第4話 怪奇邂逅Ⅲ.

 目が覚めると、見知らぬ天井だった。

 思い出すのは、夢のような出来事。

 学校の生徒会長に殺されそうになり、今度はその生徒会長にそっくりの人形に襲われ、成り行きで協力した形になった。

 確かな現実であることは理解していたが、どこか現実であるという実感はない。

「起きた?」

 聞いたことのある声に安堵する。

「生徒会長」

 赤川涼子の声。どこか安心する優しい声音。

 ああ、こんな風に話せるのか、と蒼介は思った。

「ここは?」

 自分の現状が理解出来ない。最後にこの目に焼き付いている光景は涼子が放った光の柱。

「私が居候している家よ。案外元気そうで良かったわ」

 そうか、と短く答えて身体を起こす。

 まだ右腕は痛むが、折れた骨と無数についた生傷は綺麗に治っていた。

「驚いたわ。治癒魔術を施したとは言え、傷の治りが異常に早いんだもの。ちょっと心配して損したわ」

 涼子は苦笑しながら言う。

「そうか、感謝する。僕は昔から怪我の治りは早いんだ。けど、右腕は流石にまだ完治とまではいかないようだ」

「さて、これで義理は果たしたわね」

「え?」

 蒼介は言葉の意味を理解しかねる。

 あのままでは、蒼介は死んでいた。

 むしろ助けてもらったのは自分だ、と思っている。

「悪かったわね、疑った事。まぁ生きてるわけだし、これで貸し借りはなしって事で」

 フッと蒼介は噴き出す。

「何よ……」

「いや、生徒会長が謝るなんて思わなかったから」

「ふん、別に貸し借りを他人に作りたくないだけよ。あと、その生徒会長って呼び方やめてくれる? 嫌いなのよ。別に好き好んで生徒会長やってるわけじゃないし」

「そうなのか。じゃあ、赤川……?」

「ま、いいわ。死線を一緒に切り抜けたにしては他人行儀な気がするけど、貴方そういう性格っぽいし。もう動けるわね、蒼介?」

「ああ」

 蒼介は、頷く。

 その様子がどこか気に入らないと言った風に涼子は、眉間に皺を寄せていた。

「……付いて来て」

 涼子は蒼介を促し、部屋を出た。

 蒼介は涼子に従う。

 殺されかけた相手に対して、蒼介は奇妙な親近感すら覚えていた。




 掃除の行き届いた廊下は、高価そうなアンティークが所々に飾られている。

 凄い御屋敷だ、と蒼介は辺りを見ながら、涼子の背中を追いかける。

 やがて、一つの扉の前で足が止まる。

 すると、まるでそれが合図であったかの様にギィっと重々しい音を立てて、独りでに扉が開いた。

 中に入った瞬間、蒼介は時が止まる様な錯覚を覚える。

 まず目に入ったのは、大きな振り子時計。振り子が規則的に時を刻みながら、カチカチ揺れている。静寂の中で心地良く音を立て、心を落ち着かせてくれる。家具は洋風の物が並び、大きなソファの前には場違い感が否めない大型の薄型テレビが鎮座していた。

 特筆すべきは、部屋の一角を占めるサンルーム。そこには、見た事のない植物が所狭しと並んでおり、その中心部には白い背の高いテーブルと椅子。

 その白い空間に目立つ黒の人影。

 彼女は日に照らされ白く輝く世界に美しく彩られ、温かな紅茶を嗜んでいた。

「連れて来たわよ」

 涼子は黒い少女に向かって声をかける。

 黒い少女は、キッと蒼介を見て、ティーカップを置くと、椅子から立ち上がり、ゆっくりと近づいた。

「……せいと--赤川。この子は?」

 肩口で切り揃えられた漆黒の髪と感情の読めない端正な顔立ちに蒼介は息を呑む。

 黒に統一されたワンピースは、お洒落という言葉とは程遠いが、とても彼女に似合っていた。

「月城夜歌。……私の師匠みたいな子よ」

 へぇ、こんな子が、と蒼介は内心驚く。

 赤川涼子が健全な体育会系女子と例えるならば、月城夜歌は華奢な文化系女子と言った感じだ。

 見た目の年齢も蒼介達より少し幼く見え、涼子の師匠である事が想像出来ない。

 ぼうっとしていると、蒼介はずっと夜歌に見られていた事に気がつき、慌てて口を開いた。

「初めまして」

 ややあと手をあげてぎこちない挨拶をした。

 反応がない。

 やがて夜歌は、「そう……」と小さく呟いて、一人で何か納得した様に顔を綻ばす。

「初めまして、私は月城夜歌。別に話す事があって呼んだわけではないけれど、あの厄介な聖遺物の件で涼子を助けてくれたと聞いたから取り敢えず最後にどういう人間なのか見たかっただけ」

 学校の屋上で聞いた声と同じだった。蒼介の脳裏に昨夜の記憶が甦る。

「セイイブツ……?」

 その言葉で蒼介はアッと思い出す。

 逃げる事に必死で失念していたが、あの布に巻かれた謎の物体の行方がどうなったのか。

 その疑問を察してか、夜歌は答える。

「貴方が持っていた呪物の事よ。今は専門の機関に回収してもらったわ」

「そうか。何かとても良くないモノっぽかったから、それなら安心だ」

「そうね、ね」

 フッと夜歌が嗤った気がした。

 夜歌の表情や所作は先程から何一つ変わらない。先程から傍にいる涼子もそれは同様だ。

 しかし、妙に空気が痛い、と蒼介は感じていた。

 それは例えるならば、この空間が蒼介を拒絶している様。敵意にも近いプレッシャーを周囲全方向から向けられている感覚だ。

 不意に蒼介は夜歌の魔力が少し揺らぐのが見えた。

「もう一つ、回収しないといけないモノがあるのだけど、また協力してくれるかしら?」

「別に構わないよ」

 蒼介は笑顔で即答する。

 その様子に夜歌は少し毒気が抜かれた様な驚く表情を見せた。

 夜歌は「そう」と小さく呟くと、くるりと背を向けて、再びティーカップのお茶を飲み始める。

 今度は蒼介がその様子をジッと見つめていた。

 先程の夜歌の魔力の揺らぎは今は見えない。

「……行くわよ、蒼介」

 蒼介は、うんと頷く。もう本当に用は済んだのだろう。夜歌は蒼介達など始めからそこに居なかったとでもいう風に自分の時間を過ごしている。

 蒼介は少し表情を曇らせ、去り際に一つ言い忘れていた事を思い出した。

「月城……さん?」

「……」

 返事はない。

「言い忘れていた事があったんだ」

 返事はないが、当然聞こえている。その証拠にティーカップの手が止まっている。

 蒼介はそっけない黒い少女に向かって、スッと頭を下げた。

「僕を助けてくれて、ありがとう」

 その様子に涼子は苦笑する。

 蒼介は少し周囲の空気が緩んだのを感じた。

 蒼介はそれだけ言うと涼子と一緒に部屋を出て行った。

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