる団長からの魔法のことを指しているのだろう。


 ――今回のこのイベントは、リディアが成人の儀に見せる第三師団への魔法の集大成。成人となる誕生日に、それまで育ててくれた仲間へ準備した魔法を披露する儀式だが、リディアはその頃は、もう師団を辞めていた。


 先日、学生の実習時に訪問し、第一師団では披露したけれど、元の所属の第三師団ではまだ行っていなかった。


 とはいえ、成人になったのはだいぶ前。今更でもあるが、彼らの前で披露していないし、けれどスルーを許してはもらえるほど甘くはない。

 なので話し合って今回のイベントに合わせてリディアが企画と運営に関わることにしたのだ。

 

 大学教員は、社会貢献も求められる。年度末の業務評価の自己申告で社会貢献の欄に一つ書き加えらえる内容ができてよかった。


「――どうかな。団長からは何も言われていないから」

「花が好きなんですね。何の花が好きなんですか?」

「どんな花でも好き。全部違うもの、比べようがないな」


 そう言うとキーファは少し困ったように笑った。苦笑い、かな。


「きっとどんな花を貰っても嬉しいって答えてくれるんでしょうね」

 

 これって、どう答えよう。くれようとしているのか、ただの雑談か。

 

 でも好きな花を答えるだけだし、あらためて思い浮かべてみる。


「香りなら、金木犀、ジャスミン、沈丁花。カサブランカのような華やかなものも好きだし。薔薇だって幸せな気分になるし。ミモザも、フリージア、桜、シャクナゲ、小手鞠も白木蓮も、もちろん――」

 

 だんだん、収拾がつかなくなってくる。思いつくものは、全部なのかも。

 まとめようとして、言葉に詰まる。


「ごめんなさい、言っていてまとまりがつかなくなったけど……していえば」


 キーファが黙ってこちらに目を向ける。

 彼の眼差しは時々リディアを落ち着かなくさせる。穏やかで黙っていても聞いていてくれるという安心感。受け入れてくれるような気がするからつい話したくなってしまう。


「話しかけたくなる花、かな」

「……」

「あ、わかりにくいよね。でもきれいに咲いてくれてありがとうと言いたくなって、嬉しくなるの」


 変なことを言ったいう自覚はあったが、キーファは突っ込まなかった。

 いっそう眼鏡の奥の眼差しが優しくなる。ブラウンの目が確かに嬉しそうに笑っていた。


「リディアらしいですよ」


 そして、彼はそう答えた。


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