Ep.3-2 The Blue Phantom
第一師団団長の執務室は、本部の最奥にあり鉄壁の守りを誇る要塞である。最高の防御魔法が重ねられており、あらゆる攻撃にも耐え傷ひとつ負わせられない筈。
なのに今。
まるで巨人が拳で殴ったかのように、放射状に蜘蛛の巣のひびが入り、思いきり凹んでいる。しかも六方面全部だ。天井までひび割れているってどういうこと?
「――釈明は」
リディアはシリルと並んでディアンの前に立たされていた。ディアンはどっかりと机前面に座り、冷ややかじゃなく、本当に冷気を混ぜた魔力でリディアの身体をちくちく削る。
魔力が痛いです。
「それだけどな。別にリディアも悪くねーし、私も悪くねーし、むしろ悪いのはあんただぜ、ボス」
シリルがふてぶてしくディアンに苦情を言う。幹部連中はディアンに唯々諾々と従うことはない。勿論任務中には絶対服従だが、そうじゃない時はずけずけ意見を言う。
「こっちは広報委員だからな。仕事をしたまでだ。まあリディの写真が漏れたのは事故だけど、別にいいだろ? やばいの載せたわけじゃねーし」
「こいつは、民間人だ」
「んなの、モデルに制服着せてアピール写真撮ってる機関なんてどこでもあるだろ」
「お前は、これがどういう影響を及ぼすかわかってんのか?」
ディアンはシリルを丸無視してカレンダーを弾く。リディアは、ディアンが示したカレンダーの一枚目に目を向ける。
髪をかきあげて、腰をひねる見返り図。
ボディスーツだから胸からヒップまでのラインが丸分かりだ。
リディアは泣きたい。女王様然とした顔ではなく、自然に振り向いたような無防備な顔。一体いつ撮った?
「色々、です」
「お前は教師だな」
「はい」
大学側にばれたらやばい。生徒にも保護者にもやばい。ああやばい。
「今、回収を指示している」
「ありがとうございます、すみません」
「リディは、元団員だ。これ見て期待して入団してみたらいませんでした、ってなっても責任まで取る必要はないだろ」
シリルがいけしゃあしゃあという。なんか論点が違う。
「――お前な」
「ボス。アンタが嫌なのはこれでリディがおかずにされることだろ? しらねーオスがこれ見て勃っちまうのが嫌なんだろ」
「……」
ディアンがシリルを睨みあげる。リディアは顔を赤らめつつもカレンダーを見下ろす。
(これが?)
「別に裸じゃないのに」
(――あの胸寄せ写真じゃなくてよかった)
「ていうか、配ったのに問答無用で取り上げるってないだろ。代わりのどうすんだよ」
「ティシュでも配っとけ」
「それで処理しろってか?」
嫌だ、この会話嫌だ。
一応男性(ボス)と女性(同僚)の会話なんだけどね。
「そうさ、これは裸じゃねーし。水着でもねえ。私ら女には男がどこで興奮すんのかわからねーけどな。こんなボディスーツで抜けるなんて想像もできねーけど、ボスを見ていると、どうやらそうらしい」
「――黙れ」
『私ら女』? 台詞を聞くと、どちらの性別の人が話しているかわからないよ。
「だまんねーよ。大体、団員獲得のために他所では創意工夫を凝らしてんだよ。知ってるか? 第二師団では、団長自らが脱いで写真集を作ってんだ。うちも、ちょいとリディの写真を借りただけだろ。興味を引くのも、ヤバイのもすれすれになるのは仕方ねーだろ。嫌ならあんたが協力しな」
ディアンが唸る。
「わざわざ顔をさらせるか!」
「さらせよ。さらしたからって、暗殺を怖がるたまじゃねーだろ」
「なんで俺が裸を見せなきゃいけねーんだよ!」
「民間人のリディが晒してんのに? ああ、女の私らは想像もできねーけどな。ヤローがこれ見て、どんなプレイを想像して頭の中でリディをヤっちまってんだろうなあ? 男のアンタなら想像できんだろ?」
歯軋りが聞こえた。気のせいじゃない、ディアンだ。ディアンの拳がぎりぎりと握り締め垂れて、閉じた口から唸りが漏れる。
「あの。--別に、知らない相手だから平気」
知らないところで知らない人が何を思おうと、どうでもいい。リディアがとりなすように言うと。
「――こんっの馬鹿!!」
ディアンから怒鳴り声が返ってきた。
ひどい。
「ボス、覚悟を決めろよ。じゃなきゃリディが我慢するぜ? ストーカーがついちまうかもな。夜な夜なリディをヤるのを想像する男どもをほっといていいのか?」
ディアンが触れた拳の下。机が放射線状に蜘蛛の巣を描く。嫌だ、机までもが被害に。
「リディア――出ていろ」
「……あの」
「いいから、出ろ」
ディアンの命令は、リディアに席を外せということ。シリルが不適な笑みで団長を見下ろしている。
駄目だ、自分が入っていける会話じゃない。リディアは恐々として、崩壊しつつある執務室を出た。
***
第三師団から帰ってきたリディアを迎えたのはディックだった。
「リディ、平気か?」
ディックが頭をぽんぽんと叩く。リディアは力なく頷いた。
「ディックにも怒られるかと思った」
「散々絞られたんだろ、だったら俺が叱る必要はねーよ」
「うん」
おとーさんには、めっちゃ怒られました。怖かった。でもちゃんと愛があった。
『お前には一生任せられん!』とか。なにそれ。だからディアンの機嫌が相当悪かったのも仕方ない。
「俺らは心配なんだからな。わかるだろ」
「うん。反省してる」
生徒には、『安易に人や自分の写真を撮ってはいけません。他人にも撮らせちゃいけません、SNSには気をつけなさい、どこで晒されるかわからないから』って注意しているのに。
ていうかシリルのあれは「わざと」な気がする。
「ところでどうなったの?」
「ああ、えーと。団長の写真と差し替えで話がついた」
「すごい、シリル」
ぬ、ヌードですか?
「何かの時の既存の写真らしい。撮影はしねえって」
「でもシリルのことだから、とっておきの先輩の写真出してくるよ」
ディアン先輩、身体はいいんだよね。私も欲しい、とリディアが言えば、ディックがでこピンをしてきた。
「お前はそういうの見ちゃ駄目」
「みんなの裸なんて今更――」
「そういうこと、言っちゃ駄目。つーか、うちのボスのでも駄目、俺が嫌なの」
リディアは口を尖らせた。ディックのそれは、たまに友情とは違う気がする。まあお兄ちゃんだから、いつまでも清い妹でいて欲しいみたいだけど。もう成人だからね!?
「ところでリディ。お前の周りで変わった事はねーだろな?」
「変わった事?」
ないよ、全然。リディアはそう返事をした。
***
呼び鈴がなる。花が届く、今度もまた青を基調とした花。丁度花が枯れかかる頃に届くのだから、なんというか―-手回しがいい。
ただ、怖い。
リディアは枯れた茎を捨てて、まだ咲いている前の花と今回の花を一緒にいける。
花が届くのは四回目、さすがに心配になってきた。花屋に問い合わせてみたが注文は魔法師団からということしかわからない。情報収集のプロであるディックに聞けばすぐに調べてくれるだろうけど、なんか余計な騒ぎになりそう。
「あなた達に罪はないしね」
リディアは今日も花に話しかけて、家を出る。
***
「回収できない?」
リディアは、事の顛末が気になり仕事後に魔法師団によってみたところで、仮執務室前でシリルに会った。
「ああ。ほぼ回収・交換できたんだけどな、ほぼ一人で独占してる奴がいて、それが一切応じない」
「ほぼ独占って」
「今回、千部作ったんだけどな、回収できたのは百部。残り九百はただ一人が持っているらしい」
「なんでそんなことに? イベントで配ったんだよね」
「まあなあ。それがそういうことができちまったんだろうな」
「誰?」
「
*多分下半身は露出していないはず……(どーでもいいですね)
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