歌劇『サルタン皇帝』より「熊蜂の飛行」を聞き乍（なが）ら……

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　潤滑剤（グリス）の切れた機関（からくり）の歯車でも輾転（てんてん）磨輾（まてん）して軋（きし）み居（を）るか、喧（かまびす）しく響（とよ）む葉月（はづき）の欅（けやき）の木下闇（このしたやみ）より、一機の搏翼機（オルニトプテエル）〔ornithopter〕が空（くう）を細切（こまぎ）りする乾いた微音（びおん）を立てて宙（そら）に躍（おど）り出た。此処（ここ）は隠国（こもりく）の大峡（おほかい）に騒立（さわだ）つ鬱蒼（うっそう）とした琪樹（きじゅ）の杜（もり）に非（あら）ず。汝（なれ）の複眼（め）には如何（いか）に映ずるか、此処（ここ）は石と鐵（てつ）とで鎧（よろ）はれた建物（ビルヂング）の稠密（ちゅうみつ）する焦熱（しょうねつ）の大東京（メガロポリス）なるぞ。

　或（ある）いは彩施（いろほどこ）せば花玻璃（ステンドグラス）の如く、或（ある）いは嵌木細工（モザイク）の如く麗（うるは）しき翅（はね）を有（も）ち乍（なが）らも鄙容（ひよう）鈍重（どんじゅう）なるゆえ真面（まとも）なる飛行（ひぎょう）も儘（まま）ならぬ搏翼（はばたき）で、宛（さなが）ら上天（じょうてん）より垂れし天絲（てんし）に操（あやと）られた振り子（ペンヂュラム）の如く、或（ある）いは真昼間（まひるま）より酔蕩（ゑひたらく）して乱（みだ）り脚（あし）するかの如く、行方（ゆくへ）も分かず宙（そら）を迤邐（いり）として遠近（をちこち）の石や鐵（てつ）やに打付（ぶつ）かっては撥（は）ね乍（なが）ら、其の都度（つど）に大きな彎曲（わんきょく）の飛跡（ひせき）を描く此（こ）の搏翼機（オルニトプテエル）も、軈（やが）ては爾（のみ）ならぬ是（これ）の数多（あまた）の疇匹（ちゅうひつ）と連れ立ちて、悉皆（しっかい）、盂蘭盆（うらぼん）過ぎれば其の骸（むくろ）を土瀝青（アスファルト）の上に累累（るいるい）とさするのであろう。塑料（プラスティク）の小さな玩具（がんぐ）の如く墜ちて土瀝青（アスファルト）に汝（なれ）の成れ果ての打付（ぶつ）かる時の、撥（ぱちん）、というあの得（え）も云（い）はれぬ心悲（うらがな）し氣（げ）な乾いた音が、程なく又候（またぞろ）鳴るのであろう。汝（なれ）は熊蜂（くまんばち）なれや、否（いな）、汝（なれ）はcicada（シケイダ）……誰人（たれひと）か汝（なれ）の命運（みょううん）を斯（か）く裁き掟（おき）つるか。