鴆毒

 細雨ささめに濡らされた邏司らし外套がいとうは、月影つきあかりらされて烏漆うしつの如く仄炗ほのびかっていた。四方よも花薬欄けやくらん囲繞いにょうされたこのやしきなれど、いなむしろ、なればこそとうべきか、其の蔓延はびこ瓊葩綉葉けいはしゅうよう空隙くうげきぬいとって此処彼処ここかしこ鼬道いたちみち出来しゅったいするは詮術せんすべ無きことではあった。

 れどこの邏司らしすでにして小半日こはんにちもの間、ひかがみを伸ばしたままで、いたづかはしくも只独ただひとりしてやしきおの膂力りょりょくつ限り、だ見ぬ下手人げしゅにんをこそ見留みとむべき牛突眼うしつきまなこくう揺蕩たゆたわせながら、益体やくたい無き警衛を続けていた。

 やしきの主はすで身罷みまかっていた。主は四方よもかし思わなんだろう、おのが案上の羽笔はねペンの、ピトフーイの羽でこしらえられたものとり替えられていた等とは。鴆毒ちんどくは、主の指先のかすかなるかすり傷よりって、彼を亡き者とした。

 涯扨はてさて邏司らし気取けどろうか。主を亡き者とした下手人げしゅにんこそ、爾時じじやしきうち淥酒りょくしゅを傾くる主の後妻あとめなることに……。

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