Ep.3-3 The Blue Phantom
ディアンは、仮執務室で団長同士の専用回線で通話をしていた。
相手は――
魔法師団は、それぞれの師団の独立性が強い。しかし王都の守りを第一にしているところから混成部隊を編成することも多々あり、全く無関係というわけでもない。
だがシャドウは別だ。かれらはその特殊性から、実態は謎に包まれておりディアンもこの専用回線でしか話した事がない。
そして今知った、こいつは変態だと。
『だからさー言ったじゃん。リディたんのカレンダーは僕のものだって。君、しつこいよ』
「何度も言うが手違いで出回ったものだ。代替品を用意したから交換に応じて欲しい」
『君さ、脅しが得意らしいけど、僕には全然だよ』
「脅しているつもりはない」
『僕も脅されてるつもりはないけどね。めっちゃ可愛いよね、リディたん。こんなに可愛く成長するんだったら、僕んとこ引きぬいておくんだった、あーかわい』
ディアンは、今日何百回目かわからないけど思った。こいつ、ブチ殺したい。
もちろん、攻撃した途端に
「--いいから。返してくれ」
『それだけどさ。僕、君の裸なんて全然要らないんだよね。僕両方いける口だけど、君はタイプじゃないの。可愛いのが好みなんだから、君なんてお呼びじゃないの』
こっちもテメエなんて願い下げだ!
ディアンは通信画面を殴りつけたいのを必死で堪えた。
『リディたんの写真とは比べ物にならないの。ひとつだって返す気はないからね、お
ブツッと切れた画面。ディアンはそれを殴りつけようとしてやめた。フォログラムを殴っても意味はない。
「――ディック!」
代わりに部下を呼びつける。
「なんだよ」
ひょこりと顔を覗かせる部下、聞いていたんだろ。
「アイツを
「暗殺業はあっちの
盛大に舌打ちをしたディアンは、ディックの後で怯えたウサギのように顔を覗かせているリディアを認めて、顎をしゃくって入ってこいと告げた。
「――ご迷惑をおかけしているようで、すみません」
リディアが肩を落として謝る。ディアンはため息をついて苛立ちを押しやる。
今回はシリルの作戦勝ちだ。だが警戒心の薄いリディアも悪い。が、それについてはこいつは反省しているし、ディアンもこれ以上叱るつもりはなかった。
「最近変わったことはないか?」
リディアが口ごもる。
途端にディアンはぴんときた。何かある、しかも隠していた。ディアンが睨むと、リディアは気まずげに「違うかもしれないけど」と躊躇いがちに口を開いた。
「――花が届く?」
「大したことじゃないし、別に害はないと思うのだけど」
「--っ、大有りだ! 魔法師が送ってくる花が、なんもないわけねーだろ!」
「でも、今のところ何もないよ!?」
「捨てろ」
「嫌」
ディアンは目を剥いた。今何っつた?
「花に罪はないよ、綺麗だし」
「阿呆!」
リディアがキッとディアンを睨んでくる。目が赤い、泣いてはいないし、こいつは泣かないけど、感情は豊かだ。傷つきやすいし、すぐに人に同情もする。感情のない物にも同情する。
「私は馬鹿だしアホだし、迷惑も心配もかけてるけどね、私なりにも解決策を考えてるの」
馬鹿だの阿呆だの言い過ぎたのは反省している。言質をとられたディアンはぐっと黙る。
「なんだ?」
「シャドウの団長と会うよ。そして返して下さるように、お願いする」
「っ――」
「馬鹿って言っていいよ」
先にリディアに一本とられた、自分よりリディアは冷静だ。
ディアンは息をついて、それから椅子の背に、もたれ掛かる。
「お前、シャドウの団長を知ってるか?」
リディアはふるふると首を振る。
やわらかそうな金髪が、頬の周りで揺れる。今日は結んでいない肩よりも長い髪。
師団にいたときよりも、目つきがやわらかくなった。頬が丸みを帯び、雰囲気が優しくなり、大人の女性としての色気が出てきた。
実習で数年ぶりに会った団員たちが驚いて色めきたって、ざわついていたのをこいつは知らない。
喜ばしいことなのだろうが、本人の自覚もないし無防備さが目立って、ディアンは正直――わからなくなる。
自分の手の中にいない、それがいいことなのか。
戦闘の第一線にいないことで安全のはずなのに、守れなくなった気がする。
「シャドウの団長は、存在も姿も全てが謎だ。俺でさえも会ったことはねえ。誰も知らない」
「誰も知らないって」
「会うな」
「でも、直接会ってお願いしてみたほうがいいよ。会いもしないで頼むほうが失礼」
ディアンはリディアを見据えて告げる。
「会っても仕方がない」
「どうして」
「シャドウの団長と実際に会った者はいる。けれど、覚えていられない。姿も形も、会話も」
「どういうこと?」
「アイツは記憶を操る。会ったことも、何を喋らされたかも、誰も覚えていられない」
***
家路に着き、玄関を入ったところでリディアは目を瞬いた。
「あれ?」
何かの違和感、自分の部屋なのに違う気がする。振り向いてリディアは花に目を向けた。
花瓶の中の花が鮮やかに色づいている。
「貴方が、何かした?」
花に屈みこんで話しかける、リディアが花弁に触れると背後で涼やかな声が響く。
「――正解」
その声が響いた途端、リディアの視界が暗闇に閉ざされた。
「ここは――」
「こんにちは、僕の美しい人」
リディアは振り向いて目を瞬いた。目の前にはリディアよりも格段に美貌の君がいた。
逞しい体躯、白いタキシード姿は広くて厚い肩幅を立派に見せている。深い紫色の肩まで届く髪、太い眉はりりしく、ブラウンの目は眼光鋭い。
リディアの手をとり、恭しく口付けた彼は、下からリディアを見上げて自信ありげに口を開く。
「君の希望を聞いて、馳せ参じましたよ――姫」
「イースク・ディアメル団長」
彼は自信に溢れた男らしい笑みを浮かべる。
「イースク、と呼んでください。ぜひ一緒に食事を。招待を受けてくれますね?」
***
次元の狭間を通り連れて行かれたのは、おしゃれなフレンチレストラン。足もとを照らすランプの光に導かれて、木の桟橋を渡り、青白い水上に浮かぶコテージのレストランに連れて行かれた。
店の中は、他に客はいない。完全に貸切だ。
中央のもっともよい席に案内される。リディアが座ると、彼は優雅に腰をかける。
「素敵なお店ですね」
彼は微笑むだけであえて語らない。
最小限の光源、机上には蝋燭の明かり、窓の外にはたくさんのランプ。薄青の中に、オレンジの光が浮かんでいる。
「何を飲みますか?」
ワインリストを手に彼が問うから、リディアは首を振る。
「すみません、私、お酒は――」
「ああそうだ。君は感応系魔法師だ。失礼――ではノンアルコールのカクテルを」
彼はとてもスマートだ。胸元に挿した青い花、洗練された仕草に、穏やかで包容力のあるサービス。
淡い水色のカクテルは下のほうが黄色の二層になっている。それを掲げて乾杯して、リディアは口に含む。グレープフルーツの味がした。
「さすがですね。精神壁が強固だ」
リディアは彼を見返す。リディアの精神の守り――防御壁に触れたらしい。言われてみると、心がざわつく感じがある。それまでは気づかなかったが、今触れていると知らしめてくる、わざとだ。
「さすが
「これぐらいは誰もがしています」
リディアは思う。
師団の団員は誰もが精神干渉に対する防御策を取っている。
対象的なのが
敵うとは思わないが、それも予想の上。
(私には知られて困ることなんてない)
上層部ならともかく、知られて困る情報なんて持っていないのだ。
「早速本題に入ってもいいですか?」
彼は軽く右手をリディアに差し出し、どうぞと促す。
「私の写真の入ったカレンダーを、お返し頂きたいのです」
彼は予想していたかのように、微笑む。
「いいでしょう。ただし、条件があります」
「条件?」
「ええ。物事はすべて交渉次第。ただほど怖いものはありません。何かを得たければ何かを差し出さなくては」
リディアは、彼を見据える。喰えない、まったく。リディアが敵う相手じゃない、駆け引きなどできない。だからただまっすぐに向き合うしかない。
「交換条件は何ですか?」
彼は穏やかで紳士然とした笑みで口を開く。
「あなたの――処女です」
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